第20話 王都での動きと夏の始まり
春が終わりに差しかかる時期、王都の騎士団訓練所では厳しい訓練が行われていた。
ガイエンからバトンタッチされる形で団長代理となった騎士レスターが、部下たちを鍛え上げる。
「気合を入れて剣を振れ! ガイエン団長がいないからといってたるんでいた、などということがあってはならんぞ!」
レスターは黒髪のオールバックで、鼻筋の通った整った顔立ちをしている。年齢は30代前半とまだ若く、ガイエンが安心して後事を託すほどに心身ともに優れた騎士である。
しかし、本人としてはまだまだガイエンには及んでいないと思っている。
「よし、休憩!」
休憩中、一人の騎士がレスターに問う。
「ガイエン団長がこんなに長く休みを取られるなど、初めてのことですよね。かつては腕の骨が折れていても出陣したなんて逸話が残ってますし……どうされたんでしょう?」
「団長も長く騎士をやられていた。引退していてもおかしくない年だ。時には休みたい時もあるだろうさ」
レスターははぐらかすが、彼だけは真実を知っていた。
ガイエンの娘エミリーの恋人ユールが追放の憂き目にあい、それに付き添うために休んでいるということを。
「団長がついてきて、きっと若い二人は苦労しているだろうなぁ……」
ガイエンが若いカップルにあれこれ指図する姿を想像し、レスターはニヤリとした。
***
城ではユールを追放した張本人の一人である、第二王子マリシャスがはしゃいでいた。
「ハハハッ、魔力がみなぎってるぞ! これもモルテラのおかげだ! あのバカを追放したのは正解だったな!」
マリシャスはユールを追放した後、モルテラから魔法を教わっており、着々と実力を身につけていた。
だが、そんな彼を兄である第一王子リオンがたしなめる。彼は弟と違って聡明な王太子である。
「マリシャス、魔法を学ぶのもいいが、我々はいずれ国を統治する立場だ。くれぐれもそれを忘れるなよ」
釘を刺され、マリシャスは顔をしかめる。
「ふん、いつも俺に説教ばかりしやがって……」
その横に宮廷魔術師モルテラが現れる。彼もまたユールを追放した一人である。
「マリシャス殿下はリオン殿下がお気に召さないようですな」
「兄だからっていつも説教ばかりしやがる。そのくせ人気は高い。ウザイったらありゃしねえよ」
モルテラの目が怪しい光を帯びる。
「マリシャス殿下は魔法の素質もある。民を統べるカリスマ性もある。しかし、今のままでは王になることはできない……」
マリシャスは押し黙る。
「しかし、私は思うのです。この国の王に相応しいのは、マリシャス殿下ではないかと」
「だろ!? お前もそう思うだろ!?」
「ええ。なのでいかがです? 王の座……狙ってみませんか?」
「……!」
さすがのマリシャスもこれにはすぐ答えられない。
モルテラはかまわず続ける。
「あなたならなれます。私の言う通りにさえすれば……今は力を蓄えるのです」
「ああ、俺ならなれる……!」
マリシャスの瞳はどこか正気を失っていた。モルテラによって手玉に取られている。
「では今日も授業を始めましょう。私の術にかかり、私の薬を飲んでさえいれば、あなたはどんどん魔法を扱えるようになるでしょう」
「ああ……お前の言うことなら何でも聞くよ!」
すでに二人の関係は逆転しつつあるが、マリシャスは全く気付いていない。
「ところで、俺たちが追放したあのバカはどうしてるかな?」
「これといってすることのない名誉職を与えておきました。奴は優れた魔法使いでしたが、今頃はせいぜい田舎町で堕落した生活を送っているのではないでしょうか」
「そりゃいいや。下手に牢獄にブチ込んだりするよりよっぽど哀れだな」
マリシャスとモルテラは笑い合った。
***
フラットの町。
自宅から少し離れた雑木林にて、ユールが憂鬱な顔をしている。
ガイエンが話しかける。
「どうしたのだ、ユール」
「あ、いえ……僕を追放した二人のことをふと思い出してしまって」
「バカ王子と同僚だったという宮廷魔術師か」
ガイエンもマリシャスのことは快く思っていない。
「そういえば、あの時のことを詳しく聞いたことはまだなかったな。お前はマリシャス殿下に傷を負わせた……ということになっている。傷は奴らの作り話だとしても、少なくとも掴みかかるぐらいのことはしたのだろう」
ユールはうなずく。掴みかかったのは事実である。
「しかし、解せんのだ。お前は温厚だし、むやみに腹を立てる男ではない。あのバカ王子に何か言われたところで、そうそうそんなことにはなるまい。何があった?」
ユールは少し考えてから、重々しく口を開いた。
「エミリーさんを……侮辱されたんです」
ガイエンの目がピクリと動く。
「マリシャス様が……エミリーさんは騎士団長の娘だから、若い騎士と遊んでるんだろ……って。僕はそれが許せなくて、つい手を……」
わなわなと震えるユール。当時のことは今になっても悔しいようだ。
「エミリーさんを本当に好きなら、そんな侮辱は毅然とはねのけなきゃいけなかったのに……僕にはできなかったんです。すみません……!」
うつむくユールの肩に、ガイエンは手を置いた。
「よくやった!!!」
「……え!?」
「エミリーを侮辱したなど、そんなもん絶対許せんわ! 吾輩だったらその場でバカ王子の首をぶった斬っておるわ!」
ガイエンは興奮している。
「お父さん、さすがに王子を斬ったらまずいです」
「知るか! 吾輩はたしかに王家に忠誠を誓っておるが、エミリーの方が大事に決まっておる!」
ユールも同じだった。だからこそ我も忘れて掴みかかってしまった。
「ユール、お前のしたことは正しい! 一かけらも間違っておらん! あえていうなら最強の魔法で奴をぶっ飛ばして欲しかったところだが、お前は優しいから、そこは許す!」
「ど、どうも」
「だからユールよ。もし今でもほんのわずかでも“間違ったことをした”と思っているなら悔やむな! お前の正しさは吾輩が保証してやる! お前は正しいことをした! 正しいことをして、今ここにいる! 胸を張れ、ユール!」
ユールは自分の芯が震えるのを感じていた。
やはり心のどこかでユールは自分を責めていた。マリシャスに掴みかかったことを悔いていた。選択を誤ったと感じていた。だが今、ガイエンによって「正しかった」と太鼓判を押してもらえた。
尊敬する年長者であるガイエンに、自分の正しさを認めてもらえた。
「ありがとう……ございます……!」
ユールの両目から涙がこぼれる。
「お前もだいぶ思い詰めておったようだな」
ガイエンもめったに見せない穏やかな笑みで、ユールを慰める。
さて、そんな二人を物陰で見つめるのは――
「しばらく二人きりにさせといてやるか」
エミリーだった。
彼女も話を聞いていて、「ユール、私のために怒ってくれてありがとう!」などといって飛び出すつもりだったが、ユールも自分に泣いた顔は見られたくないだろう、と配慮した。
ユールたちがフラットの町に来ておよそ三ヶ月。
夏が始まろうとしていた。
これで第一章完結となり、次回から第二章となります。
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