表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/81

第14話 お父さんと薬草採り

 エミリー・ルベライトは令嬢であると同時に薬師である。日々新薬や薬草の研究に余念がない。

 しかし、今日はトラブルがあったようだ。


「あー、あれがない!」


「どうしたの?」とユール。


「どうしたのだ?」対抗してガイエンも近づいてくる。


「今作ってる新しい整腸剤にね、どうしてもキュアリーって植物が必要なんだけど、切らしちゃって……。悪いんだけど、近くの山まで行って採ってきてくれない?」


「もちろん!」


「吾輩も行く!」


「二人とも、ありがとう! キュアリー草は葉っぱがギザギザしててすぐ分かるから、この絵の通りのやつを採ってきてね」


 エミリーに絵を渡され、二人は意気揚々と出かけた。

 それを見届けると――


「……なーんてね。キュアリーはちゃんと持ってたりして」


 ギザギザの葉っぱを手に取るエミリー。

 つまりこれは、ユールとガイエンを仲良くさせるためのエミリーの策であった。



***



 フラットの町の近くには樹木が生い茂る山がある。

 山菜や果実が採れるので町民も重宝しているが、先日のように熊が出るケースもあるので注意が必要である。


 ユールとガイエンはキュアリーという植物を求めて入山した。

 整備された山道はほとんどなく、斜面と腐葉土をひたすら登っていくことになる。

 騎士としてさまざまな行軍を体験したガイエンと違って、ユールは地方出身とはいえ魔法使い。山歩きには慣れていなかった。ガイエンのスピードについていけない。


「大丈夫か、若造」


「は、はい……すみません。どうか僕のことは置いていって下さい」


「そんなわけにはいかん。さあ、吾輩に掴まれ」


 ユールはガイエンの右手を握り締める。


「ガイエンさんの手……とても大きくて、温かいですね」


「ふんっ、そんなお世辞を言っても何も出んぞ!」


 つい照れてしまうガイエンだった。


 二人はしばらくキュアリーを探すが、一向に見つからない。


「どこにもないな……」


「エミリーさんにどういった場所に生えているか、聞くべきでしたね」


「若造、貴様の魔法で探せんのか?」


「特定の植物を探す魔法、というのはちょっと……」


 魔法もそこまで万能ではないようだ。


「……いっそ、その辺の葉っぱをギザギザに切って、それを渡してしまうか」


「ダメですよ、そんな不正! すぐバレちゃいますよ!」


「わ、分かっておる!」


 苦戦する二人は、ガサガサという物音を聞いた。


「なんだ?」


「動物……ですね」


 茂みから出てきたそれは、熊だった。

 しかし、ユールもガイエンも臨戦態勢にはならない。なぜなら――


「君は……この間の!」


 ガイエンが倒し、ユールが助けたメス熊だった。

 敵意はない。覚えのある匂いがしたので、駆け寄ってきたのだろう。


「そうだ若造、この熊に聞いてみるというのは?」


「そうですね、やってみましょう!」


 ガイエンのアイディアで、ユールは熊にキュアリーの絵を見せ、「どこかにないか」という旨の意志疎通を図る。


 熊には通じたようで、どこかに向かって歩き出した。ユールたちはついていく。

 まもなく、キュアリーのある場所に到着する。

 これを持って帰れば、エミリーに対し面目が立つ。


「どうもありがとう!」


「かたじけない!」


 熊と別れ、二人は下山しようとする。

 その時だった。

 山の上方から大きな音が聞こえてきた。


「この音は……」


「土砂だな! 土砂崩れが起こっておる!」


 上方から凄まじいスピードで土砂が流れてきた。先日降った雨による影響のものだろう。巻き込まれれば命はないのはもちろん、フラットの町にまで土砂が行きつく恐れがある。


「魔法で何とかならんか!?」


「可能ですが……この斜面だと……」


 魔法は高度な集中力を必要とする。災害に対抗するほどの魔法を放つならば、詠唱から効果発動まで体は不動であることが原則であり、できれば平らな地面であることが望ましい。


「ならば、こうしよう」


 ガイエンは後ろからユールの体を支えた。


「これならば体勢が安定するだろう。さあ、やるのだユール!」


「はいっ、お父さん!」


 ガイエンのおかげで姿勢は固定された。

 ユールは意識を集中すると、詠唱を始める。


「土よ、鎮まれ!!!」


 土砂がピタリと停止した。あとは時間をかけて分散させていけば、被害は最小限に食い止められる。


 やがて全てを終えた時、ユールもガイエンも汗だくになっていた。


「どうにか……なりましたね」


「ああ、よくやったぞ、ユール」


 二人は自分たちの命だけでなく、山の生命、さらにはフラットの町まで救ったのである。

 そして――


「あの、さっき僕のこと……ユールと……」


「ん、ああ……ユールと呼んでしまったな。ええい、騎士に二言はない! これからはユールと呼ぼう!」


「ありがとうございます!」


 感極まったユールはついこんな頼みまでしてしまう。


「でしたら僕も……ガイエンさんのことを“お父さん”と呼んでいいですか?」


「……」


 ガイエンは一瞬だけ考えると、


「よかろう。好きに呼ぶがいい」


「あ……ありがとうございます!」


「だがな、言っておく。吾輩はお前とエミリーの交際を認めたわけではない。ガイエンさんでは他人行儀だから、お父さん呼びを許すだけだ」


「それは承知してます!」


「ならばよい。さあ下山するぞ、未来の息子!」



***



 無事、帰宅したユールとガイエンを、エミリーが出迎える。


「二人とも大丈夫だった!? 山で緩めの土砂崩れがあったって聞いて心配してたの!」


「大丈夫、僕とお父さんで食い止めてきた」


「えええええ!?」


「それとキュアリーの葉っぱ、採ってきたよ!」


「あ、ありがとう……」


 町を救ったのに平然としている二人に、唖然とするエミリーだった。

 この日の夕食は芋と肉がよく煮込まれたスープとなった。


「今日は登山で疲れたのでおいしいですね、お父さん!」


「そうだな、ユールよ!」


 笑顔でスープを頬張る二人を見て、エミリーは複雑な心境になる。


「ちょっと仲良くなりすぎな気がしないでもないわね……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 情けは人のためにあらず…ユール君が救った熊さんが、今度はユール君を助けてくれた…良かった良かった! …なんだかんだ言ってますが…ガイエンさん、今回ユール君を、未来の息子と呼んだってーこと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ