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第43話 ユールとお父さんvs古代竜

 ユールは青ざめたリンネとともに、古代竜の元に向かう。

 エミリーとガイエンもついていく。

 村人たちがみんな逃げ去りゴーストビレッジと化した村で、ユールたち四人と古代竜が向かい合う。


「ワシの神官を騙り、村人から金を巻き上げるなどという愚行をしていたのは……そこの銀髪の小娘か」


 古代竜はリンネの性別を一目で見抜いた。

 怯えているリンネに代わり、ユールが答える。


「そうです……彼女がやりました」


「そうか。ならば、そやつを差し出せ」


「差し出したら、どうするつもりです?」


「決まっておる。ワシの名を汚した罪、その命であがなってもらう」


 ユールはきっぱりと答える。


「お断りします」


「……なに?」


「彼女の命は僕が守ると決めました」


「貴様はこの小娘の恋人かなにかか?」


 この言葉にエミリーがピクリと反応する。


「いえ、今日会ったばかりです」


「ではなぜ、助けようとする?」


「彼女のしたことは悪いことです。自業自得だと思います。しかし、命まで取られるのは不憫だと思ったからです」


「なるほど……」


 決して会話が通じない相手ではないと分かり、ユールは続ける。


「彼女は喋れるような精神状態ではありませんので、僕から弁解してもよろしいですか?」


「聞いてやろう」


 古代竜の目をまっすぐ見据え、ユールは話し始める。


「彼女は幻術士です。歴史的な背景からずっと迫害を受けてきたという経緯があります。おそらく彼女はそのせいで辛い思いをしてきたのでしょう。だから、幻術で人々を見返すため、あなたの存在を悪用してしまった。決してあなたを侮辱しようという意図があったわけではないんです。彼女には僕らがきつく灸をすえました。どうか、お許しいただけないでしょうか」


 古代竜は答える。


「ダメだな」


「……!」


「幻術士のことはワシも知っておる。伊達に長く生きてはおらんからな。しかし、だからといってワシの神官など名乗っていい理由にはならん。やはりワシは自分の面子というものを優先する。さっさとその小娘を差し出せ!」


 凄まじい威圧に、ユールは一瞬心がぐらつく。

 古代竜にリンネを差し出した方が全て丸く収まるのではないか――しかし。


「ダメです。渡せません!」


 エミリーがすかさず称賛する。


「それでこそユールよ!」


 このエミリーの激励のおかげで、ユールの決意も決して揺るがぬものになった。

 僕は今日会ったばかりのこの少女を見捨てはしない、と。

 古代竜も閉口した様子だが、眼光を鋭くする。


「やむを得んな。ならば魔法使い、貴様にもワシの贄になってもらう」


 戦いになってしまうのか――ユールが構える。


「ちょっとよろしいか」


 不意にガイエンが割って入った。


「貴様は……騎士か?」


「さすが、慧眼であるな。吾輩はガイエンという騎士である」


「それで? 今度は貴様が小娘を庇うのか」


「いや、吾輩にそんなつもりはない。先ほど幻術で不完全な亡き妻の幻を見せられ、腹立たしさもあるのでな。しかし、そこの魔法使い、ユールという男は吾輩の娘にとっては大事な男でな。むざむざ死なせるわけにはいかん」


 ガイエンはリンネを助けるのではなく、あくまでエミリーのためにユールを助けるというスタンスだった。


「そこで、これから勝負をせぬか?」


「勝負だと?」


「吾輩とユールが組んで戦う。もし吾輩たちが勝てば、幻術士のことは見逃して欲しい」


 古代竜の顔に怒りが帯びる。


「人間如きがワシに勝つ、だと?」


「そうだ」


 ガイエンもユールと並んで、剣を構える。二人とも戦うつもりである。


「無理だよ……殺されちゃう……!」


 悲痛な声を上げるリンネ。エミリーはそんな彼女をそっと抱き寄せる。


「あの二人がやると決めたなら……あとはもう見守るしかないわ」


 挑まれた古代竜は顔を歪ませていた。

 彼からすれば人間に対等な勝負を挑まれるなど屈辱以外の何物でもない。怒りの咆哮を上げる。


「よかろう、勝負してやる! 思い上がりを思い知らせてやるぞ、人間ども! ひねり潰してくれる!」


 体格差は歴然。古代竜が全身で押し潰すだけで勝敗は決まってしまう。

 ガイエンはちらりとユールを見る。

 これだけで、ユールは全てを察した。

 古代竜が怒りの形相で迫ってくる。その迫力はまさに災害そのもの。

 ガイエンもそれに呼応するように駆けた。剣を上段に構える。


「ユールッ!」


「はいっ!」


 ユールは魔法による雷をガイエンの剣に落とす。

 その勢いそのままに、ガイエンは剣を振るう。そう、これはかつて二人が編み出した合体技――


「ジンライッ!!!」


 竜の巨体めがけ、剣を振り下ろすガイエン。


「これはッ!?」古代竜も狼狽する。


 轟音が響く。

 ガイエンの剣は――古代竜の足元に叩きつけられていた。その威力は凄まじく、地面を抉り、巨大な亀裂まで走らせていた。

 ユールも自分たちが放った技とはいえ、やはり冷や汗をかく。

 ジンライを初めて見るエミリーとリンネに至っては、口をパクパクさせている。

 ガイエンはさすがに表情を変えていない。経験の差が出ている。


「なぜ……外した」


 古代竜が尋ねる。


「今の技、当てていればワシとて……危なかったかもしれぬ」


 剣を納めつつ、ガイエンは答える。


「もし吾輩が吾輩の名を騙って、悪さをしておる者がおったら、いかなる理由があろうとも叩き斬るであろう。それゆえあなたの怒りも理解できる。だから攻撃を当てる訳にはいかなかった」


「……」


「しかし、当てていれば少なくともあなたを深手にはできたであろう。であるからしてここはこのことを“貸し”ということで、このリンネを許してはもらえまいか?」


 古代竜は笑みを浮かべた。


「……してやられたな。ワシは貴様らとの勝負を受けてしまった。負ければリンネとやらを見逃すと。そして情けをかけられてしまっては、負けを認めざるを得ないだろう。よかろう、神官を騙った件は水に流そう」


「かたじけない」


「ありがとうございますっ!」ユールも礼を言う。


 古代竜の脳裏に、一つの記憶がよみがえる。


「そういえば、かつてこの国で不当な討伐を受けそうになっていた赤竜を、一人の騎士が救ったという報告を同族から受けていたが……その騎士の名がガイエン……だったような」


 ガイエンは照れ臭そうに応じる。


「ああ、そんなこともあった……ような。若い頃の話である」


「やれやれ、戦う前にワシが思い出していれば、戦いをせずに済んだかもしれん」


「吾輩も思い出して、“竜を助けたことがある”と告げるべきであった」


「お互い、年は取りたくないものだな、騎士よ」


 ワッハッハと笑い合う二人。古代竜と騎士団長、老練した雰囲気がみなぎるやり取りであった。


「お父様ったら、突っつくと色んな武勇伝がポンポン出てくるわねえ」エミリーがからかう。


「人を蜂の巣みたいに言うでないわ!」ガイエンが顔を赤くする。


「お父さんのおかげで、リンネちゃんは助かって、古代竜様も納得してくれました。ありがとうございます!」


「なんのなんの」


 ユールがホッとしていると、古代竜が話しかけてきた。


「それと……貴様の振舞いも見事であったぞ」


「え、僕ですか?」


「うむ、『今日会ったばかりの人だけど見捨てられない』と言い切った時の貴様には感動すら覚えた。ワシとしても面子を潰されるわけにはいかなかったがな」


「ど、どうも……」


「まっすぐなだけでなく、もっと駆け引きを覚えれば、貴様はより優れた魔法使いになれることだろう」


「ありがとうございます!」


 古代竜からのアドバイスをありがたく受け取るユール。


「それと――優れた魔法使いには、時に魔法の神が“イタズラ”を仕掛けることがあるという」


「イタズラ……?」


「くれぐれも気をつけることだ」


「は、はい……」


 ユールとしてはこの忠告については半信半疑であった。

 そしてこの忠告を、身をもって思い知るのはもう少し先の話となる。



***



 古代竜は再び眠りにつき、幻術士の少女リンネは助けてもらったことを感謝する。


「ボクなんかを助けてくれてありがとう……」


「気にしないで。僕がやりたくて、やったことだから」


「吾輩はやりたくなかったがな!」とガイエン。


「お父様!」エミリーが父を軽く小突く。


「だけど、まだやることはあるよ。村の人たちにお金を返して、きちんと謝ろう!」


「うん……分かってる」


 リンネはユールたちに付き添われる形で、ネイバー村の住民に金を返し、謝罪をした。

 引き起こした事態を考えると、袋叩きにされてもおかしくない。

 しかし、村人たちはさして怒ることもなく、リンネを許してくれた。本当に古代竜が出てきた驚きにさまざまな感情が上書きされてしまったのと、あとはやはりリンネが少女だったという部分が大きかったのかもしれない。

 ひとまずリンネは自分の罪への禊を済ませることができた。


 ユールがリンネに尋ねる。


「君はこれからどうするの? 行くあてはあるの?」


 リンネは首を振る。あまりいい旅立ちの仕方はしていないのだろう。


「だったら……僕たちと一緒に来ない?」


「えっ、いいの?」


「うん、しばらく僕たちと一緒に来て、これからどうするかゆっくり考えるのもいいと思うんだ。それに、僕としても幻術について色々教えてもらいたいしね」


 優しく、そして研究熱心なユールらしい理由だった。


「うん……ついていく」


「決まりね!」


「ユールの決めたことだ。よかろう」


 エミリーとガイエンもリンネを快く迎え入れることに決めた。



***



 翌日、ユールたちはパトリ村を発つことにした。

 ユールの両親ロニーとセレッサが、旅立つ息子に声をかける。


「気をつけてな。俺たちがお前になにより期待することは立身出世やすごい魔法使いになることじゃなく、とにかく健康で幸せになることだ。それを忘れるなよ」


「辛くなったら、いつでも帰ってらっしゃいね」


「二人も元気で……また帰ってくるから!」


 エミリーとガイエンもうなずく。


「ユールの健康はこの私が守ります!」


「吾輩もついておりますから! ご安心を!」


 馬車に乗り、フラットの町へと向かう三人――ではなく四人。

 幻術士リンネが、ユールたちに尋ねる。


「フラットの町ってどんなところ? ボクでも受け入れてもらえる?」


「みんな優しくて、とてもいい町だよ」


 ユールの答えに、リンネは安堵した。


 馬車に揺られ、一同はフラットの町へ――

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