第39話 ユール、恋人とそのお父さんを両親に紹介する
ユールの実家内のリビングにて、ユールたち三人はソファに腰かける。
まずはユールが、自分が故郷を出てからの身の上を両親に報告する。
魔法学校を卒業し、王都に出て、宮廷魔術師まで上り詰め、エミリーとガイエンに出会い、マリシャスらの企みによって追放となった。
聞いている間、両親は目を丸くしていた。
「お前、ずいぶんと色々あったんだなぁ」と父ロニー。
「ホント。ビックリだわ」と母セレッサ。
「説明しながら、自分でも驚いちゃったよ」ユールも自覚はあったようだ。
そして――
「ごめん……。せっかく苦労して魔法学校まで通わせてもらったのに、宮廷魔術師をクビになって……」
ユールは頭を下げる。
ロニーはそんなユールに「頭を上げろ」と言った。
「宮廷魔術師をクビになったからといって、なんだというんだ。お前がこうして無事帰ってきた。俺たちはそれだけで嬉しいんだ」
セレッサも続く。
「そうよ。本当に無事でよかったわ」
「父さん、母さん……」
ユールは怪我も病気もなく家に帰ってきた。このことがなにより嬉しいことであり、まさしく親としての本音であろう。
両親からの励ましを受けたユールの顔はまるで子供のようで、エミリーもその顔を見て心底から笑みを浮かべた。
そして、ロニーがガイエンに尋ねる。
「騎士団長様……あなたから見て、ユールは、その……どうだったでしょうか?」
ガイエンはちらりとユールを見る。
ユールは不安を覚える。ガイエンはお世辞を言うタイプではない。父母に対して厳しいことを言っても決して不思議はない。
ガイエンはユールの両親をまっすぐ見据え、ゆっくりと口を開いた。
「ユール君。いや、ここは普段通りユールと呼ばせて頂きましょう」
ガイエンはあえて敬語を使う。ユールの両親に敬意を示すために。
「ユールは素晴らしい若者です」
この一言に、一番驚いたのは他ならぬユールだったかもしれない。
「若くして魔法をよく学び、宮廷魔術師まで上り詰め、吾輩と共に戦ったこともあります。また、魔法を教えることも上手い。現に、今彼が暮らすフラットの町の住民の中には魔法を使える者が何人も生まれています」
ガイエンが一拍置く。
「しかし、こんなことは彼の魅力のほんの一部に過ぎません。ユールは自身の持つ力を、正しいことのために使える人間です。これができる人間は実は決して多くはない。多くの者が力を持ちながら尻込みしてしまうか、あるいは調子に乗ってしまう。ですが、ユールはどちらでもない。困っている人がいたら助け、悪い者がいたら懲らしめる。これを的確に行うことができる人間です」
さらに続ける。
「そして、ユールは優しい。悪事をしている者を見かけたら、吾輩などはすぐそいつを退治しようとしてしまう。しかし、ユールはそうではない。相手のことを思いやる心を持っている。これを甘さと捉える人もいるでしょうが、吾輩はそうは思わない。ユールの優しさはこれからも大勢の人間を救うだろうし、決して変わらないで欲しいと思う」
ガイエンは再びまじまじと両親を見る。
「魔法学校の学費は安くないと聞いています。しかし、あなたたちはユールの希望を叶え、魔法使いへの道を歩ませた。もし彼が魔法使いにならなかったら、それはおそらく国家レベルの損失となったことでしょう」
魔法使いとしてのユールの価値を「国家的」とまで言った。
「ロニー殿、セレッサ殿、どうか誇って下さい。あなたがたの子はどこに出しても恥ずかしくない、立派な若者に育った。そんな若者だからこそ、我が娘エミリーも心を奪われ、彼と共に歩む人生を選んだのでしょう。吾輩もまた、そんなエミリーの選択は正しいと思いますし、誇りに思っています」
王国一の騎士団長に、自分の息子をこうまで評価されて嬉しくないわけがない。
ロニーは「ありがとうございます」と礼を述べ、セレッサは涙ぐんでいた。
そしてユールがブレンダから受け取っていた酒瓶を出す。
「これ……今僕が住んでいる町からのお土産。一緒に飲もう!」
その後、ユール、ガイエン、ロニーの三人は仲良く酒を酌み交わした。
ロニーがしんみりとした口調で言う。
「ユール、お前と酒を飲める日が来るなんてな」
「僕も嬉しいよ」
ガイエンが笑う。
「ワッハッハ、父親というのは息子と酒を酌み交わすのが何より嬉しいものなのだ」
すると、エミリーが料理の大皿を持ってやってくる。
「あーら、息子じゃなくて悪うございましたね」
「エミリー!? いや、違う、今のは……」
「冗談よ。せっかくだし、私も今日はパーッと飲もうかしら」
「そうだ、エミリー! 飲むがよい!」
セレッサもやってくる。
「エミリーさんが手伝ってくれたおかげで料理もはかどりましたわ」
乾杯をして、五人で酒と料理を楽しむ。賑やかで楽しい晩餐となった。
***
あまり酒を飲み慣れていないユールの両親はぐっすり眠ってしまった。
ユールはエミリーとガイエンに礼を述べる。
「エミリーさん、ありがとう。お父さんも、ありがとうございました」
エミリーはニヤリとしつつ、ガイエンに目を向ける。
「お父様ったらユールを“素晴らしい若者”って言ってたわね。やっとユールのこと認めてくれたのね?」
ガイエンはこれに顔を赤くする。
「か、勘違いするな! ユールのご両親が素晴らしい人たちだったから、そう述べたまでのことだ! まだまだ認めてはおらんぞ!」
「あっそ。じゃあ、さっきのはお世辞だったんだ」
「お世辞なわけあるか! 吾輩、ユールのことは魔法、人格ともに認めておる! ……ん? 認めておるが、認めておらんというか……」
「矛盾してるじゃない」
「矛盾して何が悪い! 矛と盾を使いこなしてこそ騎士なのだ!」
ついに開き直ったガイエンに、エミリーは呆れる。
それでも、ユールは嬉しかった。
「さっきは嬉しかったです、お父さん。でも僕としてもまだまだお父さんに認められるほど立派になったとは思っていませんし、これからも研鑽を続けていきます。魔法使いとしても、男としても」
こう宣言したユールの凛々しい表情は、エミリーはもちろん、ガイエンも見とれてしまうほどだった。
ガイエンは思う。ユールは本当に急成長を遂げた。吾輩、もしかするとこのままでは本当に負けてしまうのでは……と。
慌てて首を振るガイエン。
「いやっ、まだまだ! 吾輩はお前にとっての強大な壁となり続けてくれる!」
「はいっ、お父さん! 望むところです!」
エミリーは口元をほころばせて、独りごちた。
「なんだかんだ、この二人もいいコンビよね」




