第14話 お父さんと薬草採り
エミリー・ルベライトは令嬢であると同時に薬師である。日々新薬や薬草の研究に余念がない。
しかし、今日はトラブルがあったようだ。
「あー、あれがない!」
「どうしたの?」とユール。
「どうしたのだ?」対抗してガイエンも近づいてくる。
「今作ってる新しい整腸剤にね、どうしてもキュアリーって植物が必要なんだけど、切らしちゃって……。悪いんだけど、近くの山まで行って採ってきてくれない?」
「もちろん!」
「吾輩も行く!」
「二人とも、ありがとう! キュアリー草は葉っぱがギザギザしててすぐ分かるから、この絵の通りのやつを採ってきてね」
エミリーに絵を渡され、二人は意気揚々と出かけた。
それを見届けると――
「……なーんてね。キュアリーはちゃんと持ってたりして」
ギザギザの葉っぱを手に取るエミリー。
つまりこれは、ユールとガイエンを仲良くさせるためのエミリーの策であった。
***
フラットの町の近くには樹木が生い茂る山がある。
山菜や果実が採れるので町民も重宝しているが、先日のように熊が出るケースもあるので注意が必要である。
ユールとガイエンはキュアリーという植物を求めて入山した。
整備された山道はほとんどなく、斜面と腐葉土をひたすら登っていくことになる。
騎士としてさまざまな行軍を体験したガイエンと違って、ユールは地方出身とはいえ魔法使い。山歩きには慣れていなかった。ガイエンのスピードについていけない。
「大丈夫か、若造」
「は、はい……すみません。どうか僕のことは置いていって下さい」
「そんなわけにはいかん。さあ、吾輩に掴まれ」
ユールはガイエンの右手を握り締める。
「ガイエンさんの手……とても大きくて、温かいですね」
「ふんっ、そんなお世辞を言っても何も出んぞ!」
つい照れてしまうガイエンだった。
二人はしばらくキュアリーを探すが、一向に見つからない。
「どこにもないな……」
「エミリーさんにどういった場所に生えているか、聞くべきでしたね」
「若造、貴様の魔法で探せんのか?」
「特定の植物を探す魔法、というのはちょっと……」
魔法もそこまで万能ではないようだ。
「……いっそ、その辺の葉っぱをギザギザに切って、それを渡してしまうか」
「ダメですよ、そんな不正! すぐバレちゃいますよ!」
「わ、分かっておる!」
苦戦する二人は、ガサガサという物音を聞いた。
「なんだ?」
「動物……ですね」
茂みから出てきたそれは、熊だった。
しかし、ユールもガイエンも臨戦態勢にはならない。なぜなら――
「君は……この間の!」
ガイエンが倒し、ユールが助けたメス熊だった。
敵意はない。覚えのある匂いがしたので、駆け寄ってきたのだろう。
「そうだ若造、この熊に聞いてみるというのは?」
「そうですね、やってみましょう!」
ガイエンのアイディアで、ユールは熊にキュアリーの絵を見せ、「どこかにないか」という旨の意志疎通を図る。
熊には通じたようで、どこかに向かって歩き出した。ユールたちはついていく。
まもなく、キュアリーのある場所に到着する。
これを持って帰れば、エミリーに対し面目が立つ。
「どうもありがとう!」
「かたじけない!」
熊と別れ、二人は下山しようとする。
その時だった。
山の上方から大きな音が聞こえてきた。
「この音は……」
「土砂だな! 土砂崩れが起こっておる!」
上方から凄まじいスピードで土砂が流れてきた。先日降った雨による影響のものだろう。巻き込まれれば命はないのはもちろん、フラットの町にまで土砂が行きつく恐れがある。
「魔法で何とかならんか!?」
「可能ですが……この斜面だと……」
魔法は高度な集中力を必要とする。災害に対抗するほどの魔法を放つならば、詠唱から効果発動まで体は不動であることが原則であり、できれば平らな地面であることが望ましい。
「ならば、こうしよう」
ガイエンは後ろからユールの体を支えた。
「これならば体勢が安定するだろう。さあ、やるのだユール!」
「はいっ、お父さん!」
ガイエンのおかげで姿勢は固定された。
ユールは意識を集中すると、詠唱を始める。
「土よ、鎮まれ!!!」
土砂がピタリと停止した。あとは時間をかけて分散させていけば、被害は最小限に食い止められる。
やがて全てを終えた時、ユールもガイエンも汗だくになっていた。
「どうにか……なりましたね」
「ああ、よくやったぞ、ユール」
二人は自分たちの命だけでなく、山の生命、さらにはフラットの町まで救ったのである。
そして――
「あの、さっき僕のこと……ユールと……」
「ん、ああ……ユールと呼んでしまったな。ええい、騎士に二言はない! これからはユールと呼ぼう!」
「ありがとうございます!」
感極まったユールはついこんな頼みまでしてしまう。
「でしたら僕も……ガイエンさんのことを“お父さん”と呼んでいいですか?」
「……」
ガイエンは一瞬だけ考えると、
「よかろう。好きに呼ぶがいい」
「あ……ありがとうございます!」
「だがな、言っておく。吾輩はお前とエミリーの交際を認めたわけではない。ガイエンさんでは他人行儀だから、お父さん呼びを許すだけだ」
「それは承知してます!」
「ならばよい。さあ下山するぞ、未来の息子!」
***
無事、帰宅したユールとガイエンを、エミリーが出迎える。
「二人とも大丈夫だった!? 山で緩めの土砂崩れがあったって聞いて心配してたの!」
「大丈夫、僕とお父さんで食い止めてきた」
「えええええ!?」
「それとキュアリーの葉っぱ、採ってきたよ!」
「あ、ありがとう……」
町を救ったのに平然としている二人に、唖然とするエミリーだった。
この日の夕食は芋と肉がよく煮込まれたスープとなった。
「今日は登山で疲れたのでおいしいですね、お父さん!」
「そうだな、ユールよ!」
笑顔でスープを頬張る二人を見て、エミリーは複雑な心境になる。
「ちょっと仲良くなりすぎな気がしないでもないわね……」




