第36話 秋といえば読書! 芸術! スポーツ!
フラットの町に本格的に秋が訪れる。
気温は下がり、過ごしやすい気候となった。町民もみんな長袖を着て、上着やベストを羽織るようになる。
ユールたちもすでに衣替えを済ませていた。
自宅でガイエンがユールとエミリーにこんな提案をする。
「秋といえば読書だ。どうだ、今日は皆で読書でもせんか?」
「いいですね!」
「賛成!」
三人は中央通りの書店に向かい、それぞれ本を買って、自宅に戻った。
読書を始める三人。しばらく熱中する。
「ユールは何読んでるの?」とエミリー。
「僕は魔法の歴史の本を読んでる。面白いよ! エミリーさんは?」
「私は薬学の本。いくら勉強しても足りないからね、この分野は」
そんな二人にガイエンは呆れる。
「こんな時にまで勉強とはご苦労なことだ」
「お父様は? やっぱり騎士道の本?」
「いや、小説を読んでおる」
「へえ、意外!」
「どんな小説ですか?」
ユールが尋ねる。
「たまたま手に取ったのだが、魔法使いの青年と薬売りの少女が出会い、恋に落ちるという話だ。純朴な青年と溌剌とした少女に好感が持てるな」
これを聞いたエミリー、顔が明るくなる。
「なんだか私たちみたいね、ユール!」
「う、うん。そうかも……」
ガイエンは目を丸くする。
「作者に抗議せねば! よくもこんな本を読ませたな、と……!」
立ち上がろうとするガイエンをエミリーがなだめる。
「何言ってるのよ!」
「そうだ! お父さんみたいな登場人物はいないんですか?」
「吾輩みたいな登場人物……?」ガイエンはページをめくる。「いない……! 薬屋の少女の父親は出てこない……!」
うつむくガイエン。
「作者に抗議せねば! 吾輩のようなキャラを追加したバージョンを執筆せよ、と……!」
「もう止める気にもならないわ……」
エミリーは肩をすくめた。
その後、ガイエンは小説を読み終わると、
「ふぅ、二人が結ばれてよかった……。しかし、現実のお前たちはまだまだ結ばせんからなぁぁぁぁぁ!!!」
と吼えて、ユールとエミリーを大いに困らせた。
ガイエンは続いて、こんな提案をする。
「秋といえば芸術だ。みんなで絵でも描こうではないか」
ユールとエミリーは賛成し、庭でキャンバスに絵を描き始める。
ユールはリンゴを描く。しかし、あまり上手ではない。
「うーん、これじゃただの赤い丸だなぁ……」
エミリーは木を描いている。立体感の出た絵となっている。
「わっ、エミリーさん、上手い!」
「学校での美術の時間でも、ちょっとしたもんだったのよ私」
得意げに鼻を鳴らすエミリー。
「お父様は? 何描いてるの?」
「お前たちを描いておる」
「私たちを? なんで?」
「ふふふ、お前たち二人が喧嘩でもしているような絵を描いてしまおうと思ってな」
「なんつう陰湿な……騎士らしからぬ行為ね」
「アハハ、まあまあ。お父さん、出来上がったら見せて下さいね」
やがて、三人の絵が出来上がる。
ユールの絵はただの赤い丸にしか見えないリンゴ。
エミリーの絵は写実的な一本の木。
そしてガイエンの絵は――
「あら、いいじゃない!」
「すごい……!」
上手というわけではないが、味のあるタッチでユールとエミリーが描かれた絵だった。二人とも笑っている。
「くっ、吾輩としたことが……喧嘩をする絵を描けなかった……!」
ガイエンはどうしても「喧嘩をするユールとエミリー」をイメージできなかったらしい。
「こんなもの叩き割ってくれる!」
せっかく描いた絵をへし折ろうとするが、ガイエンは中断する。
「よかった……!」ほっとするユール。
「勘違いするな! 吾輩はせっかく描いた自分の絵を破壊するのが惜しくなっただけだ!」
「はいはい。もうお父様の“勘違いするな芸”はいいって」
「エミリー! 芸とか言うな!」
これ以後、三人の絵は自宅のリビングに飾られることとなる。
ガイエンの提案はまだ続く。
「秋といえばスポーツ! 三人で走るぞ!」
顔をしかめるエミリー。
「私、ワンピースなんだけど……」
「ジョギングペースで走るから心配いらん! さあ、ゆくぞ!」
相変わらずのガイエンの強引さで、三人は走り始める。
中央通りに出る。
すると――
「お、トレーニングか? 俺らも入れてくれよ!」
「俺も走るっす!」
ゲンマとニックがついてきた。
「ハッハー、たまには走るのも面白そうだ!」
「私たちも走りましょう、兄さん!」
イグニスとネージュもジョギングに加わる。
「走ってんの!? オイラも入れて!」
エルフの少年ティカもくっついてきた。
「おお、ガイエン殿……私もついていきます!」
ガイエンを慕うスイナも当然走り出す。
「あたしも走るー!」
花屋の娘ノナもジョギングに参加する。
「俺も走ろうかな……」
「私も!」
「ついていこう!」
町民たちがどんどんついてくる。
ユールはこの光景に感動を覚えてしまう。
「みんな、ついてきてくれてますよ、お父さん! なんだか嬉しいですね!」
「私たちがそれだけこの町に馴染んできたってことかもね。で、お父様、みんなついてきてくれてるけど、この後どうするの?」
「……」
ガイエンの返事はない。
「お父様?」
「ど、どうしよう……」
「“どうしよう”じゃないわよ! 何も考えてなかったの!?」
「町役場をゴールにしましょう! ちょうどいいですし!」
ユールの発案で、このジョギングの終着点は町役場と決まった。
程なくして数十人の集団が町役場にたどり着く。
皆が「久しぶりに走った」「いい汗かいた」「楽しかった」などと雑談を交わす。
エミリーが息を切らしながら、汗をハンカチで拭く。
「たまには走るってのもいいわね……疲れたけど」
「ホントだね。なんだか気持ちいいよ」
ユールも爽快感を覚えている。
「読書、芸術、スポーツ。これで吾輩たちもかなり秋を満喫できたな! ワッハッハッハッハ……!」
大声で笑うガイエンに、ユールも続く。
「そうですね! アッハッハッハッハ……!」
笑う二人を見つめながらエミリーは苦笑いする。
「お父様はユールに影響を受けて柔らかくなった部分があるけど、ユールはユールでお父様にだいぶ毒されてるわね……」




