第29話 ユールとお父さん、怒る!
ユールたちが診療所に駆け付けると、決して広くない建物内に大勢の人間が担ぎ込まれていた。
特にゲンマは酷くやられており、骨を折られ意識もなく、重体といっていい容態だった。
しかし、ユールとエミリーの尽力もあり、どうにか事なきを得た。
ユールは集まった人間に説明する。
「特に重傷だったのはゲンマさんとイグニス君でしたが、命に別状はありません。回復魔法は肉体的に負担を強いる部分もあるので、あとは本人の治癒力に任せましょう。もう心配ありません!」
ユールが「心配ない」と強調したので、ひとまず安堵の空気が流れる。
だが、やはり漂う空気は重い。
「兄さん……」頭に包帯を巻いたネージュ。
「くそっ、私がついていれば!」悔しがるスイナ。
「ゲンマ……」ブレンダとしてもゲンマは出来の悪い子のように可愛がっている部分があった。
事のあらましについてはニックが説明してくれた。
「兄貴をやったのはグランツっていう剣士、イグニスをやったのはペトロっていう魔法使いっす。こいつらは領主であるオズウェルに仕えてるっす……」
オズウェルは元々王都付近で暮らしていた貴族であったという。しかし、問題を起こし、フラットの町がある地方を治めることとなってしまった。境遇としてはユールに似ている部分がある。
オズウェルは現在複数の町を治めているが、フラットの町を特に冷遇している。田舎に左遷になった鬱憤を、この町で晴らしているのだろう。
当然町の人々も不満は持っているが、オズウェルにはグランツとペトロを始め、優れた兵士がいる。とても逆らえるものではない。
ニックが話していると、町役人ハロルドが現れる。彼も診療所で手当てを受けていた。
「オズウェル様の横暴は留まることも知らず、今日も役場で……」
税の引き上げとフェスタ予算の取り上げ、さらには町長ムッシュが怪我をした件を説明した。
ただでさえ重かった空気がさらに重くなってしまった。
入院が必要な者以外は解散となり、ユールは何かを決意した表情で、どこかに向かおうとしていた。
「どこへ行く、ユール」
ガイエンが声をかける。
「お父さん……」
「とてもこのまま家に帰るという表情ではないようだが」
「お父さん、僕はようやくこの町の人々が、どうして王都の人間を嫌ってるのか分かった気がします。王都役人の件はそのごく一部に過ぎない。オズウェルという男を何とかしなければ、この町に平穏は訪れません」
「領主を敵に回すというのか。たかが一魔法使いのお前が」
厳しい口調のガイエンに、ユールも怯まない。
「止めないで下さい、お父さん。僕は弟子といえるイグニス君たちもやられている。このままでは気が済みません」
「止める? 勘違いするなユール」
ガイエンがユールに近づく。
「吾輩もお前と全く同じ気持ちだ。騎士は名誉を重んじる生き物。ゲンマたちをあそこまでやられて泣き寝入りでは、もはや騎士である意味がなくなる」
「お父さん……!」
「それに……息子と共闘というのも悪くなかろう」
「はいっ!」
しかし、すぐさまガイエンは訂正する。
「か、勘違いするなよ! 今の“息子”というのは“未来の息子”という意味であって、現在進行形では吾輩はまだお前を認めておらんからなっ!」
「わ、分かってますよ! 僕だってまだ認められたとは思ってません!」
二人のやり取りに苦笑しつつ、エミリーが現れる。
「相変わらずお父様は……。二人なら大丈夫だと思うけど、一応言っておくわ。気をつけてね!」
「うん、エミリーさん!」
ユールはうなずく。
するとそこへ――
「私も連れていってくれ!」
「オイラも行きたい!」
「俺も兄貴の仇を取りたいっす!」
スイナ、ティカ、ニックの三人がやってきた。三人ともユールたちがどう動くか分かっていたのだろう。
ユールは首を振った。
「いや、僕たちだけで大丈夫。ゲンマさんたちの容態がいつ急変するとも限らないし、診療所でお医者さんやエミリーさんを手伝ってあげて欲しい」
納得いってない表情の三人だが、ユールは続ける。
「必ずオズウェルという領主には思い知らせる! やられた人達やフラットの町の人々の痛みを!」
ユールの迫力に、三人も押し黙るしかなかった。
同時にユールに全信頼を寄せる顔をする。
「頼んだ、ユール殿!」
「頑張ってね、ユール兄ちゃん!」
「兄貴の仇討ってくれっす!」
三人にうなずくと、ユールはガイエンに向き直る。
「行きましょう、お父さん」
「うむ」
***
中央通りにある白い壁のホテル。
フラットの町で最も高級な宿であり、今日からしばらくはオズウェルの貸し切りになっている。
ホテルの入り口にはやはりオズウェルの兵士らがたむろしていた。
ユールたちが近づくと――
「おい、今夜ここは貸し切りだ。消えな」
「僕たちはオズウェルさんに用があるんです」
兵士の一人が剣を抜く。
「斬られたくねえだろ?」
刃を突きつけられるが、ユールは怯まない。
「斬る? 僕を?」
「ああ、その優男じみたツラをズバッてな」
ユールは人差し指に風を纏わせると、その風で突きつけられた刃を斬った。
「へ……」
「別に剣がなくても斬ることはできるんだよ」
「ひっ!」
「通してくれるかい?」
ユールが凄むと、兵士たちは大人しく道を開けた。
「行きましょうか、お父さん」
後ろにいるガイエンは顔をしかめていた。
「お父さん……?」
「ユールよ、脅すならもう少しお前らしく穏やかにやらんか。ほら、お前がエミリーの薬で強気になった時のことがトラウマになっていてな……」
「す、すみませんお父さん!」
ユールの迫力に、ガイエンも驚いていたのだった。
オズウェルはホテル内のホールで、食事をしていた。本来はパーティー会場などに使う広い部屋だが、それをたった一人で贅沢に使用している。
傍には飛車角のようにグランツとペトロが控えている。
オズウェルはステーキをくちゃくちゃと音を立てて食べながら、愚痴をこぼす。
「相変わらずしけた町だ。しけたホテルに、しけた食事にしけた酒、たまにこうやって来て、町民をいじめるぐらいしかやることがない」
これにグランツとペトロが相槌を打つ。
「まあいいじゃありませんか。おかげで俺はいい運動ができましたし」
「小生も楽しめましたよ」
「ま、ちょっとやりすぎちまいましたけど。ゲンマの奴腕を上げてたもんでね……ありゃ死んだかもな。もし死んでたらオズウェル様、後始末はお願いします」
「かまわん。田舎町のチンピラ如き、いくら殺したってワシが許す」
ステーキを食べ終わり、ナイフとフォークを放り投げるようにテーブルに置く。
それとほぼ同時に、扉を開けて乗り込んでくる者があった。
ユールとガイエンである。
「なんだ貴様ら……」オズウェルがジロリと睨みつける。
「僕はこの町に住む魔法使いだ。あなたに抗議しに来た」
「抗議だと?」
「まず、突然の税の引き上げとフェスタの予算を取り上げるのは撤回して欲しい。それから町の人々に傷つけたことについて、きちんとした謝罪と罪の償いを求める。フラットの町の待遇も改善して欲しい」
ユールは言いながら思っていた。返事は分かっている、と。
「できるわけなかろう。なぜワシがこんな町にへりくだらねばならん」
「だったら実力行使するまでだ」
これにオズウェルは噴き出した。
「実力行使だと!? フハハハ、ワシには優れた兵士がおるのだ。どうやってここまで来たかは知らんが、ただの無謀というものだ! グランツ、ペトロ! この二人を追い払え! なんなら殺してもいいぞ!」
主君から殺しの許可が出たので、グランツとペトロは嬉しそうにうなずく。
「この二人を紹介しておこう。グランツは元騎士だ。貴様らも我が国の騎士団の勇猛さは知っておろう。ペトロは元宮廷魔術師。魔法使いのエリートだったのだ。二人とも、今はワシに仕えてくれているがな」
彼らは元騎士と元宮廷魔術師のコンビらしい。
ユールとガイエンは首を傾げる。
二人はれっきとした元宮廷魔術師であり騎士団長だが、二人とも、グランツとペトロの名に心当たりがなかった。
「……あ」
ガイエンが思い出す。
「グランツ……思い出したぞ!」
「へ?」
「騎士団に入団したはいいが、訓練に耐え切れず三日で逃げ出した奴がおった! 貴様だ!」
グランツの顔が強張る。
「え……ちょっと待って……あんた、名前は?」
「ガイエン。ガイエン・ルベライトだ」
元騎士が王国騎士団長の名前を知らないはずがない。グランツの顔がみるみる青ざめていく。
一方のユールも、ペトロの名を思い出していた。
「ペトロさん、僕はユールって言うんですけど、覚えてませんか?」
「なぜ小生がお前の名前など……」ペトロの脳裏にある光景が浮かんだ。「あ……」
かつて二人は王都で開かれた魔法コンテストで試合をしたことがあった。宮廷魔術師になるには、そうした大会で実績を作り、「宮廷魔術師になる試験」を受けるための資格を得る必要があるからだ。
ペトロは年下のユールに対し、自信満々で派手な魔法を放つも、基礎をしっかり固めているユールにはまるで通用せず、完敗した。
その後、大恥をかいたペトロは逃げるように王都を去り、今に至る。
「あれから僕は宮廷魔術師になりました。しかし、あなたはなってない……ですよね?」
事情を察してしまったユール、遠慮がちに確認してしまう。
「お前たち……経歴詐称しておったのか!?」
オズウェルも驚いてしまう。グランツは三日で騎士をやめた元騎士で、ペトロはそもそも宮廷魔術師ですらなかった。
しかし、今はそれを責めている時ではない。
「だが、お前たちの腕前はワシがよく知っておる! 相手が何者であろうと関係ない! 叩き潰せ!」
この命令で自信を取り戻した二人は、闘志をあらわにする。
「その通りだ! こんなロートルに俺が負けるわけねえ!」
「あの時の借りを返しましょう。覚悟なさい!」
グランツはガイエンに剣で斬りかかるが、刃を素手でわしづかみにされる。
「え……」
「荒々しい剣よ。ずいぶん荒んだ生活をしてきたと見える。仮にも騎士を目指し研鑽したその腕を暴力に使うとは……恥を知れ!!!」
ガイエンのボディブローが炸裂した。
「ぐべぁぁぁっ!」
グランツは一撃で白目をむき、そのままダウンした。
「大地の手!」
ペトロはイグニスたちを倒した魔法を唱えるが、発動しない。
ユールも敬語をやめ、冷徹に接する。
「ここはホテルだよ? 屋内で土魔法を使うのは相当集中していないと無理だ」
「あ……!」
ペトロは初歩的なミスを犯してしまった。
しかし、ユールはかまわず同じ呪文を唱える。
「大地の手!」
ホテルの床がせり上がり、手の形になった。そのままペトロに掴みかかる。
ユールの実力ならば屋内で土魔法を使うこともたやすい。
「いぎぃ!?」
「せめてイグニス君たちが味わったぐらいの苦しみは味わってもらう」
地面から生えた手が、ペトロを握り締める。肉と骨が悲鳴を上げる。
「じゃあこのまま全身を砕かせてもらうよ」
これを聞いた瞬間、ペトロは恐怖のあまり失神した。むろん、ユールに全身を砕くつもりなどなかった。すぐに解放してやる。
自慢のコンビがあっけなく敗れたことで、オズウェルはうろたえる。
ユールはそんな怯える領主に詰め寄る。
「さあ、どうしますか?」
「ふ、ふ、ふざけるなよ貴様ら。ワシを誰だと思っておる。領主で、伯爵なのだぞ! こんなことしてただで済むと思ってるのか!?」
怯えつつも恫喝を返す。
これにガイエンはこう切り返す。
「吾輩も伯爵だ。少なくとも貴様に偉そうにされる筋合いはない」
「うぐ……!」
「貴様が領主としてやってきた数々の狼藉……。役人や町民から正式に証言を取ることにする。そしてそれを吾輩の名で陛下に書状として届ける。貴様は領主ではいられなくなるだろうな」
「陛下が貴様如きの書状を信じるとでも……」
「現役騎士団長と問題を起こして地方領主にされた貴族、陛下がどちらの言葉を信じるか……見ものだな」
「う、うぐ……!」
言葉を失い、オズウェルはうなだれた。
「もうこれ以上ここにいても仕方あるまい。帰るぞ、ユール」
「はい、お父さん。ありがとうございました」
「なんの。お前こそ見事な魔法の腕前だったぞ」
ホテルのホールに一人残されたオズウェル。自身の破滅を予感し、脂汗まみれになっていた。
「こ、このまま……このまま終わってたまるものかぁぁ……」




