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第34話 夏祭り

 夏も終わりに差しかかった日、フラットの町で年に一度の「サマーフェスタ」が開催される。

 領主オズウェルの横暴で開催が危ぶまれたこの祭りだが、無事開催にこぎつけることができた。

 開催場所は中央通り。町の中心地であるこの通りが、一年で最も賑やかな一日を迎える。


 この日は多くの露店が出回る。

 ユール、エミリー、ガイエンもせっかくの機会なので「かき氷屋」を出していた。

 ガイエンがかき氷を作り、ユールとエミリーが呼び込みをする。


「いらっしゃいませー!」


「かき氷おいしいわよー!」


 高い気温も手伝って、かき氷はなかなか好評だった。

 すると、ガイエンが――


「エミリー、ユール。お前たち、店番は吾輩に任せて出かけてもいいぞ」


「えっ、ホント!?」


「うむ、たまにはな」


「ありがとうございます、お父さん」


 ガイエンの珍しい気遣いを、二人は快く受け取った。


 ユールとエミリーはさまざまな露店を巡り歩いた。

 鶏肉の串焼きに、クレープ、フルーツパイなどを買って、食べ歩く。


「おいしいね!」


「ホント!」


 美味しそうに食べ物を頬張るエミリーを見ると、ユールも嬉しくなる。


 人混みの中、ユールはゲンマたちに出会う。スイナも一緒だ。


「よぉ、ユール」


「やあ、ゲンマさん」


「お前らはデートか?」


「まあね」


 はにかみながら答えるユール。


「君たちは町の警備?」


「おうよ! 祭りは楽しいが、騒いで暴れるバカも多いからな。そういう奴を片っ端から取り押さえてるのさ」


「かつては俺らが暴れる側だったっすけどね……」口を挟むニック。


「うっせえ!」


 エミリーはスイナに声をかける。


「スイナちゃんも警備に参加してるんだ」


「うむ、警備は我々に任せてエミリー嬢はユール殿とデートを楽しんで欲しい」


「ふふっ、ありがと」


 ゲンマたちと別れ、さらに歩く。


「エミリーさん、スイナちゃんとずいぶん仲良くなったんだね」


「まあね。スイナちゃん、あれで結構可愛いところもあるんだから」


「へえ~」


 ユールはエミリーが自分の知らないところで交友関係を広げていることが嬉しかった。


「よかったよ。エミリーさんもこの町を楽しんでくれてて」


 ユールの心情を、エミリーもめざとく察する。


「あらユール、私はこの町に来たことを後悔したことなんか一度もないわよ。なんなら王都にいた頃よりも楽しいぐらいだわ。だからここに来るきっかけを作ってくれたユールには感謝してるんだから」


「ありがとう……」


 並んで歩く二人。

 すると、イグニス兄妹を見かけた。近くには町長ムッシュもいる。

 ユールは声をかけた。


「おお、ユールさん。オズウェル様の件ではお世話になりました」


 散々自分を虐げた相手にも敬称をつけるあたりがムッシュの人柄といえる。


「ユールさん、エミリーさん、ちわっす!」


「お二人でデート? 羨ましいわ」


 ネージュの言葉に照れ臭そうにするユール、「まあね」と答えるエミリー。


「二人とも、町長さんと一緒ってことは……」


 エミリーが探りを入れる。


「まあ、多少は和解……しまして」


 頭をかきながら答えるイグニス。


「親父が町のために体張ってくれたって聞いたもんで……」


 ムッシュは悪徳領主オズウェルに意見した結果、怪我をする事態になってしまった。

 しかし、そのことが彼から離れた息子と娘の心を繋ぎ止めることができた。

 親子関係は修復に向かっているようだ。ユールとエミリーは安堵し、三人と別れた。


 元気のいい声が響いてくる。


「いらっしゃい、いらっしゃーい!」


「ティカ君!」


「ユールの兄ちゃん!」


 ティカは露店を出していた。お菓子屋のようだ。


「これは?」


 ユールが尋ねる。


「これはエルフの集落に伝わる伝統菓子さ。近くの山に入ったら材料があったから作ってみたんだ」


 小麦粉で作った生地に、草を練った餡が塗りつけられている。

 ユールとエミリーはさっそく購入する。


「どう?」


「うん、おいしいよ!」


「ホント! 作り方を教えてもらいたいぐらい!」


「へへ、でしょう!」喜ぶティカ。


「ティカ君もすっかり町に馴染んできたね」


「まあね」


 耳をピクピクさせるティカ。エミリーが思わず耳を触ってしまう。


「ひゃあっ!」


 ティカがビクンと反応する。


「あ、ごめんなさい!」


「もう……エミリーお姉ちゃん、とんでもないことやっちゃったね」


「え?」


「エルフの世界だと、“相手の耳を触る”ってのは『結婚してくれ』って意味なんだよ」


「ええっ!?」


 驚くエミリー。ユールも内心青ざめている。


「一度他人に触られたら性質が変わっちゃって、他のエルフには触られなくなっちゃうし……どうしよう」


 エミリーは焦る。


「ごめんなさいっ! そんな意味があるなんて知らなくて……」


「あーあ、オイラは同じエルフとは結婚できないのかぁ……」


「僕からも謝るよ、ごめん!」


 慌ててユールも謝る。

 すると、ティカはニヤリと笑う。


「ウ、ソ。ウソだよ~、そんな習慣あるわけないじゃん。耳触るプロポーズなんてさ」


 けらけら笑うティカにエミリーは笑顔で迫る。


「ティカく~ん、ものすごい悪臭の草、嗅がせてあげよっか?」


「ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 ユールはエミリーをなだめつつ、エミリーがティカの人生を狂わせたようなことがなくて心底ほっとした。


 さらに二人で町を歩くと、ブレンダが酒場の女主人らしく酒を振舞っていた。彼女の周囲では主に中年の客がコップに入った酒を片手に酔っ払っている。


「ユール君、エミリーちゃん、二人もどうだい? 飲んでいかない?」


 エミリーは少し乗り気になるが、ユールは、


「僕たちもお店を出してるんで、遠慮しておきます」


 きっぱりと断る。


 エミリーは少し残念がるが、ユールがたしなめる。


「お父さんが店番してくれてるのに、僕たちだけお酒を飲むわけにはいかないよ」


「それはそうね」


「ユール君、真面目だね。ホントそういうところが大好きだよ」


 ブレンダからこんな評価を受け、ユールは照れ臭さからややぎこちない笑みを浮かべるのだった。


 花屋の前ではノナとその母親が、花を販売している。


「いらっしゃいませー! あ、エミリーお姉ちゃん、ユールお兄ちゃん、こんにちはー!」


 ノナが元気のいい挨拶で迎えてくれた。

 ユールとエミリーは笑顔で応える。

 “デグル病”だったノナの母親も今ではすっかり回復しており、エミリーに頭を下げる。


 ユールはノナから一輪の赤い花を買った。華やかで凛とした美しさの花である。


「これ……エミリーさんに」


「あら嬉しい。ありがと、ユール」


 エミリーは嬉しそうに受け取った。


 ノナが「その花の花言葉は『一生あなたを愛します』だよー!」と教えると、ユールもエミリーも花に負けないぐらい顔を赤くしていた。


 役場近くでは、町役人のハロルドと出会った。

 祭りの日ではあるのだが、相変わらずの七三分けできっちりとスーツを着ている。ユールたちを見るなり、頭を下げて挨拶する。


「ユールさん、エミリー様、こんにちは」


 ユールたちも挨拶を返す。

 ハロルドはかつての非礼を詫びる。


「ユールさん、この町が領主オズウェルの手から解放されたのはあなたのおかげです。その節は本当にご迷惑をおかけしました」


「いえ、僕の方こそハロルドさんのおかげで、思い上がりを思い知らされたところはありましたから」


 事実、この町に来た当初のユールには甘えがあった。心のどこかで「自分は元宮廷魔術師だし、厚遇してもらえるだろう」という思いを抱いていた。

 しかし、ハロルドに冷遇されたことで、「自分で何とかしないと」という意識に目覚めることができた。


「今後、私にできることがあれば是非協力させて下さい」


「ありがとう、ハロルドさん」


 ハロルドとも別れ、だいたい中央通りを一通り散策したことになる。


「そろそろお父さんのところに戻ろうか」


「そうね、デート楽しかったー!」


 ユールとエミリーは微笑み合った。


 二人がガイエンの元に戻ると、なぜかガイエンが青ざめていた。


「どうしたの!?」とエミリー。


「じ、実はお前たちがいなくなった後、かき氷をつい食べすぎてしまってな……。す、すまんが、薬を……!」


 エミリーは全てを察する。


「自分だけで店番するって言ったのは、一人になってかき氷を食べたかったからなのね!? ……呆れた!」


「まあまあ、エミリーさん。すぐに薬を……」


「はいはい、世話がかかるお父様だこと!」


 ユールの頼みで、エミリーは薬の調合を始めるのだった。



***



 夜になり、祭りもいよいよ終わり際。

 クライマックスでは花火が打ち上げられる。


 ユールとエミリーは二人きりとなり、花火を見るために夜空を見上げる。

 まもなく、花火が打ち上げられた。

 破裂音とともに暗闇に炎の花が咲く。ユールもエミリーも思わず「わぁ」と声を上げる。


「とっても綺麗ね、ユール!」


 エミリーが歯を見せて笑うと、ユールは震えた声を出す。


「エミリーさんも……」


「?」


「エミリーさんも……と、とても綺麗だよ」


 この言葉にエミリーはクスリとする。


「ユールったら、らしくないこと言っちゃって」


「ご、ごめん」


「ううん、嬉しいよ。ありがとう」


 見つめ合う二人。花火を背景に、二人の気持ちがどんどん高まっていく。


「エミリーさん……」


「ユール……」


 この光景を木陰から密かに見つめるのは――ガイエンだった。

 どうにか腹痛から回復したガイエンは、二人を尾行していたのだ。


「おのれ、ユール……! 吾輩の目が黒いうちは……!」


 しかし、ガイエンはエミリーの顔を見て、顔色を変える。


「あれは――!」


 かつて自分が愛した亡き妻――エマが自分と交際していた時の顔にそっくりだった。エミリーもまた、ユールに心底惚れているのだ、と気づいてしまった。

 そして――


「エマぁぁぁぁぁっ!!!」


 感極まって叫んでしまった。

 驚く二人。

 膝をついて涙を流すガイエンに、二人は急いで駆け寄る。


「お父さん!? 大丈夫ですか!?」


「しっかりして!」


「エマぁぁ……」


 妻の名前を呼ぶガイエンを介抱しつつ、ユールとエミリーは自宅に戻った。



***



 自宅に戻ると、ガイエンはすぐに眠ってしまった。体調を崩していたし、かき氷作りで疲れていたのだろう。


「エマさんというのは……エミリーさんのお母さんだよね?」


「そうよ。いきなりお母様の名前を叫ぶからビックリしたわ」


「祭りの雰囲気で、エマさんのことを思い出しちゃったのかな?」


「うん、きっとそうだと思う」


 ガイエンはすやすや眠っている。


「こんなこと……昔は考えられなかったわ」


「どういうこと?」


「昔のお父様はね、“騎士団命”って感じの人で、本当に厳しかったの。子供の頃は家にいても私の相手してくれた記憶なんかないし、撫でてすらもらえなかったわ」


「そうなんだ……」


 ユールが知る今のガイエンの姿からすると想像もつかない。

 ガイエンが優れた騎士なのはもちろん知っているが、誰よりもエミリー想いの人だと思っていた。


「お母様が亡くなった時も涙一つ見せなかった。私が抗議すると、『騎士が妻の死ぐらいで涙を見せられるか』なんて言って……本当に許せなかった。それから一年ぐらいは絶縁状態みたいになってたと思う」


 想像以上に親子仲が深刻な時期もあったようで、ユールは言葉を出せない。


「だけど、しばらくして私はお母様の日記を読んだの。そしたら、お父様が騎士らしく振舞っていることが嬉しいって、一杯書かれてたの。あの時私には分かったわ。二人はきちんと愛し合っていたし、お母様は騎士であるお父様の足手まといになりたくなかった。同時にお父様はお母様のために徹底して騎士団を優先させてたんだって」


 エミリーの顔がほころぶ。


「それから、私もお父様のことをなんだか許せるようになって、お父様の方も物腰が柔らかくなって……今に至るって感じかな。きっとお父様も無理してた部分があったんでしょうね。騎士団長として、夫として、そして父として……」


 ユールが尋ねる。


「エミリーさんはお父さんのこと好き?」


「うん、大好き!」


 満面の笑みで答えるエミリー。ユールも嬉しくなる。


「僕も……お父さんのことは大好きだ。そして、いつか認めてもらうんだ!」


「頑張ろうね!」


 うなずく二人。


 一方、実は目を覚ましていたガイエン。

 二人のやり取りを聞いて、布団の中で小さな声でささやいた。


「エマ……吾輩はいい娘と、いい息子を得たぞ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] よかったね、お父さーん(*´▽`*)
2023/06/19 13:30 退会済み
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