第30話 悪徳領主の悪あがき
翌日からユールとガイエン、そしてエミリーは町民たちにオズウェルの統治がどんなものだったのか聞き取り調査を行った。
国王に上奏することになるので、それなりの身分の者が、正式な手続きで書状を届けねば受理すらされない。前者はガイエンのおかげで満たしており、あとは後者の条件をしっかり満たすだけという状況である。
オズウェルの統治はユールの想像以上に酷いものだった。
まず、基本的にフラットの町は放置している。オズウェルに興味がないからだ。そのくせ気分次第で税を引き上げ、今回のように突然町を訪問して狼藉を行う。しかもことあるごとに「王都の貴族だったワシがなぜこんな田舎町を面倒見ねばならん」と愚痴をこぼす。
証言をまとめる過程で、ガイエンは思わず頭を抱える。
「信じられんな……こんな領主がおったとは。いや、もはや領主ですらない」
「本当ですね……。これじゃ王都に憎悪を向けても無理ないですよ」とユール。
「だけど、これがリティシアの実態なのかもね……」エミリーもため息をつく。
書状を国王が見れば、オズウェルにしかるべき処罰が下るのは間違いない。そうなればフラットの町住民は確実に幸福になる。それを信じて、三人は証言をまとめ、書状にする作業に没頭した。
ホテルでの一件から三日後の夜、ようやくその作業が終わりを告げた。
自宅リビングのテーブルで、エミリーが伸びをする。
「終わったわー!」
ガイエンも書状の出来栄えに満足する。
「うむ、これなら確実にオズウェルを糾弾できる」
ユールも笑顔を見せる。
「これでフラットの町の皆さんを救えますね!」
「そうよ! イェーイ!」
エミリーが手を伸ばしてきたのでユールも応じる。
「い、いぇーい!」
恋人同士のハイタッチ。
「む、ずるいぞ! 吾輩ともやれ! ウェーイ!」
「いぇーい!」
ガイエンも手を差し伸べてきたので、ユールはガイエンともハイタッチをする。
エミリーはこうつぶやいた。
「お父様ったら……」
だが、ガイエンの目つきが鋭くなる。
少し遅れてユールも気配を感じ取る。
「お父さん!」
「何十人か連れてきたようだな……」
エミリーは気づいていない。
「急に険しい顔して……どうしたの?」
「オズウェルさんの手の者が来たんだよ」
ユールとガイエンは家の外に飛び出した。
外には武装した兵士が大勢いた。
それを率いるのはオズウェル。そしてグランツとペトロ。
ユールが問う。
「なんの用だ!」
「知れたこと。国王に書状を送られる前に、貴様らを葬りに来た。その様子だとまだ書状は完成していないようだな」
追い詰められたオズウェルはついに強硬手段に出た。書状完成には数日かかると踏み、一度邸宅に戻り、兵士をひっさげて戻ってきたのだ。
多勢だからか、グランツとペトロの経歴詐称コンビも強気な表情を見せている。
「吾輩たちを愚弄するな! ついさっき完成したところだ!」
これにオズウェルはしたり顔となる。
「それはありがたい。ならばここで貴様らを殺せば、ワシの勝利というわけだ!」
オズウェルの行動は決して的外れというわけではない。爵位のあるガイエンのような存在がいなければ、国王への上奏は難しい。ガイエンさえ殺せば、首の皮一枚で繋がることができる。
家の外にエミリーも出てくる。
「どうしたの……わっ、大勢いる!」
オズウェルが命令を下す。
「あの三人を殺せ! グランツ、ペトロ、今度はしくじるなよ!」
この命令にユールの顔が強張る。
「三人……?」
ユールの目に怒りの色が宿る。
「お前たち、エミリーさんまでも……!」
ガイエンも同様である。
「許せんな」
二人の力を信頼しているエミリーはおどける。
「あらやだ、私まで殺されちゃうの? どうしよ……」
ユールはエミリーの盾になるように立つ。
「そんなことはさせないよ、エミリーさん。君は絶対に守る!」
「ユール……」
頼もしい恋人の背中に、エミリーは頬を赤く染める。
「吾輩もお前を守る!」
「お父様もありがと」
エミリーは自分が死ぬとは微塵も思っていない。なぜなら頼もしい恋人と父がいるから。
直後、オズウェルの兵が一斉に襲い掛かってきた。
最初に動いたのはユール。
「電撃薔薇!」
電撃が薔薇のような形に弾け、兵士たちを次々感電させる。
「竜巻雛菊!」
竜巻が雛菊の花びらのように敵を吹き飛ばす。
「わぁっ、綺麗!」華麗な魔法の数々にエミリーは思わずこう褒めてしまう。「やられてる人は痛いだろうけど」
ガイエンも動く。
素早く、精密で、かつ豪快な剣捌きで兵士たちの手足に斬撃を与え、行動不能にしていく。
しかし、数は多い。数が多ければそれだけ集中力も散る。
グランツはこれを狙っていた。
いかに騎士団長といえど大勢を相手しているところに後ろから斬りかかれば――
できる限り無音で斬りかかる。
しかし、ガイエンはその刃をあっさり受け止める。
「な……!?」
「バレバレだ。背後から攻撃するぐらいで吾輩の首を取れると思うか、愚か者!!!」
ガイエンの剣が、一瞬でグランツの両腕の“腱”を切断した。
「うぎゃあああああああっ……!!!」
「もう二度と剣は振るえまい」
残る兵もガイエンの迫力に及び腰になってしまう。
ユールは魔法使いペトロと対峙していた。
ペトロが土魔法を唱える。
「土の罠!」
ユールの足元の土が盛り上がり、その両足を捕えた。
「これで動けないでしょう! 泥弾!」
泥の弾丸がユールの頭に命中。出血する。
「ハハハ、やったぞ!」
だが、ユールの表情は変わらない。
「ありがとう、おかげで思い出せたよ。あなたにやられたイグニス君たちの痛みを……やはりあなたはこの魔法で倒したかった」
「な、なに!?」
「氷炎乱舞!」
イグニスとネージュがユールに初めて見せた合体魔法。
冷気と熱気が螺旋を描いて飛んでいく。
むろん、魔力は練られており、ペトロにこれをかき消すなどできるはずもなく――
「あぢいいいいいい!? づめだぁぁぁぁぁい!?」
熱くて冷たい。矛盾した叫び声を上げ、敗れ去った。
グランツとペトロが敗れたことで、兵士らも戦意を喪失した。逃げ出す者が続出する。
取り残されたオズウェルは尻もちをつく。
「わっ、わわわっ!」
怒りに満ちた表情でユールとガイエンが詰め寄る。
「オズウェルさん、僕たちだけじゃなくエミリーさんの命まで脅かしたこと、償ってもらいましょうか」
「ああ、貴様だけは生かしておけぬ」
オズウェルは命乞いを始める。
「ま、待ってくれ! た、助けて! 命だけは! ゆ、許して……ワシが調子に乗った。いや、乗りすぎました!」
「うるさいので静かにしていて下さい」
ユールの呪文で“沈黙”させられるオズウェル。青ざめた顔で口をパクパクさせる。
「愚か者め。叩き斬ってくれるわ」
ガイエンは剣を振り上げると、オズウェルの脳天めがけて一気に振り下ろした。
その刃は――寸止めだった。
涙を流し、口をパクパクさせるオズウェル。下半身が温かくなっている。
「一瞬で真っ二つなど、そんな生温い罰では済まされんよ、貴様は」
ガイエンは剣を納める。
エミリーがユールに駆け寄る。
「ユール、怪我は大丈夫!?」
「うん。これぐらいなら回復魔法とエミリーさんの薬ですぐ消えるよ」
ユールは心配させないよう微笑みで応じる。
「それにしてもかっこよかったよ。『君は守る』って言ってくれたから、全然怖くなかった」
「エミリーさん……」
甘いムードになりそうな二人に、ガイエンが割って入る。
「エミリー! 吾輩も! 吾輩も言ったから! お前を守るって言ったから!」
二人の仲云々よりも、ガイエンは「自分のことも評価して欲しい」という心境だった。
「はいはい、お父様もかっこよかったわよ」
娘の言葉に、ガイエンは満面の笑みを浮かべた。
その後、ユールたちが作った書状は無事国王に届けられ、受理された。
国王リチャードの対応は早かった。
オズウェルはすぐさま領主を解任させられ、さらに爵位も失った。しかも王都の牢獄送りでは生温いと判断され、地方の労働環境の厳しい牢獄に送られることとなった。
仕えて狼藉を働いていたグランツやペトロなどの兵士も同様である。
フラットの町は、悪徳領主の支配から解放されたのである。
税の引き上げやフェスタ予算徴収などの話はもちろん立ち消え。手ひどくやられたゲンマやイグニスたちも、すぐに退院することができた。
この事件で、町長ムッシュとイグニス兄妹が和解の方向に進んだと知って、ユールは喜んだ。
後任の領主は人格的に優れた貴族が任命されるという。
ガイエンを推す声もあったが――
「吾輩、そういうの向いておらん!」と断った。
「お父様が領主になったら、領民みんなに訓練させそうだしね」
エミリーの軽口にガイエンはこう答える。
「よく分かっておるではないか、エミリー!」
「ホントにやるつもりだったの……!?」
「ものすごく強い町になりそうだね」
ユールも「領民全員騎士」な町を想像して、愉快な気持ちになった。
かくしてユールたちはフラットの町を救うことができた。
夏も終わりに差し掛かる頃の出来事であった。




