第10話 ユールの一日
ある日の午前中、ユールは町役場のハロルドの元を訪れていた。
「広告を出して欲しい?」
「はい、自宅で週に何度か魔法教室のようなことをしようと思ってまして……」
ハロルドは露骨にため息をつく。
「あのね、王都から来たからってあまり調子に乗らないで下さいよ」
「え……」
冷たい返答だった。
「私があなたにすべき仕事はあなたを魔法相談役に任命して、定められた給金を払うことのみ。なんでそれ以上のことを私がしなければならないんです」
「す、すみません」
「話は以上です。自分の宣伝ぐらい自分でやって下さい」
「分かりました。すみませんでした」
ユールが出て行った後、ハロルドは怪訝な表情をする。
「何もしなくても給金が得られる立場だというのに……変わった男だ」
魔法相談役という役職は、出来高制などではなく、宮廷魔術師よりはだいぶ低くなるが毎月一定の賃金を得ることができる。ようするに、働かなくても収入がある役職である。
それなのに町のために働こうとするユールのことが理解できなかった。
***
大通りを歩くユール。
木登りをしている少年がいた。
下では母親が「降りなさい!」と声を上げている。
「平気だってー」
どんどん登っていく少年。
なんとなく嫌な予感がしたユールは、少年の木登りを見守ることにした。
そしてそれは起こってしまう。
「うわぁっ!」
少年が手を滑らせ、木から落ちてしまう。あのまま地面に落下すれば、命まで落としかねない。
「風よ!!!」
ユールは魔法で風を吹かせ、クッションとすることで少年の墜落を防いだ。
「ああっ……よかった……!」
母親が少年を抱きしめる。
「ありがとうございました!」
母親の感謝に「いえいえ」と答えるユール。
「お兄ちゃん、見たことない人だけど誰?」
「僕はユールっていうんだ。先日この町に引っ越してきたんだけど……よろしくね」
そのままユールは颯爽と立ち去った。
***
町の一角で馬が暴れている。
「ヒヒィーンッ!」
「大人しくしろ!」
荷台を運んでいた馬が突如暴れ出したようだ。
馬の主人も制御しようとするが、とても押さえられるものではない。
「う、うわっ!」
馬が後ろ脚で主人を蹴り飛ばそうとする。
「ヒンッ!?」
しかし、馬は痺れるような痛みを感じ、そのまま大人しくなってしまった。
「なんだ……?」
「電撃魔法で痺れさせたんです」
「魔法……!?」
「ええ、安心して下さい。肉体的には全くダメージを負わせてませんから」
「そりゃすごい……」
怯える馬に、ユールが近づく。
「ごめんね、痛い思いさせちゃって」
「ヒヒン……」
「よければなんで暴れてたのか聞かせてくれるかい?」
ユールは熊にやったように、馬との対話を試みる。
やがて――
「足の傷が痛むそうですね。荷物を運んでたら、痛みがどんどん増したとか」
「え!?」
馬の脚をよく見ると、うっすらと傷ができている。
「あ……!」
「治しておきましょう。これぐらいならすぐ治せます」
ユールは治癒魔法で、傷を治した。
「これでよし。じゃあ僕はこれで……」
馬の顔を撫でると、ユールは歩いていった。
馬の主人は感心したようにつぶやいた。
「あれが魔法ってやつか……。それにしてもなかなか立派な若者がいたもんだ」
***
若い娘が道端に花壇を作ろうとしている。
しかし、石だらけでちっともはかどらない。
「これじゃ石をどけるだけで一日が終わっちゃうわ……。いえ、一日で終わるかどうか……」
そこへ――
「あのー」
「なによ?」
「僕、宮廷……じゃなかった、魔法相談役のユールと言います」
「はぁ……」首を傾げる娘。
「石をどけたいんですよね? よかったら手伝いましょう」
「あらホント? 二人でやれば、夕方までには終わるかも――」
「いえ、すぐに終わりますよ」
「え?」
ユールが呪文を唱えると、土の中から石がまとめて飛び出してきた。
「まぁっ!?」
「魔法は土を操ることもできるので、こういうことも可能なんです」
掘り出された石を邪魔にならないところに置くと、ユールは立ち去っていった。
「素敵な人……」
***
ユールは家に帰ると、役場であったことを報告した。
「そっかぁ。役場の人もケチよね。宣伝の手伝いぐらいしてくれればいいのに」
「まあ、仕方ないよ。明日からビラ配りでもやろうかな」
同じく食卓を囲むガイエンは沈黙している。
「どうしたの、お父様?」
「あの役人……やる気がないにも程がある!」
ガイエンは怒っていた。
「吾輩は頭にきた! 役場に乗り込んでやる! だが若造、勘違いするなよ! エミリーのために抗議するのだからな!」
「やめてよ、お父様!」
この夜、ユールとエミリーはガイエンをなだめるのに苦労するのだった。
***
しかし翌日、予期せぬ出来事が起こった。
十数人の町民が、ユールを訪ねてきたのだ。
「ぜひ魔法を教えて欲しくて……」
「簡単なものでいいので」
「お願いします!」
中にはユールが昨日助けた人々も混ざっている。
「これは……!」驚くユール。
「そういえばユール、昨日色んな人を助けたんだって? きっとそれが宣伝になったのよ!」
「そうだったのか……」
ユールの魔法教室は、どうやら形になりそうである。
そんなユールを見て――
「ぐぬぬぬ、若造め……。若造ばかりずるい! 吾輩も教室みたいなのをやりたい!」
対抗心を燃やす騎士団長ガイエン。
「お父様もユールを見習って、瞑想でもして落ち着いた精神を身につけた方がいいんじゃない?」
エミリーはそんな父を冷めた目で見つめるのだった。




