第45話 フラットの町の住民vs凶悪強盗団
日が沈みかけている時刻、ゲンマたちは町役場周辺にやってきた。
ゲンマは建物を睨みつける。
「さて、どうやって攻め込むか……」
「役人たちが人質になってると厄介っすね……」
すると、ティカが手を挙げる。
「じゃあオイラが見てくるよ!」
「え、大丈夫か?」
「任せときなって。こういうのは得意技だからさ」
ティカは持ち前の身軽さでピョンピョンと建物周辺を探りに行った。
しばらくして戻ってくる。
「だいたい中の状況が分かったよ」
「どうだった?」
「役人たちは一ヶ所に集められてるね。特に危害は加えられてないようだけど、パシリみたいにされてる。お茶くみさせられてる人がいたし」
きっちりと偵察を果たしたティカに、ゲンマは感心する。
「よくやった! キャンディやるよ!」
「子供扱いしないでくれよ!」むくれるティカ。
「じゃあいらねえんだな」
「……欲しい」
ティカは嬉しそうにキャンディを舐め始めた。
もたらされた情報を元に、ゲンマは考える。
「つまり、乗り込んでいっても、人質を盾にされる可能性は低いか……」
スイナもうなずく。
「だろうな。奴らは町の人間が攻めてくるとは微塵も思っていないだろう。だからこそチャンスともいえる」
この場のリーダーはゲンマである。判断が委ねられる。
もしもユールだったら、魔法で鮮やかに人質を救出するかもしれない。
もしもガイエンだったら、的確な作戦を皆に指示するかもしれない。
しかし、今二人はこの町にはいない。帰ってくる見込みもない。彼らがやるしかないのだ。
「よし……行くぞ! 俺ら剣を使える奴が突っ込むから、イグニスみたく魔法使える奴は俺らを援護してくれ!」
大雑把な作戦ではあるが、皆が賛成する。
「ならば私が先頭に立とう」
「いいのかよ、スイナ?」
「女ならば相手も油断するだろう。奇襲にはうってつけだ」
「スイナちゃんで油断するっすかねえ……。下手な男より警戒させちゃうんじゃ……」
スイナにギロリと睨まれ、ニックは平謝りした。
***
町役場の入り口には、見張りとして強盗団の一味が数人立っていた。
今後の方針について会話を交わしている。
「ボスはこの町をどうするつもりなんだろうな? マジで見逃すつもりか?」
「んなわけねえだろ。ビビってるところをどんどん要求をエスカレートさせていって、最後は若い女はさらって、適当に町を燃やして、立ち去るってところだろ。こんな町なら、騎士団や王国軍が来る可能性も低いしな」
「だろうなぁ」
やはり穏便な要求は、住民を油断させるためのものでしかなかったようだ。
そこへスイナが歩いていく。
「ん?」
「なんだ、お前は!?」
スイナは答えない。
一味のうちの一人がニヤリと笑う。
「結構可愛いツラしてるじゃねえか。どれ、相手になってやろうか?」
ここでスイナが口を開く。
「ああ、相手をしてもらおうか」
一閃。
スイナの素早い斬撃が、強盗の胸を切り裂いた。
「ぐ、は……!」
これが合図。
「野郎ども! あいつら、全員ブッ倒せ!!!」
ゲンマの号令で、仲間たちが一斉に駆け出す。
タイミングはバッチリ、しかもその迫力に強盗たちは怯んでいる。
ゲンマたちの得物は木剣である。しかし、都合がよかった。かえって遠慮せず振り回せる。
「うわっ!」
「なんだこいつら!?」
「いでぇ!」
スイナは素早く役場に侵入する。一味が襲いかかってくるが、滑らかな動きで迎撃していく。
「さすがスイナだぜ!」
「俺らも行くっす!」
ゲンマとニックも続く。彼らもガイエンとの訓練で、着実に腕を上げている。殺しも厭わない強盗団と互角以上の戦いを繰り広げる。
後続の魔法を使える面々も役場に乗り込む。
イグニスとネージュが息を合わせる。
「氷炎吹雪!」
ユールも褒めた炎と氷のつぶてを飛ばす合体魔法。
「うぎゃあああっ!」
「ぐはぁっ!」
「あぢづめだいっ!」
魔法をかいくぐり、斧で殴りかかってくる強盗もいるが――
酒場の女主人ブレンダが魔法を唱える。
「水よ、皆を守り給え――水障壁!」
「ぶあっ!?」
水のバリアが攻撃を阻む。
ティカがそのまま強盗の顔面に飛び蹴りを入れる。
「とりゃあっ!」
「ぶはっ!」
「へへっ、オイラだって戦えるんだからね!」
「頼もしいよ、ティカ君」ブレンダが微笑む。
強盗団は困惑する。
「くそっ、どうなってやがんだ、こいつら!? なんでこんな田舎町に剣や魔法を使える奴がゴロゴロいるんだよぉ!」
戦いは奇襲が功を奏し、ゲンマたちが優勢だった。
しかし、スイナが大勢に囲まれ、足止めを食ってしまう。
「スイナッ!」
「私は平気だ! ゲンマ殿は奥へ!」
「分かった! 死ぬなよ!」
ゲンマは町長室に乗り込んだ。
椅子にふんぞり返り、ワインを飲んでくつろいでいる首領ラグバがいた。
「てめえがボスか!」
「ん……なんだ?」
「俺はフラットの町のゲンマってもんだ! てめえらをブッ潰しにきた!」
ラグバはさして驚きもせず、巨大なサーベルを取り出した。ゲンマは思わず息を飲む。
「町のチンピラが義憤に駆られたってところか? おもしれえ、相手になってやる!」
「来やがれ!」
戦いが始まった。
ラグバはその巨大な刃を豪快に振り回す。決して広い部屋ではないが、壁に刃をぶつけるような真似はしない。戦い慣れている。
ゲンマも木剣を構えるが、避けるので精一杯だ。
「どうした、威勢がいいのは口だけか!」
「くっ……!」
「言っとくがな、俺は騎士を返り討ちにしたこともあるんだ!」
ラグバの言葉に、ゲンマはさらに委縮してしまう。
騎士団長ガイエンに負け、三日で辞めたとはいえ元騎士のグランツにも敗れている彼にとって、“騎士”というのは鬼門だった。
そしてついに――
「うぐあっ!」
左肩を斬られてしまう。
「く、くそっ!」
「命懸けの戦いもしたことないチンピラがイキがりやがって……」
ラグバが吐き捨てるように言う。
「確かにそうだ……俺はチンピラ。今まではムカつく奴をブチのめすため、ナメられないために生きてきた……」
ゲンマもそれを認める。
「だが、今は違う!」
「あ?」
「今の俺は……町を守るために戦ってんだ! この町はてめえらの好きにさせねえぞ!」
「ほざくなチンピラ!」
ラグバのサーベルが、ゲンマの木剣を切断してしまう。
「くっ!」
「町どころか自分の身も守れねえようだな!」
そこに大勢の強盗を突破したスイナが駆けつける。
「ゲンマ殿、私の剣を使え!」
スイナが投げた剣を、ゲンマがキャッチ。
刃を刃で受け止める。これで武器は互角。
「すまねえ、スイナ!」
「頼むぞ、ゲンマ殿!」
役場内では大勢が奮戦中である。ここでゲンマが勝てるかどうかで、流れが大きく変わる。
「行くぞぉ!」
ゲンマが反撃に出る。
力強く、かつ冷静に剣を振るい、ラグバを追い詰める。ガイエンとの特訓の成果が出ている。
劣勢のラグバは近くにあった椅子を掴み、ゲンマに投げつける。
「ぐはっ……!」
「経験の差が出たな!」ラグバが一気に迫る。
しかし、ゲンマは目を閉じてはいなかった。しっかり相手を見据えていた。
剣を構えながら、友や師を想う。
ユール、お前の悪に立ち向かう強さを――おっさん、あんたの剣技と経験を――少しだけ貸してくれ!
「どおりゃああああああっ!!!」
「なっ!?」
ゲンマは剣を一気に振り下ろす。
元々体格は大きく、腕力は優れているゲンマ、胸を切り裂く見事な一撃となった。
「ぐ、は……!」
血を噴き出して、ラグバは崩れ落ちる。息はあるが、もう動けそうにない。
スイナとニックが駆けつけ、ゲンマの快挙を喜ぶ。
「やったな、ゲンマ殿!」
「兄貴ィ、強盗団のボスをやったんすね! すごいっす!」
ゲンマはしみじみと心境を述べる。
「やっと……連敗街道を脱出できた……」
「なんつう微妙な喜び方っすか……」
「うるせえ! だけど……町を守れてよかったぜ……」
ラグバが倒れたことで、強盗団の統率も崩れてしまう。
ゲンマたちは一人の犠牲も重傷者も出すことなく、ラグバ強盗団に勝利できた。
攻め込むタイミングのよさ、統率された動き、油断していた強盗団、さまざまな要因が重なった末の快勝と言えるだろう。
町にとっても、彼らにとっても大きな勝利となった。
ブレンダの酒場で、祝勝会が開かれたのは言うまでもない。
そして事件の後始末も済んだ頃、ユールたちはパトリ村から戻ってきたのである。




