第46話 リンネの幻術
ユールたちの帰還は町中の人に歓迎された。
口々に「お帰り」と言われ、ユールはもみくちゃにされつつも喜ぶのだった。
そんな中、ゲンマが得意げな表情で言う。
「ユール、お前は故郷に帰った時、誰かと戦ったか?」
当然「戦ってない」という答えが返ってくるだろうし、「俺らは強盗団を倒したんだぜ」と自慢するための質問だった。
しかし――
「古代竜様と……戦ったといえば戦ったかな」
「え」
「遥かに見上げる大きさで……あれほどの竜を見るのは初めてだったよ」
これにゲンマは怒る。
「なんでだよ! 俺らが強盗にヒーヒー言ってる間にお前は古代竜って……!」
「スケールが違いすぎるっすねえ……」ニックも嘆く。
とても強盗団退治を自慢できる流れではなくなってしまった。
しかし、彼らの武勇伝を聞いたユールは素直に驚いていた。
「すごい! ラグバ強盗団といえば、王都にいた時も名前を聞くほどの連中なのに……」
「お前がいなきゃ町を守れねえようじゃ、情けねえからな」
「うむ、よくやったぞ!」ガイエンも嬉しそうだ。
「みんな成長してるのねえ」エミリーもしみじみと語る。
そして――
「……で、こいつは? 何者なんだ?」
ゲンマがリンネについてユールに尋ねる。
「この子は幻術士のリンネちゃんっていう子で、古代竜様の件で知り合ったんだけど、しばらくこの町で住まわせてもらえないかなって……」
「よろしく……。ボク、リンネ……です」
リンネは人見知りの気があるようだ。神官を演じていた時は強気だったが、借りてきた猫のようになっている。
「幻術ぅ~?」とゲンマ。
「アハハッ、変な奴連れてきちゃったね!」ティカが笑う。
「だからお前が一番変な奴なんだよ!」
「ちぇっ、どうせオイラは元泥棒のエルフだよ」
「女なのに“ボク”を使うとは……格好もそうだが、あまり女らしくないな」
女らしくない。スイナのこの言葉には、その場にいた全員が「お前がそれを言うか」という目つきで見つめていた。
ユールからリンネの身の上を一通り話す。
「幻で竜を見せるってマジかよ……」
「ユール殿やガイエン殿も、一度は完全にかかってしまったとは……」
幻術の話を聞くと、ゲンマとスイナも驚いていた。
そして、ゲンマが提案する。
「よーし、リンネ。だったら俺らにも幻術をかけてみろ。それで、『すげえ!』って思わせたら、この町で色々と世話を焼いてやるよ」
リンネが緊張の面持ちで返す。
「ホント? だったら、どんな幻覚を見たい?」
「じゃあ俺は……王様になった幻覚だ!」ゲンマが答える。
「私は最強の剣士になった幻を見たい」真剣な面持ちのスイナ。
「俺は女の子にモテモテになりたいっすねえ……」とニック。
「オイラは腹一杯メシ食べる幻!」ティカも乗り気だ。
ここぞとばかりに己の欲望をぶつける四人。
リンネはうなずくと、
「分かった……じゃあ術をかけるよ」
両手を動かし始める。この動作は幻術の導入にあたり、これを見てしまうと、幻術から逃れることはかなり難しくなる。
まもなく四人の目がトロンとしてしまう。
やがて――
「ワッハッハ、俺が王様だ! こんな豪華な玉座に座れるなんて最高だぜ!」
「おお……剣の一振りで地面が割れてしまった!」
「美女がいっぱいだぁ~! たまんないっす~!」
「うひゃ~! オイラの好物がいっぱいだぁ~!」
四人がそれぞれの幻で大喜びしている。完全に術にかかっている。
この光景に、ユールたちも苦笑してしまう。
「僕たちもこんな感じだったの? エミリーさん」
「うん、こんな感じだったわ。立ったまま眠っちゃう感じ」
「エマの幻覚でなければ、打ち破れなかったかもしれんな。危ないところであった」
すでに破っているとはいえ、幻術の恐ろしさを改めて思い知る。
「じゃあそろそろ解くよ」
リンネが術を解除する。
四人が正気に戻った。
さて、四人の反応は――
「最高だったぜ! 俺、完全に王様だったもん!」
「私も凄まじい剣士になれた……!」
「俺、あんなモテモテになれたの初めてっす! ハーレムっす!」
「オイラも! 幻で食べた料理とはいえ、まだ余韻が残ってるよぉ~」
満足している様子だった。
「よし、約束だ! リンネ、お前のことは俺らが面倒見てやる! ここでじっくり自分を見つめ直せ!」
ゲンマのこの言葉に、リンネも嬉しそうに笑う。
「ボクなんかを受け入れてくれてありがとう……!」
スイナが声をかける。
「なら、私と一緒に住もう。女同士なら安心できるだろう?」
「うん、よろしく……!」
リンネを受け入れてもらうことができ、ユールはホッとする。
こうして幻術士リンネは、フラットの町の住民に仲間入りした。
……
ところが数日後、早くもリンネがユールに泣きついてきた。
「ユール!」
「どうしたの、リンネちゃん?」
「あのね……みんながボクの幻術にハマっちゃって、『こういう幻覚見せて』って依頼が殺到しちゃって……。ボクのせいでみんなが幻覚中毒になっちゃったらどうしよう……」
「それはまずいね……」
ユールも眉をひそめる。
「いっそのこと、ものすごく恐ろしい幻覚を見せてやるのがいいかもね」
エミリーが笑いながらアドバイスする。
結局このアドバイスが成功し、リンネの幻術は程々に楽しもう、ということで事態はまとまったのであった。




