第18話 ユール、薬の力で強気になる
「できたーっ!」
昼下がり、朝から机に向かっていたエミリーが声を上げた。
「何ができたの、エミリーさん?」
ユールが尋ねると、エミリーは嬉しそうに答える。
「聞いて驚いてね。新しい薬の試作品ができたの!」
「なんとおおおおおお!?」
驚いたのはガイエンだった。
「なんでお父様が驚くのよ!」
「お前が聞いて驚けっていうから……で、どんな薬なのだ?」
ガイエンのせいで完全に出鼻をくじかれたが、エミリーは赤い丸薬を見せる。
「これよ」
「どんな薬なの?」とユール。
「人間の交感神経を刺激して、脳内物質を……って説明しても分かんないよね。一言でいうなら“人を強気にする薬”よ」
「これを飲めば、飲んだ人は強気な人間になるってこと?」
「そうよ。ある程度度胸がいることをしなきゃならない人に、いいアシストができると思って」
「さすがエミリーさん!」
するとガイエンがこんな提案をした。
「ユール、お前が飲んでみたらどうだ?」
「僕がですか?」
「うむ、お前の魔法の実力はさすがに吾輩も認める。だが、いかんせんお前は気が弱い。優しすぎるところがある。闘争心や他人を蹴落としてでもという気概が足らん」
「そうかもしれませんね……」
「そこがユールのいいところなんだけどね」エミリーがフォローする。
「優しいことが悪いわけではない。しかし、魔法使いならば戦うこともあるし、そういう時はやはり気が弱いより強い方が都合はよい。なので、今のうちにこの薬を体験しておくことも悪くなかろう」
ガイエンの言うことにも一理あると感じたユールはうなずく。
「そうですね。飲んでみます!」
ユールは丸薬を受け取ると、水とともに飲み込んだ。
しばらくして、ユールに異変が起こる。
「ん……」
「どうしたの?」
「なんだか、体が熱くなってきて……んんん!」
ユールの目つき顔つきが明らかに変貌する。
普段めったに吊り上げることのない眉を吊り上げ、眉間にしわが寄り、眼光が鋭くなっている。
「ちょっと変わりすぎかも……」とエミリー。
「いや、男というのはこれぐらいでよいのだ」ガイエンは喜ぶ。
「エミリーさん!!!」
「は、はいっ!」
いきなり呼びつけられ、エミリーは驚く。
「おかげで僕は生まれ変われたよ。どうもありがとう。君は天使のように美しく、薔薇のように華やかだ。しかもこんな素晴らしい薬を作ってしまうんだからね。君の宝石のような瞳をずっと見つめていたいよ」
およそユールらしくない歯の浮くような台詞の数々に、エミリーは戸惑う。
当然ガイエンは怒る。
「ユール! 吾輩の前でエミリーを口説くとはいい度胸をしておるな!」
「ああ、お父さんですか。僕はあなたのことは尊敬してますよ。だけどね、もうあんたに従うつもりはない」
「あんただと……! なんだその口の利き方は!」
「お父さん!!!」
「な、なんだ……!」
たじたじになるガイエン。
「この家の掃除はだいたいいつも僕かエミリーさんがやりますが、お父さんはほとんどやらないですよねえ?」
「当たり前だ。掃除など騎士の仕事ではない」
「やって下さい」
「なに?」
「不公平なんでね。ほら、モップ持って下さいよ」
近くに立てかけてあったモップを突きつける。
「いい加減にしないとさすがの吾輩も……」
「お父さん!!!」
「はいっ!」
「掃除するのかしないのか、どっちです!?」
ユールに睨みつけられ、ガイエンは「やります」と答えた。
モップがけを始めるガイエンを、ユールは厳しい顔つきで見つめる。
「もっとちゃんと拭いて下さいよ。剣の扱いは上手いけど、モップの扱いは下手ですねえ!」
「うぐ、ぐ……」
「ああ、掃除終わったら肩揉んで下さい。最近肩こってまして」
「な、なんだとぉ!?」
「揉んで下さい」
「わ、分かった……」
ユールは笑いながら部屋を出ていく。
ガイエンはエミリーに問う。
「おい、これはどういうことだ!? 変わりすぎだろう! あいつは酒で酔ってもこんなことにはならんぞ!?」
「これは……薬が効きすぎちゃったかも」
「効きすぎた?」
「ユールは普段めったに怒らないし、大人しいでしょ。そこに強気にする薬なんて飲んだから、過剰に効きすぎて、暴走状態みたいになっちゃってるんだと思う」
「どうすれば治るのだ!?」
「大した成分は入ってないから、ほっとけばそのうち治ると思うけど」
「そのうちって……」
ユールが戻ってきた。
「お父さん、肩揉んでくれ」
ニヤニヤしながら命令する。ガイエンは黙って従う。
「ちょっと力が強いなぁ。もっと優しくやって下さいよ、お父さん」
「わ、分かった……」
ガイエンに肩を揉ませつつ、ユールは再びエミリーを口説く。
「エミリーさん、今夜はデートでもどうだい? こないだいいレストランを見つけてさ。そこで二人で豪華なディナーと洒落込もうじゃないか。君に素敵なドレスを買ってあげたいしね」
「えぇっと……」戸惑うエミリー。
「ユール! 二人でデートなど許さんぞ! 吾輩も連れていけ!」
「お父さん!!!」
「はいっ!」
「手が止まってますよ」
「わ、分かりました……」
ガイエンは変貌したユールに全く逆らえなくなっている。
「あー……眠くなってきたわ。僕が起きるまで、ちゃんと揉み続けてろよ」
肩揉みでリラックスしたせいか、ユールが眠ってしまう。
エミリーは「あ……」とつぶやく。
すやすやと寝息を立てるユールに、ガイエンは嘆く。
「ユールよ……なぜこんなことに……!」
心底悲しそうな表情である。
程なくして、ユールは目を覚ました。さほど深くない眠りであった。
「……ん」
「ユール!!!」
「は、はいっ!」ユールはビクッとする。
「頼む……! 吾輩が悪かったから、どうか元のお前に……優しかったお前に戻ってくれえええっ!!!」
「え? あ、はい……が、頑張ります!」
ユールはきょとんとしている。
「おおっ……で、次は何をすればいい? お前の命令ならばなんでも聞こう!」
「ええっ!? いえいえいえ、僕からお父さんに命令することなんてありませんよ!」
ガイエンはユールの顔をよく見る。元の顔に戻っていることに気づく。薬の効果が切れたようだ。
「ユール、戻ってきてくれたのか?」
「は、はい。戻った……みたいですね」
状況が分かっていないが話を合わせるユール。
「よかった……!」
ガイエンはユールを抱きしめた。
エミリーはこの状況に呆れる。
「これはむしろ私がやるべきことのような……でも、原因になったのは私か……」
……
「すみませんでした!」
薬を飲んでからの自分の所業を聞いたユールは、平謝りする。変貌している間の記憶はほとんどないようだ。
「謝る必要はない。悪いのは全部エミリーだ!」
「ごめんなさい……。もうちょっと改善の余地があるわね、この薬……」
エミリーも素直に認める。
ユールはふとエミリーに尋ねる。
「エミリーさん、強気になってた時の僕はどうだった?」
「ん~、口説かれた時はちょっと驚いたけど、ときめきも感じちゃった。でもね、やっぱりいつものユールの方が素敵!」
「ありがとう……!」
二人の甘いムードにガイエンが割って入ってくる。
「その通りだ! お前はお前のままでいろ、ユール! 優しいままでいてくれ! 強気になんてならんでくれええええ!!!」
「お父様はうるさいっての!」




