第44話 ユールたちがいない町で
時は少し遡り、ユールたちがパトリ村に向かった数日後のフラットの町――
空き地でゲンマとスイナが剣の稽古をしている。
「うりゃあああああっ!」
ゲンマの大振りをかわすと、スイナの木剣がゲンマの腹部にピタリと寸止めされる。
「うぐぐ……また負けかよ……」
「ドンマイっす、兄貴!」ニックがタオルを渡す。
「おう! ちょっと休んだらすぐ再戦してやる!」
意気込むゲンマに、スイナも感心する。
「ゲンマ殿、あなたの精神的なタフネスは是非とも見習いたい部分があるな」
「おう! ありがとよ!」
「兄貴はやられてもやられても懲りないところが魅力っすからねえ……」
「あんまり褒められてる気がしねえぞ!」
イグニスとネージュ兄妹がやってくる。彼らもまた、ユールの言いつけを守り基礎鍛錬を大事にしている。
「ハッハー! ゲンマ、また負けてるのか! すっかり負け癖がついてるな!」
「あの人いつも負けてるわよね、兄さん」
「うっせえぞ! 怪しい関係の兄妹!」
「なんだとぉ!? 俺らは健全な兄と妹だ!」
やはり険悪なムードになる。
「困ったものだ……」とスイナ。
「やっぱりユールさんやガイエンさんがいないとなかなかまとまらないっすねえ……」
ニックもため息をついた。
***
町の中心である中央通り。
いつも人々が賑わう平和な通りであるが、招かれざる客が訪れていた。
「チンケな町に来ちまったなぁ、オイ!」
馬に乗る、眼帯をつけた黒髪の大男。
名前はラグバ。悪名高き『ラグバ強盗団』の首領。これまでリティシアを始め、多くの国で略奪を繰り返してきた。
彼らの行動は迅速だった。
町の中核である町役場をたちまち占拠。死人こそ出していないが、強盗団の力を誇示するのに十分すぎる効果を発揮した。たちまち町中に不安が広がる。
そして、町民たちにこう命令する。
「出来る限りの金や食い物を俺たちに献上しな! そうすりゃあ、こんなチンケな町に用はねえ! 何もせず立ち去ってやる!」
凶悪な強盗団にしては、穏やかな要求といえる。
もっともこれを素直に信じていいのかというと、怪しい部分もあるのだが。
町長ムッシュを始めとする町の上層部も、難しい判断を迫られることになった。
戦うべきか、それとも服従すべきか……。
***
むろん、こんな大事件はすぐさまゲンマたちの耳にも入る。
「兄貴、ラグバ強盗団っていったら相当ヤバイ連中っすよ! 今は穏やかな要求してるっすけど、あんなの気紛れみたいなもんで、きっとすぐとんでもないことしてくるに違いないっす!」
スイナも同意する。
「私もそう思う。一度下手に出てしまうと付け込まれるだけだ。盗賊の中には安心させておいて、一気に略奪に走るような手口を使う者もいるしな」
「兄貴、どうします?」ニックが問う。
ゲンマは冷めた目つきで答える。
「どうするって、どうもしねえよ」
「へ?」
「まさか、俺たちで戦うってんじゃねえだろうな。勝てるわけねえだろ」
「いや、でも……」
「ユールとガイエンのおっさんなら、あんな連中二人で倒せるだろ」
「あの二人、今留守じゃないっすか!」
「だったら帰ってくるまで待てばいい」
「待てばいいって……ユールさん、久々の実家っすよ? あと一、二週間は帰ってこないっすよ!」
「……」
押し黙るゲンマに、スイナはあえて切り込むような言葉を浴びせる。
「怖気づいたか、ゲンマ殿」
ゲンマはカッとなる。
「うるせえよ!」
「じゃあなぜ戦おうとしない? ユール殿に留守は任せろと言ったのは嘘だったのか?」
「嘘じゃねえけどよ……」
ゲンマが視線を逸らす。
「俺はここんとこ負け続けだぜ? そんなヤバイ連中に勝てるわけねえよ……」
ゲンマの戦績――騎士団長ガイエンに負け、女剣士スイナに負け、悪徳領主オズウェルの腹心グランツには重体にまで追い込まれた。
本人は気にしていない風を装っていたが、やはり傷になっていたのだ。
他のメンバーにもこの空気は伝染していく。
「ゲンマさんがやらないんなら俺も……」
「無理はしない方が……」
「藪蛇になりかねないしな……」
スイナはため息をつく。
「失望した。あなたの精神的なタフさを評価したのは誤りだったようだ」
「ふん、勝手に評価して勝手に失望してりゃ世話ねえや」
「……だが、私がゲンマ殿を評価してるのはそれだけではない」
「あ? 俺に何があるってんだよ」
スイナはゲンマの仲間たちを見回す。
「この人望だ。普通、リーダーがそれだけ連敗したなら、中には離れていく仲間もいるものだ。しかし、ゲンマ殿の仲間で離反した者はいないと聞く。それはゲンマ殿の人望に他ならない」
「人望って……大げさなんだよ」
「今この町で、強盗団に勝てる可能性があるのはおそらくあなただけだ。ゲンマ殿が強いリーダーシップを取れば、奴らを追い出せる可能性は十分にある」
「無理だよ、俺には……。ユールやおっさんを待った方が……」
「分かっているはずだ。あの二人は……いつまでもこの町にいる人材ではないと」
「!」
「ユール殿も、ガイエン殿も、そしてエミリー嬢も、もっと広い世界で羽ばたくべき人間だ。いつかはこの町からいなくなる。その時、フラットの町を誰が守る? 自分でも答えは出ているのでは?」
目をつぶるゲンマ。震えている。
「分かってるよ、俺だって……。あいつらがいつまでもこの町にいないことぐらい……それが分かってるから、ユールもおっさんもきっと俺たちに剣や魔法を教えてくれてるんだ」
そんな二人の気持ちに応えたい。ゲンマの心に火が灯る。
ゲンマは両手で自分の頬を叩いた。
「よしっ!!!」
ゲンマがニックに命令する。
「ニック、俺らであいつら叩き出すぞ! やられる前にやれ、だ!」
「うっす!」
「スイナぁ、よく言ってくれたな! そうだ、俺は余所者が大嫌いなんだ! あんな奴らを放置するなんて俺じゃねえ!」
「いや、私も出過ぎた発言をした」
「これからもどんどん出過ぎてくれよ! うっしゃあ、燃えてきたぜ!」
ゲンマが燃えていると、イグニスとネージュが現れる。
「ん? なんだ?」
「奴らと戦うなら、俺らも連れてってくれないかなって思ってさ……」
「私たちも町長の子供として、町のピンチは放っておけないし……」
ゲンマはうなずく。
「ついてこいや! 一緒に強盗団をブチのめそうぜ!」
その後、ゲンマたちの動きを知り、ブレンダとティカも参戦してくれることになった。
「あたしもだいぶ水魔法を使えるようになったからね。戦力になれると思うよ」
「オイラも行く! 絶対役に立つから!」
「おう、来い来い! 来る者は拒まねえぜ!」
フラットの町の住民が結集した。
主力であるユールとガイエンを欠く中、住民と強盗団の激突が幕を開けようとしていた。




