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第32話 エミリーとスイナ

 ある日の午前中、エミリーは中央通りで買い出しをしていた。


「今日はシチューにしよっかな。お父様はユールと私が食べる量以上に食べるから、多めに作らないと……50近いのにどういう胃袋してるのかしら」


 野菜などの材料を買うと、エミリーは女剣士スイナと出くわした。


「あら……? あなたはスイナちゃん」


「エミリー嬢!」


 この呼ばれ方に、エミリーはぎょっとする。


「エミリー嬢なんて呼ばれたの初めてかも……」


「エミリー嬢も買い物を?」


「うん、ご飯の材料をね。スイナちゃんも?」


「私はトレーニング器具を少々。重みのある腕輪や、包帯、剣術の本……」


「熱心ねえ」


「エミリー嬢こそこの町で薬屋を営み、大勢を救っていると聞いている。素晴らしいことだ」


「ありがと。だけどエミリー嬢なんて呼ばなくていいよ。エミリーでいいって」


「とんでもない! エミリー嬢は貴族ではないか! それを呼び捨てにするなど!」


 ああ、そういえば私貴族だったっけ、と思い出すエミリー。すっかり忘れてたと自分で自分に呆れる。それだけフラットの町での生活がのどかだったということもある。

 それはさておき、エミリーはスイナに興味があった。せっかく一対一なのだからじっくり話をしたいと思った。


「スイナちゃん、よかったらカフェでも行かない?」


「ぜひご一緒させてもらう!」


「やった! じゃああそこのカフェに行きましょ」


 エミリーとスイナはすぐ近くにあったカフェに入った。



***



 窓際の席に座り、エミリーは紅茶を、スイナはコーヒーを注文する。


「エミリー嬢は本当に美しいな。単に外見がいいというだけでなく、紅茶を飲む仕草にも品がある」


「あらやだ、お上手なんだから。でもありがと」


 エミリーは微笑む。


「だけどスイナちゃんも可愛いよ。とても凛々しくて、ユールにも見習わせたいくらい」


 スイナは顔を赤くする。


「そ、そんなっ! 私が可愛いなどと……!」


 この反応を見て、本当に褒めに弱いのね、と内心ニヤニヤするエミリー。


「ところで、スイナちゃんはどうして最強を目指してるの?」


「私はある剣術道場の生まれで、五人兄弟の末っ子だった」


「賑やかでいいわね。私は一人っ子だし」


「私も剣を習い、兄たちにも劣らない腕前だというのに兄たちは『お前は女だから』という理由で本格的に稽古をつけてくれなかった」


「スイナちゃん強いのにねえ」


「だから私は道場ではこれ以上強くなれないと見切りをつけ、なおかつ兄たちを見返すために最強を目指す旅に出たのだ」


 スイナは各地で道場破りのようなことを行い、武勇を振るったが、フラットの町でガイエンに敗れた。

 もしガイエンと出会わなければどこかで強敵に出会うなり、恨みを買うなりして、命を落としていたかもしれない。


「ガイエン殿には本当に感謝している」


「お父様が何かの役に立ったっていうなら、私も娘として鼻が高いわ」


 エミリーとしても、自分と年が近い娘がそんな最期を迎えるのは望ましくない。

 話題は移り変わり――


「そうそう、スイナちゃんは気になる異性って誰かいるの?」


 これほど剣一筋ならいそうもないけどと予想しつつ、聞いてみる。

 ところが、意外な答えが返ってくる。


「ユール殿かな」


「ユール!?」


 エミリーの心臓が飛び跳ねてしまう。


「あの魔法の力量、ぜひ一度手合わせ願いたい。しかし、ユール殿はお優しいから私相手に本気を出してくれるかどうか……」


 試合の相手ということでホッとするエミリー。

 それはそれで心配ではあるのだが。


「あとはゲンマ殿も一度破った相手とはいえあの腕力や根性は侮れない。炎魔法を使うイグニス殿もいずれ勝負してみたいものだ。それから……」


 次から次にフラットの町の男の名前が出てくる。

 この子もしかして全員と戦いたいのかな、と少し呆れるエミリー。


「だが、やはり一番気になるのはガイエン殿だな」


「お父様か……」


 一度負けた相手だし、そりゃそうよねとエミリーは思う。


「しかし、ガイエン殿に関しては勝負したいというより、あの生き様を手本にしたいという思いが強い」


「そこまで評価してもらえるとお父様も喜ぶわ」


「私もガイエン殿のような立派な戦士に……!」目を輝かせるスイナ。


「うんうん」


「そして、いつか妻に……!」


「え」


 突然出てきたとんでもないワードに驚くエミリー。


「妻ってお父様の!?」


「ああ、最強を目指すからには最強の夫と結婚したい」


 恋をしている様子でもなく、実にスイナらしい理由であるが、この結婚が成り立つとスイナはエミリーの義理の母親になってしまう。


「せめてもっと若い……ユールとかにした方が。いやダメだ、それは」


 思わず自分の恋人を勧めてしまうほど気が動転していた。


「いつか最強を名乗るに相応しい女になったら……ガイエン殿に求婚を……!」


 その頃、お父様はいくつになっているんだろう。今のところガイエンに再婚の意志は全く感じられないが、可能性はゼロではない。スイナにもっといい相手が見つかりますように、とエミリーは思うのだった。



***



 カフェを出た二人。

 エミリーがこんな提案をする。


「スイナちゃん、よかったら服でも買わない?」


「服? 新しい鎧だろうか?」


「そうじゃなくて……オシャレするための服よ。スイナちゃん今の鎧姿も似合ってるけど、オシャレするのもいいかもと思っちゃったの」


「……」


「どう? 無理強いはしないけど」


「一着ぐらいなら……お願いしたい」もじもじしながら答える。


 これにエミリーは笑みを浮かべる。


「決まり! じゃあ、どこか服屋さんに入ろうか」


 二人は服屋に入り、色々と試着をした。

 スイナがエプロンワンピースを着て、エミリーの前に出る。


「似合ってる、似合ってる!」


 スイナの凛々しい顔に、エプロンワンピースの穏やかな雰囲気が妙にマッチしていた。


「ほ、本当に……?」


 顔を赤くするスイナに、妙にときめいてしまうエミリー。


「いかんいかん……危うく何か新しい気持ちが芽生えるところだったわ」と独りごちる。


 料金はエミリーが払うといったが、スイナもそれは悪いと譲らなかったので、「服屋に付き合わせたのは私だから」と折半になった。


「かたじけない、エミリー嬢」


「いいのよ。スイナちゃんもせっかくこの町に来たんだし、色んなこと楽しんでね! ……って私も春に来たばかりだけど」


 エミリーとスイナがそれぞれ金髪と黒髪をなびかせながら歩く。

 華やかな美貌を持つエミリーと鋭い美貌を持つスイナが並ぶ姿は、大勢の目を引くものがあった。

 しかし当然、たちの悪い連中にも目をつけられることになってしまう。


 ガラの悪い若者集団が二人の前に立ちふさがった。


「シケた町だから可愛い子いねえなぁと思ったら、いい子いるじゃん」

「俺らとお茶してくれよ」

「へっへっへ……」


 ため息をつくエミリー。


「あなたたち観光の人たちね? 悪いけど、私たちは他に用があるの」


「ちょっとだけだからさぁ。一瞬! 一瞬だけ付き合ってくれればいいから!」


 各地を遊び歩いてその地方の娘を口説いているのが想像できる集団だった。

 エミリーとしても最も嫌いなタイプの連中なので、顔をしかめる。

 あまりに男たちがしつこいので、スイナが動いた。


「エミリー嬢はお前たち如きが話しかけていい人間じゃないし、私もお前たちのような軽薄な男は嫌いだ」


 スイナの鋭利な刃物のような言葉。

 当然、若者たちは腹を立てる。スイナに掴みかかろうとする。

 しかし、スイナは流れるような太刀捌きで、若者たちに一閃を振るった。


「へ……?」


「次は服では済まさんぞ」


 若者たち全員の服に切れ目が入っていた。警告には十分すぎるほどのものだった。


「ひっ……!」


「今すぐ失せろ。自分たちの行いを悔い改めろ」


 悲鳴を上げて、若者たちは一目散に逃げ去った。

 「なんなんだよこの町」「あの女ヤベーよ」といった声が聞こえてくる。

 スイナがエミリーに振り返る。


「大丈夫か、エミリー嬢」


「うん、なんともない。それにしても、かっこよかったわよスイナちゃん」


「め、滅相もない! 私などまだまだ修行中の身で……」


 慌てて手を振るスイナを見て、エミリーはにっこり笑った。



***



 夜、エミリーが作ったシチューを三人で食べる。


「うまい、うまいぞぉ、エミリー!」ガツガツ食べるガイエン。


「おいしいよ、エミリーさん!」ユールからも好評だ。


「そう、よかった!」


 ここでユールが、エミリーが上機嫌なことに気づく。


「エミリーさん、何かあったの?」


「ああ、うん。今日スイナちゃんと会ってね。かなり腕を上げてたよ。お父様もうかうかしてると抜かれちゃうんじゃない?」


 これを聞いたガイエンはうなずく。


「ふむ、スイナは才能がある。このまま鍛錬を続けていけば剛柔併せ持った強力な剣士となれるだろう。吾輩を超えることもできるかもしれん」


 自分の軽口に対し怒ったりせず、スイナの実力を見極めている父に、エミリーは尊敬の念を抱く。


「あーあ、私も剣術習おうかなぁ」


 エミリーはつぶやきながらキッチンに向かう。

 ユールとガイエンは顔を見合わせる。


「エミリーさんが剣術……ですか」


「ただでさえこの三人の中で発言力が強いエミリーが武力まで持ってしまったらどうなるか……」


「お父さんの血を引いてますし、ものすごく強くなりそうですよね」


「ユール、お前など確実に尻に敷かれてしまうぞ!」


「想像出来ちゃいますね……」


 まもなくエミリーが戻ってきた。

 すると――


「エミリー、お前に剣術は似合わん! やめておけ!」


「そ、そうだよエミリーさん! エミリーさんは薬師だし、戦うのは僕らに任せて!」


「あらそう?」


 きょとんとするエミリーであった。

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