第48話 ユールvsお父さんの決闘
「今日の訓練はここまで!」
空き地にガイエンの声が響き渡る。
スイナやゲンマを始め、大勢にはりきって稽古をつけている。
強盗団の件があってから、ガイエンは彼らにも真剣を持たせての訓練を始めていた。十分その資格はあるという判断からであった。
「くっそぉ~、つええ……」
「まだまだ敵わないっすねえ……」
ゲンマとニックはガイエンの強さに舌を巻く。
「私もだいぶ腕は上げたつもりなのだが、かえってガイエン殿が遠ざかっている気がする……」
スイナも疲弊している。
「吾輩も騎士団長の身、まだまだ若い連中に負けられん! しかし、自信を持て! お前たちは確実に強くなっている!」
このことは彼らが独力でラグバ強盗団を撃退したことからも明らかだ。
ゲンマたちは本人たちも気づかぬうちに「戦士団」と呼べるほどの戦力になっていた。今後も研鑽を積めば、さらなる上達が見込めるだろう。
ゲンマたちを解散させ、一息つくガイエン。
すると、ユールがやってきた。
「お父さん、訓練が終わったところですか」
「うむ、若い連中と訓練して、吾輩も若返った気分だ」
ユールは何かを決意したような表情である。ガイエンも察する。
そして、あまりにも突然ユールは言った。
「お父さん、僕と勝負しませんか?」
「!」
ガイエンも想定外だったのか、眉をピクリと動かす。
「理由を……聞いておこうか」
「お父さんは僕の憧れであり、尊敬すべき男だと思っています。同時に、いつか言った“超えたい”という思いも嘘ではありません」
「……」
「だからこそ今、僕とお父さんの間にどれぐらい差があるのか……知っておきたいんです」
ガイエンは頼りになる男である。
悪徳領主オズウェルの時も、古代竜の時も、ユールも力を尽くしたが、やはりガイエンに助けられた部分も大きかった。
そんな超えねばならない男ガイエンと、自分の距離を測る最も分かりやすい方法――それは手合わせすることだった。それも、真剣勝負で。
「本気のようだな」
「冗談でこんなこと言いませんよ」
「よかろう、受けて立つ」
二人は向かい合った。
それに呼応するように、秋らしい涼しい風がひゅうと吹く。
ガイエンは剣を上段に構える。
対スイナの時と同じである。スイナはこの構えから発せられる威圧だけで、戦意を喪失してしまった。
しかし、ユールは臆さずガイエンを見据える。
「流石だな、ユール。戦う気満々の吾輩を前に堂々としておる。これができる者は騎士団にもそうそうおらんぞ」
「この半年間、お父さんの戦いをずっと見てきましたからね。そのおかげですよ」
「なるほど……」
ガイエンがニヤリとする。
宮廷魔術師をクビになり、落ち込み、青ざめた顔で報告に来た頃の面影はどこにもない。
「いい顔になったな、ユール」
「ありがとうございます」
「しかし勝負は勝負、真剣にやらせてもらう。たとえエミリーが悲しむような結果になるとしてもな」
「望むところです」
ユールも静かに魔力を蓄える。相手に動きを悟らせない、実戦での動きである。
そこへ――
「二人とも、何やってるの!」
エミリーが駆けつけてきた。
家で薬の研究をしていたはずだが、恋人と父の決闘を、第六感で感じ取ったのであろうか。
「エミリーか……邪魔をしないでもらおう。これは真剣勝負なのだ」
「うん……ごめんね、エミリーさん」
エミリーも騎士団長の娘である。立ち入れない雰囲気だと察する。
ユールとガイエンの決闘に、エミリーが立ち会う。これ以上はないシチュエーションが完成した。
「参るッ!」
ガイエンが剣を振り下ろす。
同時にユールが右手から炎を噴き出す。しかし、これは牽制であり目くらまし。本命は左手から放つ雷魔法。
どちらが先に届くか――
ユールの魔法は放たれる前に掌で止まっており、ガイエンの剣も寸止めだった。
「えぇっと……これは……引き分け?」とエミリー。
ユールが先に声を発する。
「僕の……負けですね。もしこの剣が寸止めされていなければ、僕の体は真っ二つだったでしょう」
ガイエンが首を振る。
「いや……違うな。吾輩の負けだろう。お前が魔法を発動させていれば、吾輩は黒焦げだったはず」
ユールはそれを否定する。
「そんなことはありません。お父さんは僕の魔法をものともせず、剣を振り抜いていたはずです」
ガイエンもまた否定する。
「いや、魔法を喰らえば、さすがの吾輩も剣を振り抜くのは不可能だろう」
否定合戦が始まってしまう。
「いえ、お父さんの勝ちです」
「いや、お前の勝ちだ」
「お父さんの勝ちです!」
「ユールの勝ちだ!」
「お父さんです!!!」
「ユールだ!!!」
どんどん声が大きくなる。
「よし、こうなったらもう一度勝負して、勝った方が負けというのはどうだ?」
「望むところです! やりましょう!」
事態がこんがらがってきたので、たまらずエミリーが突っ込む。
「いい加減にして!!!」
***
その夜、夕食を済ませると、ガイエンはすぐに眠ってしまった。
一方、ユールとエミリーはまだ起きている。
「ごめんね、エミリーさん。この間は“ずっと一緒にいたい”なんて言ったのに決闘なんかしちゃって」
「ホントよ。でもエミリーさんは心が広いから、許してあげるけどね」
ひとまず許しをもらえてホッとするユール。
「で、実際のところ、どうだったの? お父様との勝負、引き分けだったけど……ユールとしての感触は……」
「お父さんはぐっすり眠ってる。僕は今でも興奮してる。これが答えだと思うよ」
ユールは未だに決闘の興奮が冷めていないが、ガイエンはいつも通り就寝している。
ガイエンからすれば、ユールとの決闘も「数多くくぐった修羅場の一つ」に過ぎない。
つまり、ユールは自分の負けを認めていた。
「なるほどね。だけど、それは単に経験の差って感じじゃない。30年後のユールだったら、きっとお父様みたいにぐっすり眠ってるだろうし」
「ハハ……30年後の僕か。まるで想像できないや」
「お互いどうなってるかしらねえ……」
しみじみとしたムードになる。
「エミリーさん、僕はもうお父さんと戦うことはないと思う」
「あら、どうして?」
「仮に決闘みたいな形でお父さんを倒せたとしても、それはお父さんを超えたことにはならないと思うんだ。やっぱり僕は生き様とか人生とか、そういう形でお父さんを乗り越えたい。今日決闘して、そのことがよく分かったんだ」
「お父様の人生を乗り越える、か……。普通に倒すよりよっぽど大変そうだけど、ユールならやれる! 頑張って!」
「うん!」
エミリーの激励に、うなずくユール。
そして眠っているガイエンに目を向ける。
「負けませんよ……お父さん!」
ユールのこの言葉に、ガイエンはすやすやと寝息で答えた。




