第17話 “王都”と“田舎町”の格差
ユールは中央通りで役場近くのパン屋に寄っていた。
エミリーさんとお父さんにサンドイッチを買っていけば喜ぶかも――
こんな思いからだった。
棚に入っているサンドイッチを物色していると、通りを大きな馬車が通る。
「ずいぶん大きな馬車だな……」
ユールがつぶやくと、パン屋の店主が答えてくれた。
「あれは王都から来た役人の馬車だよ」
「王都からの……」
自分の境遇をふと思い出すユール。
「何日かこの町を視察するのさ」
「視察ということは、さまざまな問題点を訴えればそれを王都に持ち帰ってもらうことができますね」
すると店主は笑った。
「そんなことするわけないだろ。接待を受けるだけ受けて帰るだけさ。接待役は今回も苦労するんじゃないかなぁ」
「接待は役場の人たちが?」
「だろうね。多分ハロルドさんがやるんじゃないかな。昔からあの人の役目だったし」
「ハロルドさん……」
王都から来たユールのことを快く思っていない町役人である。
最初は面食らったが「自分の宣伝ぐらい自分でやれ」等の言葉はごもっともだとも思ったので、そこまで悪印象は抱いていなかった。
ユールはあのハロルドがどんな接待をするのか、少し気になってしまった。
自宅に戻ったユールは、エミリーとガイエンに買ってきたサンドイッチを見せる。
「二人ともサンドイッチ買ってきたよ!」
「わっ、おいしそう。ありがとう、ユール!」喜ぶエミリー。
だが、ガイエンは渋い顔をしている。
「ふん、ユールよ。吾輩を食べ物で懐柔しようとしてもそうはいかんぞ」
「そんなことは……」
「まあいい、一つぐらいなら食べてやろう。お情けでな」
ガイエンはまず卵サンドを食べる。
「ほう、これはなかなか……」
続いてハムサンド。
「ハムとパンが非常に合うのだな」
野菜サンド。
「肉の後は野菜に限るな」
次から次にサンドイッチを平らげる父にエミリーが怒る。
「ちょっとぉ! ほとんど食べちゃったじゃない! 私たちの分は!?」
「す、すまん……つい……」
「まあまあ、エミリーさん」
ガイエンはサンドイッチを気に入ってしまったようだ。
「ユールよ……また買ってきてくれ!」
「もちろんです、お父さん!」
「懐柔されすぎ……」エミリーは呆れてしまう。
話題は移り変わり、ユールは王都から役人が来たという話をする。
「ほう、あのハロルドとやらが接待をするのか」
「そうみたいです」
「ユールよ、どんな接待をするかちょっと興味がないか?」
「え、まあ。あるようなないような……」
「そうだろう、そうだろう。あの無礼な役人がどんな接待をするか見に行こうではないか!」
相変わらずの強引さで話を進める。
「じゃ私は興味ないから、二人仲良く行ってきてねー」
付き合う気ゼロのエミリーに見送られ、ユールはガイエンに連れられて出発した。
***
ユールとガイエンは中央通りに出た。
すでに日は暮れており、外灯はあるものの人影はまばらである。
「ハロルドさんはどこで接待してるんでしょうね?」
「役人が来た初日なのだから、当然フラットの町で最も高級なレストランに決まっておる」
貴族でもあるガイエンは、接待のセオリーを把握していた。
「なるほど。で、高級レストランというのはどこなんでしょう?」
「どこなのだ!? ユール!」
ものすごい勢いで聞き返され、ユールは戸惑う。
「とりあえず……その辺の人に聞いてみましょうか」
レストランの所在はすぐに判明し、ユールたちはそのレストランに急ぐ。
町役場から近いそのレストランは、田舎町にありながら宮殿のような意匠がなされており、ユールは思わず感嘆の息を漏らす。
二人が入店すると、スーツを着た店員が立ちはだかる。
「お客様、当店はドレスコードがございまして……」
「なんだと!? ユール、残念だがお前は入れんようだ」
「いえ、あなたなんですけど……」と店員。
「なに!?」
今日のガイエンはゲンマたちに訓練をしていたので、開襟シャツにズボンというかなりラフな格好をしていた。
「どうしましょう、お父さん……」
「うむむむ……一生の不覚」
すると、ガイエンは――
「実は吾輩、伯爵でもあってな」
爵位を示すエンブレムを見せる。
「は、伯爵!?」
店員も高級店に勤めているだけあって、すぐにエンブレムの意味に気づく。
「悪いようにはしない。入れてくれんか」
「も、もちろんでございます!」
伯爵の頼みを断れるはずもない。ガイエンはドレスコード無視で、入店することができた。
「伯爵位など飾りにすぎんと思っていたが、こういう時は役に立つものだな」
爵位を飾りと言い切るガイエンに、ユールは憧れの眼差しを浮かべた。
***
店内に入ると、最も奥の席にハロルドを確認できた。向き合って座っているのが王都からの役人だろう。
「奴らを見やすく、なおかつ向こうからは見にくい席に座るとしよう」
「はい!」
ガイエンは実戦経験豊富の騎士だけあって、こういう時にポジション取りは上手かった。彼らの会話を聞き取れる絶妙な席に座ることができた。
ハロルドと王都役人の声が聞こえてくる。
「ここが一番高級なレストランか……。王都なら、ここより1ランクも2ランクも上のレストランがいくらでもあるよ」
「さすが王都は違いますねえ」
「なんていうかパッとしない町だよな、ここは。ホントはもっと他の町の視察担当になりたかったのにさ」
「精一杯接待させて頂きますので……」
王都の役人はフラットの町を貶し、ハロルドはひたすらおだてる。延々とこんなやり取りを繰り返していた。
フラットの町に愛着が出来てきたユールとガイエンはいい気分ではない。
「お父さん、なんだか腹が立ってきますね」
「うむ、王都の役人がここまで傲慢だとは思わなかった」
フラットの町貶しはまだ続く。
「役場近くのパン屋で買ったっていうサンドイッチを食わせてもらったけど、ありゃなんだ? あんな安っぽいサンドイッチ、王都じゃ豚の餌にもならんよ」
ユールが先ほど買ったパン屋のことである。ユールの心に不快感が募る。
だが、もっと怒っている男がいた。
そのサンドイッチをバクバク食べていたガイエンは、顔を真っ赤にしていた。
「お父さん!?」
「あんなうまいサンドイッチを豚の餌だと……!?」
「お父さん、落ち着いて下さい!」
「許さん……吾輩は刺し違えても奴を……!」
レストラン内で暴れかねないガイエンを、ユールはどうにかなだめる。
しかし、ユールにもハロルドの“王都の人間嫌い”は理解できてきた。
「あんな接待をしょっちゅうやってるとしたら、王都嫌いになるわけですよ……」
「だからといってお前に嫌味を言うのは筋違いだがな」
「そうですけど……」
ユールからはすでに、ハロルドに対する悪感情はすっかり消え去っていた。
小一時間が経過し、王都役人がこんなことを言い出した。
「ハロルド君、三流なりになかなか料理は楽しめたよ。そうだ、なんなら君を王都役所に推薦してもいいよ。給料も待遇も今よりずっとよくなるだろう」
酒が入っているからか妙に気前のいい話である。
しかし、ハロルドは首を振った。
「私はフラットの町を気に入ってますし、これでも仕事に誇りは持ってますので……」
王都役人は顔を引きつらせる。
「おい、なんだその言い草は。こんな田舎町が王都より優れてるというのか」
「いえ、そういう意味では……」
「それに私は誇りを持ってないとでもいうのか? ええ?」
言葉尻をとらえ、矢継ぎ早に責め立てる。ハロルドは何も反論できない。
王都役人は皿に残っていたペースト状のソースを床に落とした。
「これを舐めろ。でなきゃ、王都にはフラットの町の視察の結果は散々だったと報告するぞ」
「……!」
周囲の客もざわつく。が、止める者はいない。王都の役人に逆らっても何もいいことはない。
「分かりました……舐めます」
ハロルドは床に落ちたソースを舐めようとする。
「そんなことをする必要はないッ!!!」
ガイエンが声を上げた。
「その通りです」ユールも続く。
驚くハロルド。王都の役人も突然怒鳴られ、狼狽している。
「なんだお前は……!?」
ガイエンはかまわず近づいていく。
「おい、お前のようなオヤジは知らないかもしれないが、私は王都の役人だぞ! 手を出したらただじゃすまんぞ!」
ガイエンは黙って伯爵のエンブレムを取り出した。王都の役人はすぐその意味に気づく。
「え……伯爵……!?」
「吾輩の名はガイエン・ルベライト。聞いたことがないか?」
「ガイエン……あ!」
王都の役人が騎士団長の名を知らないわけがなかった。
「なぜ、ガイエン様がここに……!?」
「そんなことはどうでもよい。それにしても貴様、先ほどからの狼藉、見ておったぞ。自分の立場を笠に着て、町をバカにし、サンドイッチをバカにし、挙句床に落としたものを舐めさせるとは。レストランにまで迷惑をかけておるではないか」
王都の役人は青ざめる。
「吾輩の権限で貴様を断罪することもできる。しかしそれではここまで屈辱に耐えたハロルド殿の顔も立たぬ。よってハロルド殿の顔に免じて許してやる。が、せめてもの償いとして残る日程の視察はしっかりと行え。さもなくば、その首叩き落とすぞ!」
「は……はいっ!」
騎士団長のド迫力に、王都役人はひれ伏す他なかった。
ユールはそんな恋人の父に、惚れ惚れしてしまった。
***
この日は接待どころではなくなり、ユール、ガイエン、ハロルドは別の店で飲み直すことになった。
「先ほどはどうも……」頭を下げるハロルド。
「気にするな」とガイエン。
「なぜ私を助けたのです? 私はあなたがたに失礼なことを……」
「貴様のフラットの町が好きだ、仕事に誇りを持っている、といった言葉に感銘を受けたからだ」
「僕もです!」ユールも追随する。
「しかし、私とて本当にそこまで誇りを持っているかどうか……。持っていたら町役人として、ユールさんのことをもっと手助けしていたでしょうし……」
「そんなことはどうでもよい。吾輩らは貴様を気に入った。拒否権はない」
「ええっ!?」
凄まじい強引さでハロルドをお気に入り認定するガイエン。
ユールも続く。
「僕としてもハロルドさんに冷たくあしらわれてなきゃ、元宮廷魔術師というポジションに甘えていたかもしれません。あなたからすれば王都から来た人間が気に食わなかっただけかもしれませんが、僕のためにもなったんです」
ハロルドから全く協力を得られなかったことが、ユールが自分から率先して動くことを促したのは事実だった。
「私なんかに、ありがとうございます……」
ガイエンに救われ、ユールにも気にしていないと告げられ、ハロルドは心から礼を述べた。
翌日以降の王都役人からは横暴さがすっかり消え失せ、比較的真面目に視察を行い、王都に帰還していったのは言うまでもない。
ハロルドのユールへの態度もまた――
「ハロルドさん、役所前の掲示板に僕のポスターを貼りたいんですけど、許可をいただけますか?」
「ええ、それではこちらの書類にサインをして下さい。教室に人が増えるといいですね」
だいぶ軟化したのもやはり言うまでもない。




