第16話 エミリーの一日
フラットの町に来てから、ユールは『魔法相談役』という役職を得て、紆余曲折を経て自宅で魔法教室を開くようになった。
最初にユールの生徒となったブレンダはようやく水魔法を出せるようになった。
「水!」
手からわずかながら、水流が飛び出す。
「いいですね、ブレンダさん。瞑想をしっかりやってるので、魔力の流れが非常にスムーズでした!」
「ユール君の教え方が上手いからだよ」
エミリーの父ガイエンもまた、空き地にてチンピラだったゲンマたちを厳しく訓練している。
「ゲンマ、貴様はチンピラたちを統率していただけあって、いい根性をしている! きちんと鍛えればよい戦士になれるぞ!」
「え、マジかよ!」
「兄貴ったら、褒められたらすぐ喜んじゃうんすから……」ニックは目を細める。
「うっせえ!」
「コラコラやめんか!」
そんな恋人と父を見てエミリーは微笑ましく思いつつも、自分にも生徒のような存在が欲しいかも、とふと思った。
そんなある日の昼下がり、エミリーは中央通りを歩いていた。
花屋の前を通りかかる。
「うちって殺風景だし、花の一つでも買っていこうかな」
すると店番をしていたのはまだ10歳にもならないであろう少女だった。黄色いリボンをつけ、くりっとした栗色の瞳が可愛らしい。
「こんにちは」
「いらっしゃいませー」
「あなたみたいな女の子が店番だなんてえらいね」
「でしょー? えへへ……」
名前を聞くと少女はノナと名乗った。
「ノナちゃん、お父さんかお母さんはいないのー?」
「お母さんがいるよー。でも体調が悪くって……」
「大丈夫なの?」
「うん、お医者さんにもらったお薬飲んでるから」
だったら心配ないとも思うが、エミリーは不穏なものを感じる。
「よかったら、私にお母さんを診せてもらってもいい?」
「うん、いいよー」
エミリーはノナの家にお邪魔する。
ノナの母が体調悪そうに眠っていた。
「すみません、私お客として来ていたエミリーという者ですけど……」
「あら……いらっしゃいませ」
ノナの母は起き上がり、応対してくれた。
話を聞くと一週間前に医者から貧血と判断され、薬を渡されたという。
エミリーの診断でも確かに貧血のような症状が出ている。薬を調べてみても、
「鉄分を多く含んだ丸薬か……」
一見問題はなさそうだ。
だが、エミリーは全身をくまなく検査する。
そして――
「デグル病ですね、これは……」
「デグル病……?」
「細菌に感染して、その細菌がどんどん鉄分を奪ってしまうという病です。その細菌そのものを叩かなければ意味がありません」
「病」「細菌」というフレーズに不安を抱くノナの母親。
しかし、エミリーは優しい声でこう言った。
「心配ありません。人にうつる類の病気ではありませんし、おそらく傷口などから入り込んでしまったのでしょう。花を扱っていればトゲなどで傷つくこともあるでしょうし」
エミリーは薬を差し出す。
「これを服用して下さい。数日もすればすっかり体調もよくなるはずです」
「ありがとうございます……。あ、お代は……」
「私が勝手にやったことですから。ですけど、『魔法相談役』のユールをどうかお願いしまーす! 困ったことがあったら助けてくれる優しい人なんで!」
「は、はい……」
恋人の知名度アップにもちゃっかり貢献する。
「――さてと、ノナちゃん」
「なぁに?」
「お母さんを診察したお医者さんのところに案内してくれる?」
エミリーの顔は怒りを帯びていた。
***
中央通りにある診察所。
ここにはフラットの町で唯一の医師がいる。白衣を着た中年男である。
「失礼します!」
その診察室にエミリーが乗り込んできた。
「な、なんだね君は?」
エミリーはノナの母親を診察した時のことを問いかける。
「さあ……覚えてないな」
「覚えてないんですか? 自分で診察したのに」
「あのね、私はこれでも忙しいんだ。患者のことなんていちいち覚えてないよ」
「カルテはないんですか?」
「記録したりしなかったりするからねえ」
エミリーは呆れてしまう。
「まあいいでしょう。ノナちゃんのお母さんは貧血ではなく、デグル病でした」
「え……」医者は唖然とする。
「体に分かりやすい痣が出来るので、決して発見が難しい病じゃありません。なのに発見できなかったんですか?」
「……!」
「ほんの少し、もう少しだけ患者に寄り添っていれば、その日のうちに解決してたんですよ。それなのにあなたは……」
「だ、黙れ! うるさいんだよ、ちょっと医学をかじった程度の小娘が!」
平民が貴族令嬢であるエミリーを小娘呼ばわりするのは大暴言だが、エミリーはそんなことは気にしない。
「だったらここにさっき本屋で買った医学の本があります。勝負しましょう。さ、看護師さん、この本から適当に問題出して!」
「おい、勝手なことを……!」
「早く!」
エミリーの迫力に押され、女看護師が問題を出し始める。
こういった強引さは完全にガイエンの血を受け継いでいるといえる。
さて、結果は――
「私の勝ちですね」
「ぐ、ぐぐ……!」
エミリーの圧勝だった。医師もこうまで真正面から叩き潰されては、何も言えなくなってしまった。
「あなたが忙しいということは分かります。だけど、医者というのはそれが言い訳にはならない仕事でもあるんです。どうかそのことは肝に銘じて下さい。私もできることがあれば手伝いますから」
「わ、分かった……。すまなかった……」
誤診をした医師に反省を促し、エミリーは診療所を出る。
するとノナが話しかけてきた。
「お姉ちゃん、どうもありがとー!」
「どういたしまして。これでお母さんみたいな目にあう人が減ればいいんだけど」
「あの、お姉ちゃんは薬師なんだよね?」
「うん、そうよ」
「あたしも……なれるかな?」
この言葉にエミリーは微笑を浮かべる。
「うん……なれるわ。ちゃんと勉強すれば」
「じゃああたしにも勉強教えてくれる?」
「もちろんよノナちゃん」
エミリーはノナの頭を撫でた。
そして嬉しかった。自分にも恋人や父のように、教えを授ける相手ができたことが。
***
この日の夕食時、エミリーは機嫌がよかった。
頬を緩ませつつパスタを食べるエミリーを見て、ユールとガイエンも当然異変に気付く。
「今日はどうしたの、エミリーさん? やけに機嫌がいいけど……」
「うむ、さっきから妙に浮かれておる」
「まあね~、今日ちょっといい出会いをしちゃってね」
この言葉に男二人はショックを受ける。
「まさか……男か!? この町で新しい男を作ったのか!? 吾輩とユールを差し置いて……!」
「そ、そんな……エミリーさん!」
「あーもう、そんなわけないでしょ!」
二人の早とちりに、エミリーは怒鳴り返した。




