第25話 フラットの町に盗賊現る
ユール宅で開かれる魔法教室で、酒場の女主人ブレンダが水魔法を披露する。
「水障壁!」
水でできた薄い壁が、彼女を球状に包み込む。
「上出来です、ブレンダさん!」
「ありがと、ユール君」
元々は洗い物のために水魔法を習い始めた彼女だが、めざましい上達を遂げていた。今やユールが一目置くほどだ。
その最中、ブレンダからこんな話題が出た。
「近頃さ、町に泥棒が出没してるらしいよ」
「泥棒? 物騒ですね」
「被害は少額の小銭とか、食糧とか、そこまで大したものじゃないんだけど、こいつが面白い泥棒でね。汚い字で置き手紙を残すのさ」
「置き手紙?」
「『部屋が汚い、もっと掃除しろ』とか『ペットはちゃんと世話しろ』とか『子供には優しくしろ』とかね」
「泥棒にそんな手紙を残されたら、たまったものじゃないですね」
「だよね。世直しでもしてるつもりなのかね」
ブレンダが笑う。
すると、魔法使いのネージュが血相を変えてやってきた。
「ユールさん、助けてぇ!」
「どうしたの!?」
「兄さんに魔法をかけたら、凍っちゃって……!」
「すぐ解凍するよ!」
ユールの魔法教室、多少のトラブルやドタバタはありつつもひとまず順調であった。
***
夕食時、ユールはガイエンとエミリーに泥棒のことを話す。
「ゲンマたちも言っておったな。『俺らが捕まえてやる!』と張り切っておったぞ」
「ノナちゃんも言ってた。ちょっと話題になってるみたい」
泥棒について、エミリーは厳しめな意見を言う。
「人から盗んでおいてアドバイスの置き手紙だなんて何様のつもりよね。さっさと捕まって、牢屋にでも入れられればいいのよ」
一方、ユールは泥棒にそこまで悪印象は抱いてないらしい。
「僕は……不謹慎かもしれないけど、その泥棒がそこまで悪い人間には見えなくて。盗みもせいぜいイタズラ程度の被害だっていうし……」
「甘いわよ、ユール。そういうのを付け上がらせておくと、今にもっと大きい盗みをやるようになっちゃうんだから」
ユールもその通りだと首肯する。
ガイエンが話に加わってくる。
「まあまあエミリー、泥棒のことも案じてしまうというのは、ユールらしいではないか」
「まあね。ひょっとして私よりお父様の方がユールを理解してたりして」
エミリーがニヤリと笑うと、ガイエンは焦りの色を浮かべる。
「ふ、ふんっ! ユールのことなど何一つ理解しておらんわ! 名前すら知らん!」
「僕の名前はユールですよ!?」
妙な意地を張るガイエンに、生真面目なリアクションをするユール。
この二人を見ていると退屈しないとエミリーは微笑んだ。
***
数日後、泥棒騒動に動きが起こる。
町の中央通りに噂の“泥棒”が出没し、ゲンマが仲間を引き連れて追いかけている。
「待ちやがれ!」
「待つっす!」
彼らが追う泥棒は頭にベレー帽を被り、サスペンダー付きのズボンを履いた金髪の少年だった。十数人に追い回されながら、驚くべき身軽さでピョンピョン逃げ回っている。
「オイラがお前らなんかに捕まるかっての!」
しかし、少年の前に女剣士スイナが立ちはだかる。右手には木剣が握られている。
「盗っ人め。この私が成敗してくれる!」
スイナは舞うような緩やかな踏み込みから、一気に間合いを詰める。少年の胴めがけ、一撃を見舞うが――
「うわっと!」
「避けたか!」
スイナはすかさず追撃するも、これも少年はギリギリでかわす。
「なんという素早さ!」
「やるなぁ、お姉さん。オイラかなりヒヤッとしたよ。すごい剣士だね!」
「そ、そうか? いや、私などまだまだ……」
褒められて照れている間に、少年は逃げてしまった。
「ああっ!? 私としたことが……!」
その様子を見ていたゲンマとニック。
「スイナって褒めに弱いんだな……」
「あまり慣れてなさそうっすもんね……」
少年はピョンピョンと屋根に飛び移り、そのまま逃げ去ってしまった。
ユールとガイエンもこの光景を見ていた。
「すごい身体能力ですね……」
「うむ、吾輩でも捕まえるのは苦労するかもしれん。スイナは惜しかったがな」
スイナはひざまずいて、ガイエンに謝罪する。
「申し訳ない、ガイエン殿! あなたに教えを受けておきながらみすみす賊を逃してしまい……!」
「よいよい。攻防を見ていたが、あのすばしっこい少年を的確に追い詰めていたし、上達が見てとれた」
「ああっ、ありがたき幸せ……!」
オーバーリアクションで喜ぶスイナに、ガイエンも戸惑う。
「ゲンマたちもいいチームワークだった。王都にいる騎士団を思い出すほどにな」
「あざっす!」
ゲンマたちも一斉に頭を下げる。
チンピラだった彼らを着実に練達な戦闘集団に近づけているガイエンの指導力に、ユールは心の中で感心した。
***
その夜、三人で食卓を囲んでいると、ガイエンが先ほどの泥棒の話題を切り出す。
「先ほどの少年……彼はエルフ族だと思う」
「エルフ族……!?」目を丸くするユール。
エミリーも驚いている。
「ベレー帽で隠していたが、耳が尖っていた。あれはエルフ族の特徴だ。あの身体能力といい、泥棒をできる器用さといい、エルフ族だとすれば説明がつく」
「エルフ族って森の奥深くに住んでいるという人に似た種族ですよね」
「うむ、吾輩も一度だけ彼らと縁があったが、身体能力や器用さはもちろん、武芸にも長けていた。精神的にも高潔な種族であった」
「その高潔な種族が、どうして泥棒なんかしたんだろ?」とエミリー。
「そんなこと吾輩に聞かれても……」
「いや、そこは『さあな……何か事情があるのだろうが』ってかっこよく返せばいいじゃない!」
「そうだった! ……やり直していいか?」
「いいわけないでしょ!」
父娘のやり取りを聞きながら、ユールが言う。
「だったら僕たちで捕まえましょう!」
「そうはいうけど、相当すばしっこいんでしょ? 捕まえられるかしら」
エミリーが返すと、ユールは自信ありげな表情で言った。
「うん、僕にいい考えがあるんだ!」
きっぱり言い切ったユールに、ガイエンはうなずく。
「面白い。やってみるがいい、ユール!」
「はい、お父さん!」




