第35話 悪しき陰謀はうごめき、そして夏は終わる
リティシア王国王都も、暑い夏が終わろうとしていた。
国王リチャードの統治の下、今年の夏はこれといった大きな事件はなかった。
人々は「寂しいな」「やっと涼しくなる」などと夏を締めくくる。
そんな中、ユールを追放した二人組――第二王子マリシャスと宮廷魔術師モルテラは密かに動きを起こしていた。
モルテラが一人の戦士をマリシャスに紹介する。
「マリシャス殿下、今日からこの者を護衛におつけ下さい」
「なんだこいつは?」首を傾げるマリシャス。
「ジャウォック・グレン。傭兵です」
モルテラに紹介され、ジャウォックが頭を下げる。
銀髪に色黒の肌、黒く濁った瞳を持つ。そして上下に黒い鎧を身につけている。
「“血まみれジャウォック”の異名を持ち、腕は王国騎士にも負けないほどですが、その残忍な戦い方ゆえ、今一つ名声を得られなかったという経歴を持っています」
「物騒な野郎だな。なんで俺がそんな奴を護衛にしなきゃならん。だいたい俺が護衛をつけるのは嫌いだってことは知ってるだろ」
護衛を一人か二人つけるのは王族の嗜みであるが、マリシャスはそれを好まなかった。うっとうしい、見張られている気分になる、というのがその理由である。何かと問題行動を起こす王子なので、それも当然といえた。
「だからよいのです。元々あなたが護衛をつけていて、そこにジャウォックを護衛にしようとしたら、皆が不審がるでしょう。しかし、護衛をつけていないあなたがジャウォックを護衛にしたところで、『ようやく王族としての自覚に目覚めたか』程度にしか思わないはずです」
「いやだからさ、なんでこんな奴を護衛にしなきゃいけないんだよ」
モルテラは「鈍い男だな」と内心苦笑する。
「マリシャス殿下が行動を起こす時、ジャウォックは優秀な戦力となるのです」
これでようやくマリシャスもピンときたようだ。
「なるほど……そういうことか」
「少しずつ、この王都に戦力を集めていくのです。私もマリシャス殿下のお役に立てるよう、密かにいくつかの禁術を研究しております。マリシャス殿下、リティシアがあなたのものになる日も近いですよ」
「そうか……近いか!」
しまらない笑いを浮かべるマリシャスに、モルテラは心の中で感謝する。
マリシャスは本人以外誰もが認める「バカ王子」である。日頃から問題児で、厄介者扱いされつつも、皆から侮られている存在ともいえる。
モルテラも周囲からすれば「ユールに代わって、マリシャスなんかの教育係にされて可哀想」と思われている節がある。
だからこそ暗躍しやすい。マリシャスという派手でよく目立つみっともない目くらましがあるおかげで、モルテラも自由に動けるのである。
マリシャスがジャウォックの肩をポンポン叩く。
「期待してるぞジャウォック! アハハハハッ!」
「はい、マリシャス殿下……」
低い声で答えるジャウォック。
モルテラはそんなマリシャスを見て、薄ら笑いを浮かべた。
***
「じゃあ今日の魔法教室はここまで! 解散しましょう!」
ユールの指示で、町民たちが解散する。
魔法教室を始めて数ヶ月が経ち、彼らの中にも魔法を扱える者が増えてきた。
特にブレンダは水魔法を高いレベルで扱えるようになっており、イグニスとネージュ兄妹の上達もめざましい。
ユールは一人、町を歩く。
風が吹いた。
「……涼しくなってきたな」
ふと空を見上げる。
魔法使いを志してから、振り返れば色々なことがあったものだ、と思う。
故郷を出て、宮廷魔術師になって、エミリーやガイエンと出会い、王都を追放され、今はこうしてフラットの町で『魔法相談役』を務めている。
フラットの町でも多くの人と出会い、成長することができた。時には悪しき者と戦い、町の英雄のような存在にもなれた。
濃密すぎる人生を過ごしたからこそ、空き時間にはふと故郷を想ってしまう。
「父さん、母さん、元気にしてるかな……」
ほんのちょっぴりホームシックになってしまったユールだった。
秋の足音は、もうすぐそこまで近づいてきている。
これで第二章終了となります。次回から第三章が始まります。
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