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第19話 ある春の終わり際の一日

 天気はよく、やや暖かい日だった。

 ユールが自宅で開く魔法教室は好調だった。十数人の町民が詰めかけている。


「皆さん、瞑想して自分の体内の魔力を感じ取って下さい」


「感じる……感じるぞ!」

「よく分からないわ……」

「集中、集中……」


 生徒たちは性別も年齢も職業もさまざまだが、ユールはそれぞれの習熟度に応じて丁寧に教え方を切り替えていく。


 最初にユールの教えを受けることになったブレンダはだいぶ水魔法を使えるようになっていた。


水球ウォーターボール!」


 両手から水の塊を生み出す。


「うん、すごい! 上達しましたね、ブレンダさん!」


「ありがとう。ユール君の教え方が上手いからだよ」


 ブレンダも嬉しそうに微笑む。


 ユールに負けたイグニスとネージュ兄妹も、真面目に瞑想している。

 瞑想を終えると、


「ハッハー、魔力を感じるぞネージュ!」


「本当ね、兄さん!」


 二人の成長ぶりにユールも喜ぶ。


「独学で魔法を会得しただけあって、二人とも大したものだよ」


「いや、こうして魔法の基礎を学ぶと、ユールさんとの差も分かってきたっていうか……。俺たちなんてまだまだだったんだなって思い知らされますよ」


 イグニスはしおらしい表情をする。


「だけどいつか、ユールさんぐらいの魔法使いになってみせる! ネージュと一緒に!」


「兄さんとすごい合体魔法を作ってみせるんだから!」


「その意気だよ。二人とも」ユールは笑いかける。


 そして、二人が町長ムッシュの子供だったことを思い出し、


「ああそうそう、町長さんの家にはたまには帰ってる?」


「ん、まあ……たまには」


 歯切れの悪い返事だったので、ユールは「たまには帰ってあげてね」と付け足した。



***



 魔法教室がひと段落つき、ユールは同じく自宅内にいたエミリーの元に向かう。

 エミリーは自身の生徒となった少女ノナに、薬草の知識を教えていた。


「ノナちゃん、これがリーホの草っていってね。骨を強くする成分を豊富に含んでるのよ。年を取って骨の弱った人に対する薬の原料になるわ」


「リーホの草……」


 ノナは一生懸命メモを取っている。


「やぁ、エミリーさん、ノナちゃん」


 ユールが話しかけると、二人も応じる。

 さらにユールはノナに――


「どうノナちゃん、お勉強は楽しい?」


「うん、たのしー!」


 うなずくノナに、ユールは微笑む。


「エミリーさん、もしかしたら頼もしい後輩ができちゃったのかもね」


「うん、薬師になるかそれとも花屋を継ぐかは分からないけど、私が教えたことがノナちゃんの人生で役に立ってくれれば嬉しいな」


 にっこり笑うエミリーの顔は、ユールにとってあまりに刺激的だった。


「ん、どうしたの? ユール?」


 顔を赤くしているユールに、エミリーはすぐに気づく。


「ははーん、ユール君。さてはこのエミリーさんに惚れ直しちゃったかな?」


 ユールの心臓が飛び跳ねる。

 じっと見つめられ、もはや手遅れだが赤面を悟られたくないユールは足早に立ち去る。


「ええっと、お父さんの訓練を見てくるよ!」


 歩いていくユールの背中に、エミリーはそっとささやく。


「私の方だってユールに何度惚れ直したか分からないから、お互い様か」



***



 自宅近くの空き地で、ガイエンがゲンマたちに稽古を施している。

 ガイエンが木剣を構えて、こう宣言する。


「今日はサービスデイだ! 全員まとめてかかってきてよいぞ!」


 30人はいるゲンマたちにも気合が入る。


「よっしゃあ、やってやるぜ!」とゲンマ。


「行くっすよ、ガイエンさん!」弟分のニックも構える。


 元ゲンマ団の面々が一斉にかかっていくが、やはりガイエンは強かった。

 攻撃をかすらせもせず――


「腰が引けてるぞ!」


「フェイントをかけてるつもりだろうが、目線でバレバレだ」


「腕だけで振るな、全身で振れ!」


 一言アドバイスをしながら、全員を小突いてみせた。


「つ、つええ……!」


「30人でも勝てねっす~」


 しかし、ガイエンも――


「お前たちもなかなか上達しているぞ。少なくともチンピラをやってた頃とは比べ物にならん」


「やったぜ!」喜ぶゲンマ。


「だが、まだまだだな。休憩したら、さらにしごいてやる!」


 悲鳴が上がる。が、もっと強くなれるという響きも含まれている。


 ユールは邪魔するのも悪いと思い、そっと中央通りに向かった。



***



 ユールは中央通りを歩く。

 春の始まりに第二王子マリシャスと同僚の宮廷魔術師モルテラに嵌められ、宮廷魔術師をクビになった時は絶望しかなかった。

 マリシャスとは分かり合えず、故郷の両親の期待を裏切ることになり、なによりエミリーと付き合う資格を失った。


 しかし、エミリーはついてきてくれた。

 なぜかガイエンもついてきてくれた。騎士団長を一時的に休んでまで。


 フラットの町に着いてからも大変だった。

 『魔法相談役』という何をしていいのかも分からない役職につかされ、役場も非協力的だった。

 しかし、少しずつ町民と知り合うことができた。

 魔法で人々を助け、教えるという使命も生まれた。

 時には戦うこともあった。が、戦った相手は生徒になってくれたりもした。


 今は毎日が充実していて楽しい。

 ユールはフラットの町に来てよかった、と思うことができた。


 ユールは自身の体が汗ばんでいるのを感じる。


「そろそろ夏用のローブにしようかな……」


 独りごちるユール。

 もう春も終わるという頃の一幕であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これまでのまとめ的な話ですね!三人とも、ずいぶんと町に馴染んでますね~ [気になる点] …夏か…こちらも夏ですし、みんなも先生も、体調にはくれぐれも気をつけて下さいね。
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