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第13話 お父さんはユールを名前で呼びたい

 三人の町での役割も少しずつ定まりつつあった。

 ユールは魔法相談役として人々を魔法で助け、時には魔法を教える。

 エミリーは薬屋。

 ガイエンはチンピラたちを鍛え直す。


 今日は朝から三人ともこれといった予定のない日だった。外は雨が降っている。

 食卓を囲み、エミリーが作った朝食の豆料理を食べる。


「少し味が薄いな」


「あら、そうだった? ごめんなさい、お父様」


 ガイエンはユールに振り向くと、


「すまんが、ユ……若造、ソースを取ってくれんか」


「はい、ガイエンさん」


 ユールがソースを手渡す。食事中の何気ないひと時だった。



……



 食後しばらくして、ガイエンが立ち上がる。


「コーヒーでも淹れるか」


 しかし、ついでだからと思ったのか、


「ユ……若造、貴様も飲むか? 飲むなら淹れるが」


「じゃあお願いします!」


 ここでエミリーが異変に気付き始める。


「……そういうことね」



……



 ガイエンがユールに話しかける。


「貴様の開いている魔法教室はどうだ?」


「みんな真面目に瞑想に取り組んでくれてますよ。ブレンダさんはそろそろ水魔法を教えてもいいかな、なんて思ってます」


「それはよいことだ。ユ……貴様もこの町でやっていくことができそうだな」


「はいっ!」


 会話が途切れたところで、エミリーが突然声を上げる。


「お父様!」


「なんだ、エミリー」


「さっきから『ユ……』『ユ……』ってなんなの?」


「え……」


「もしかしてお父様、ユールのことちゃんと名前で呼んであげたいんじゃないの?」


 これにはユールも驚く。彼は全く気付いていなかった。


「バカをいうな! なんでこんな奴のことを……!」


「じゃあなんなのよ、『ユ……』ってのは」


「わ、吾輩の鳴き声だ!」


 メチャクチャすぎる言い訳に、エミリーは頭を抱える。


「実の父親がそんな生き物だったなんて初耳だわ……」


「そういう生態なのだから仕方なかろう! ユ……ユ……ユ……」


 鳴き声設定を続けるつもりらしい。

 エミリーはため息をついて、


「真面目な話、失礼だと思うよ? お父様は騎士団でも部下を若造呼ばわりしてたの?」


「いや、ちゃんと名前で……」


「だったらユールのことも名前で呼んであげてよ。ユールもそう思うでしょ?」


「僕は無理にとは……」


「ユールもそう思うでしょ?」


「僕も……そう思う」恋人の圧力に屈するユール。


 とはいえ、ユールにもガイエンから名前で呼んで欲しいという願望があるのは事実だった。若造呼ばわりにも慣れてしまったが、やはりユールと呼ばれたい。

 脈があるのなら、ここは自分から頼むのが筋だと決心する。


「ガイエンさん、僕もユールと呼ばれたいです! お願いします!」


「う、ぐ……」


 ガイエンは実直なので、こうまっすぐ頼まれると弱い。

 歯を食い縛りながら、


「ユ……ユール……」


「お?」喜ぶエミリー。


「ユール……さん」


「なんでさん付けなのよ!」


「黙れ! 吾輩にはこれが精一杯だ!」


 とはいえ、ガイエンが晴れてユールを名前で呼んだ。


「やったわね、ユール! お父様がようやくあなたを認めてくれたわよ!」


「う、うん……」


 しかし、この発言は勇み足だった。


「コ、コラ! 勝手なことを言うな! 吾輩は認めておらんぞ!」


「だって今、ユールさんって」


「今のは……無し! そう簡単に認めてたまるか、このバカ造!」


 若造から“バカ造”にランクダウンしてしまった。

 エミリーは焦りすぎたか、と失敗を悟る。


「雨も上がったようだ。散歩にでも行くぞバカ造!」


「はいっ!」


 しかし、二人で出かけていくのを見て、微笑ましくも思う。


「娘の恋を見守る父親の心境ってこんな感じなのかしら。……って、本来私が見守られる立場でしょうが!」


 一人ノリツッコミをしてしまうのだった。

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[気になる点] “「娘の恋を見守る父親の心境ってこんな感じなのかしら。……って、本来私が見守られる立場でしょうが!」 一人ノリツッコミをしてしまうのだった。” …たしかに!(笑) …
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