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第24話 お父さんと釣りに行こう

「ユール、釣りにでも行かんか!」


 朝早く、突然ガイエンがこう言い出した。


「釣りですか?」


「うむ、町の近くには川がある。そこでのんびり釣りでもせんか?」


 今日は魔法教室の予定もないし、ガイエンを尊敬しているユールとしては願ってもないことである。


「もちろん行きますよ!」


「おお、そうか!」


 近くで聞いていたエミリーが種明かしをする。


「お父様ったらゲンマたちが魚釣りを楽しんだって話を聞いて行きたくなっちゃったのよ。単純よね」


「う、うるさい! 単純で強引で頑固で悪かったな!」


「そこまでは言ってない」


「まぁいい。エミリー、お前も来い! いつも薬草をいじっておるが、たまには父親と釣り竿をいじるのもいいものだぞ」


「そうね、行こうかな」


 エミリーが来るとなると、ユールとしてもさらに嬉しい。


「僕は釣りってやったことないんですが、楽しみです!」


「三人分の釣り竿は作っておいた。吾輩を手本にして、お前たちも一匹ぐらいは魚を釣れるよう頑張るがよい」


「はいっ!」


 元気よく返事をするユールとは対照的に、エミリーは「準備のいいこと」とつぶやいた。



***



 フラットの町から東には川が流れている。

 ユール、エミリー、ガイエンは河原にやってきた。三人ともガイエンお手製の釣り竿を持っている。


「この針に餌をつけて川に投げるんですね」


「そうだ」


「なんだかワクワクしてきちゃった!」


 いよいよ釣りを始めようという時、ガイエンがユールに釘を刺す。


「お前ならば魔法を使って魚を取ることもできようが、くれぐれも魔法に頼るでないぞ」


「はい!」


「ユールはそんなズルしないわよ」


「念のためだ」


 ユールは釣り糸を川に投げる。

 といってもそうそう釣れるものではない。しばらく静かな時が続く。


「今のところ、誰も釣れないわね」


「焦るなエミリー、釣りは気長にやるものだ」


「分かってるわよ」


 会話する父娘をよそに、ユールは集中していた。いつもやっている瞑想のように、河原や水中に意識を溶け込ませていく。

 ユールは自然と一体化し、少しずつ川の流れを掴みつつあった。その中で泳ぐ魚の動きも――


「……!」


 ユールの釣り竿に反応があった。


「あっ、魚だ!」


「本当!?」


「お、おおおお、落ち着くのだユール!」


「お父様が落ち着きなさいって」


 ユールは釣り初心者であるが、どう引けば魚を無理なく釣れるか、自然と体が分かっていた。


「それっ!」


 20センチほどの川魚を釣り上げる。

 一番乗りはユールとなった。


「やったぁ、ユール!」


「ほう、やるではないか」


 二人にも褒められ、まんざらでもない顔をするユール。


「よーし、私も負けてられないな!」


 エミリーも張り切る。

 彼女は薬師として薬草を探す時もある。そういう時に頼れるのはやはり勘である。エミリーは自身の勘をフル活用させようと意識を集中する。ちょうど先ほどまでのユールのような状態になっていた。


「すごい集中力だ……」ユールも息を飲む。


 やがて、エミリーも一匹の魚を釣り上げた。笑顔で喜ぶエミリー。


「やったーっ!」


「すごいや、エミリーさん!」


「でしょ。私釣りの才能あるのかも! このままユールのことも釣り上げちゃおうかな」


「エ、エミリーさん……」


 すかさずガイエンが反応する。


「ぬうう、そんなラブ・フィッシングは許さんぞ!」


「変な面白単語を作らないでよ」呆れるエミリー。


 その後も釣りは続けられ、ユールとエミリーは順調に釣果を重ねるのだが、ガイエンは一匹も釣れなかった。次第に機嫌が悪くなる。


「ユールよ、お前の魔法で川を凍らせろ!」


「ええっ!?」


「無茶言わないでよ! 魔法に頼るなってのはなんだったのよ!」


「ならば、あの岩に吾輩の剣を叩きつければ衝撃で魚が浮くはず……」


「お父さん、それはあまりやっちゃいけない漁なのでは……」


 ユールとエミリーにたしなめられ、ガイエンは大人しく釣りを続ける。

 ようやく一匹釣れたと思ったら――


「うむむ、小さい……」


「確か、あまりに小さい魚は放してやるんでしたっけ」とユール。


「うむ……」


 泣く泣くガイエンは小魚をリリースする。


「もっと大きくなったら……また吾輩に釣られるのだぞ。そうしたら食べてやるからな」


「嫌なキャッチアンドリリースだこと」


 エミリーは眉をひそめた。



***



 結局ガイエンは一匹も釣れないまま昼時となった。

 薪を組み、ユールの炎魔法で火をつける。

 エミリーとガイエンは魚に串を刺し、立てるように置く。


「ここの川の魚はあまり心配ないらしいけど、川魚は寄生虫のリスクがあるし、しっかり焼かないとね」


 寄生虫というフレーズに顔をしかめる男二人。


「なにビビってるの! 薬草を採る時なんか、虫がびっしりついた葉っぱを相手しなきゃいけない時もあるし……」


「もういいエミリー、食欲がなくなる!」


 焼いた魚を食べ始める。


「おいしいね、エミリーさん!」魚を頬張り、笑顔のユール。


「うん、できれば塩が欲しいところだけど」


「持ってきてあるぞ、ほれ」


 相変わらず準備のいいガイエン。

 魚に塩をふりかけ、三人はおいしく魚を平らげた。


 しかしその時、上流の方から悲鳴が上がる。

 ユールとガイエンは即座に反応する。


「行きましょう、お父さん!」


「よしきたユール!」


 走っていく二人を、エミリーは「こういう時は息ピッタリね」と感心して見つめる。


 三人がいた地点より上流は流れが急で、そこで事故が起こっていた。よその町からの観光客が来ており、男の子が流されてしまったのである。

 溺れる危険はもちろん、川の中の岩と激突してしまう恐れもある。

 ユールは魔法を唱えた。


「水よ、巻き上がれ!」


 川の水がユールの命令に従うように、螺旋を描いて舞い上がった。


「お父さん、お願いします!」


「任せておけ!」


 打ち上げられた男の子は、ガイエンがその逞しい肉体で優しくキャッチする。

 男の子に一切怪我はなかった。

 男の子の家族に礼を言われ、颯爽と立ち去る二人。

 エミリーはそんな二人を誇らしげに思った。


 釣りを楽しみ、魚の味を楽しみ、人助けもできて、満足できる一日となった。

 ガイエンもほくほく顔だ。


「今日は楽しかったなユール!」


「はい、またお父さんと釣りをしたいです!」


 するとエミリーはクスリと笑う。


「お父様としては、一匹でも釣れてればもっと楽しかったでしょうね」


「コ、コラ! 蒸し返すでないわエミリー!」

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― 新着の感想 ―
[一言] これ、ガイエン特有の威圧感で魚が寄ってこないパターンじゃね?
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