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九話「学生生活リターン」

 まっすぐな廊下が続いている。歩いているのは十五、六くらいの若者たち。学生だ。地球、日本であれば制服を着ているのであろうが、こちらは環境が違う。

 一年通してほぼ冬というこの惑星アル・コンミンは基本、環境服と呼ばれる長袖長ズボンを皆着用している。場合によっては突発的に気温が氷点下まで一気に下がるらしく、この服を着ないのは非常識であるらしい。もちろん、俺も着ている。

 しかし、これは彼らの感覚では肌着にあたるらしく、このままで歩くことは恥ずかしいと感じるらしい。なので、この上からコートや肩掛けなどを着るのが一般的、かつこの星でのオシャレの仕方、と聞いた。

 学生たちは流行なのか、随分とカラフルな肩掛けをしている。俺のは野暮ったいブラウン一色なのだが、まあ彼らのような色合いはちと辛いのでこれでいいと思っている。そんな派手な学生たちとすれ違う俺に、視線は集まる。ひそひそとした声も聞こえる。

 まあ、そうだろう。どう考えても俺は異物だ。大人であるにもかかわらず、彼らと同じく学生のアイコンをARで表示しているのだ。そういう反応にもなる。もし、この学生アイコンが無かったら警察を呼ばれていたかもしれない。事案発生だ。

 ああ、気が重い。できることなら帰りたい。だけどできない、できないのだ。俺にできることは、ただこの足を前に進ませることだけ。


≪背筋が曲がってますよー。それじゃあ笑われちゃいますよ≫


 頭の中でアドミンさんの声が響く。笑われる要素はいくらでもあるのだから、今更背筋一つ直っても、とも思うが素直に従っておく。

 ARの道案内に従って歩くこと少々。目的地に到着する。教室だ。はあ、とため息一つついて、開ける。

 視線が一斉に突き刺さった。ですよねー、ってなもんだ。予測も覚悟もしていたのでただ辛いだけである。ARを見れば、俺の座るべき席が分かる。ちょうど真ん中辺り。ご丁寧にも『ケイ・ウロヤ 二十四歳 男性』とまで表示されているじゃないか。うん、さらし者ではあるが有り難い。不審者として通報されずに済む。

 視線の中をかき分けて自分の席につく。教室はそこそこ広く五十人は軽く入ることができるくらいか。黒板らしきものはないが、この世界にはARがあるからな。教壇らしきものはあるから教師はあそこに立つのだろう。学生の席は後ろに行くほど緩やかに高くなっている。大学にある教室と同じだ。テレビで知っているだけで、実際には見たことないけど。

 で、席に座っていると嫌でも学生たちの声が聞こえてくるわけで。


「うっわ、マジでオッサンが来たぞ。ありえねぇって」


 オッサンじゃないわい! 二十四歳だい! と、反論したいところであるが聞こえないふりをして前を見続ける。


「なんでオッサンがここに来てんだよ。ふつーこねぇって」


 俺だって仕事じゃなけりゃあ来てないわい。……まさに針のむしろ。でも、懐かしい気分にもなっている。自分の学生生活が思い出される。嫌な記憶付きで。

 しかし、そんな無遠慮な視線と根拠のない憶測による誹謗中傷も、数分もすれば消えてなくなり代わりの話題が躍り始める。


「お前、何やるか決めたか?」

「闘士に決まってんだろうが。甲士とかマジダセェし」

「お前もかよ。んじゃ俺銃士にすっかなぁ」

「治療士か補給士やれよ、いねぇとマジィじゃん」

「ヤだよダサい」


 前に座っている二人の生徒がそんなことを言っている。まるでオンラインゲームの初期キャラ決めのようであるが、もちろんそうではない。リアルな話だ。

 そんな雑談でざわついていた教室に、教師のARアイコンを付けた黒髪の男性が入ってきた……、もしかしたら俺より若いかもしれん。公開データを確認してみると案の定、『コウ・ハオラン 二十一歳 教師 現役狩猟兵』とあった。

 ざわついていた教室が静かになる。コウ先生が教室内をひとにらみしただけで、だ。彼の強いまなざしには、そうさせる迫力を感じた。

 コウ先生が教壇に立つと、生徒たちは居住まいを正した。俺も同じく、改めて背筋を伸ばす。一拍置いてから、先生は重々しく口を開いた。


「お前らを担当するコウだ。まず言っておく。俺はお前たちと同じように、このコンミン第一狩猟兵訓練校の出だ。初日は教室一杯、五十人の生徒がいた。半年後に、無事狩猟兵資格をもって卒業したのは四十人。……五年たって今でも現役でやってるやつは、十人に満たない」


 教室が、水を打ったように静まる。浮ついていた雰囲気が雲散霧消する。魔王出現時の封鎖区画を見ている俺としては、さもありなんと言わざるを得ない。


「お前たちがどんな理由で狩猟兵を志したかは知らない。大方、景気のいい謳い文句に釣られたのだろうとは思う。あれはたしかに嘘は言っていない。高額な報酬、貴族様方から認められる栄誉、リタイア後の豊かな人生。ああ、成功すればその通りだ。しかし、失敗すればどうなるか。……狩猟兵の墓穴に、かつてそいつだったものが入っているのがどれだけあると思う? 半分もないぞ」


 真ん中の席だけあって、ほかの生徒さんの表情がいくらか見える。真っ青になるもの、タフぶっているもの、分っていなさそうなもの……反応は様々だ。


「俺のいたクラスは比較的当たりだったと言われている。だが、それでも数は五分の一以下だ。……それを踏まえて、よく学べ。ほかならぬ自分のためにな」


 コウ先生の放つ迫力にのまれた教室の真ん中で、俺はつい先日の事を思い出していた。そう、あれは三回目の魔王退治を無事終わらせた翌日の事。


/*/


 赤井さんに連れられてオフィスに出勤した俺は、いつものようにクラフトさんの工場へ足を向けようとした。


「あ、スケクロさん。今日から別メニューです」

「はい?」


 アドミンさんのお言葉に首をかしげる。別メニューも何も、一回たりとも同じシミュレーションはやったことがないのだが。ひたすらありとあらゆるシチュエーションに放り込まれてボコられる毎日である。


「昨日も無事魔王退治できたじゃないですか。そろそろ別の事に取り掛からないとって話です」

「あー、はい。了解っす……」


 昨日の魔王は百手巨人ヘカトンケイルのような姿をしていた。手が虫や鳥のそれになっていたけれど。しかしながら、武装がバランス取れた事と日々の特訓のおかげで初日より危なげなく処理ができた。

 まあ、当然のことだが。犠牲者は出たようだ。魔王が出現した以上、当然の事なのだろうが……。


「最初にあっちに行った時に赤井がちらっと言いましたけど。あちらにはモンスター退治のための訓練施設があるんです」

「あー……なんか聞いたような気がします、はい」

「ですので、これからそこに通ってもらって、生身での戦いを覚えてもらおうかと。コンセントレーションの問題もありますし」

「そーっすね。あれは早く使いこなしたいっすわ」


 頭が冴えわたるあの感覚。一度発動すれば、射撃だろうと回避だろうとまず間違いなく成功させることができる、強力な能力。俺は全く、あれを使いこなせていなかった。任意に使うことはまず不可能。やたらと上手く操作できたあと、ああ発動していたのかと気づくような有様だ。

 あれを使えるようになるには、やはりあちらの身体に慣れる必要がある。しかし、魔王退治以外では使わないため機会がなかった。シミュレーター訓練はこちらでしかできないし。


「しかし、訓練施設っすか。ジムみたいな感じですかね?」


 俺の脳裏に浮かんでいたのは、ボクシングジムだった。あんな感じでインストラクターがマンツーマンで教えてくれたりするんだろうか。


「いえ、端的にいうと学校ですね。コンミン第一狩猟兵訓練校ってのがありまして、そこに行ってもらいます」

「え……?」


 音を立てて崩れるイメージ。新しく浮かび上がったのは、いい年した大人なのに窮屈な学生服を着ている自分の姿だ。


「す、すんません。学校って、専門学校やカルチャースクールみたいな感じですかね? 大人、いますよね?」

「いえ、だいたい十五歳か十六歳ぐらいの若者が行くところです。あああと、あの世界じゃ15歳から成人扱いのようですよ?」

「ええー……つ、つまり、この年でもう一回高校行け、と?」

「就学期間は半年ですから。それに、ほとんど実技ばっかりみたいですし」

「そうは言いますけどねぇ……そこ意外で訓練受ける方法ってないんすかね? ほら、赤井さんとか!」


 基本、よろずに通じている赤井さんである。物理的な戦闘方法だって知っていそうなものであるが。


「訓練自体はそれでいいんですけど……資格があるんですよ。狩猟兵資格っての。それ無いと本来なら封鎖区画入れないらしんですよー。まあ不法侵入してますけど」

「ロボの所持と使用、不法侵入、騎士団の妨害とかバレたらスーパー重犯罪らしいじゃないっすか。今更資格っすか?」

「バレなきゃ捕まりませんしねー。それに、持ってればロボはともかくスケクロさんは正式に入れるんですよ。いつか生身で小型魔王と戦う日が来ないとも限りませんし、今のうちにモンスターとの戦いをこなしておくのは必要ですからねー」


 転移で入った場合、誰かに見られたら言い訳が困難、下手すりゃお縄。しかし資格を取っておけば、合法的に封鎖区画には入れてモンスターと戦える、と。言っていることは分かる。仕事上、避けられぬことだ。これは研修なのだ。分かる、分るが……いやだぁぁぁぁぁぁぁ。

 ぐねぐねと、体をよじりながら頭を抱える俺を、アドミンさんは困り顔で眺めている。……で、横からひょいとやってきて、なにやら耳打ちしている赤井さん。おう、なにやっとんや。そしてすげぇ笑顔になってるよアドミンさん。


「スケクロさん」

「はい」

「社命です。コンミン第一狩猟兵訓練校へ研修にゴーです」

「……了解、しました」


 血を吐くような気持ちで、そう答えた。答えるしかなった。社命ならばしょうがない。なぁにあのクソノルマのブラック企業時代に比べたら楽なもんよぉ、と無理やり空元気をひねり出す。

 そして、赤井さん。何故に笑顔でサムズアップか。


/*/


 こうして、久方ぶりの学生生活が始まった。入学式はなく、先ほどのクラスの挨拶があったあとは初日から授業である。

 運動用の環境服に着替えて、だだっ広いだけで寒々とした屋外運動場に集合。まず準備運動。人体の構造が同じであるためか、身体の伸ばし方も地球とほとんど同じだった。もちろん、多少の差異はあるけど。

 さて、最初にやることは。


「走れ。走って走ってクソ走れ。どんな専門にしても、体力は絶対必要だ。だから死ぬほど走って体力付けろ」


 コウ先生の無慈悲なお言葉に、クラスから悲鳴が上がる。俺も上げたい。くそう、未来で科学進んでて魔法もあるのにこれなのか。


≪一時的な強化方法ならいくらでもありますけどねー。脳みそ以外機械に置き換えるぐらいするならともかく、そうでないならやっぱこういう鍛え方になりますねー≫


 上司もリアルな現実を叩き付けてくれる。ならば、やるしかないのだろう。ふ、ふふふ。しかし、俺にはこの身体がある。クラフトさん曰く技術と魔法両方で強化したという特別製だ。運動不足の本来の身体とは違うのだよ!

 一塊になって、よーいスタートで走り出す。調子に乗った数名が、早速猛ダッシュで集団から抜け出していく。こういうノリ、俺の学生時代でもあったなぁ。持久走なのに、あんなに飛ばしたらあっという間にバテるのに。

 一周、二週と運動場を走り続けると生徒それぞれの差が見えてくる。体力がない子らが、次々とペースダウンしていく。スタートダッシュ決めた子も、そろそろ先頭集団から転落しそうだ。俺はその一番最後にくっついているわけだが……結構きつい。あれぇ?


≪アドミンさーん! この身体特別製なんだよね! なんでこんなにきついの!?≫


 考えていることが伝わるなら、心の中での問いかけでも伝わるはずだと念を送ってみる。


≪特別製ですよー。でも、持久走がきつくないとはいっていません≫

≪伝わった! ってなんで!? チートな身体なんでしょコレ!≫

≪強化を施してあっても、無理をすれば負担になるのは当然じゃないですか。基礎持久力は高くなってるはずなんですから、頑張って性能を発揮させてくださいね≫

≪なーにー!?≫


 悲報。チートボディの動力が俺自身の努力と根性だった件について。くそう、やっぱリアルは甘くないなぁ! そうであるならば、ペースを守って無理なく走るしかない。持久走の走り方は学生時代に習った。呼吸を乱さなければいけるはずだ。

 さらに周回が進むにつれて、上位集団からの脱落者が増えていく。いつの間にやら残りは俺を含めて三人となった。一人目は細身の美少女。アッシュブロンドで肌は白い。このアル・コンミンの住人たちはなんとなくアジア人に似ているのが多いので、白人系は珍しい。もう一人もアッシュブロンドなのだが、背が高い。しかもキリっとしたイケメンである。アドミンさん所の人たちは皆柔和な感じのイケメンなので、こういうタイプは初見だ。

 ……最近イケメンエンカウント率高いなぁ。学生時代も社会人時代もろくに見なかったというのに。というか、美女美少女とのエンカウントも最近高めだな。まー、ほとんどが神様的存在というのがアレではあるが。それはさておき。

 ペースを守ってさらに数周。バテてグラウンドに座り込む子らもちらほらと出てきた。ほぼ歩いているような走りを見せている子も多い。そんな中、先頭の二人は全くペースを落とさず走り続けている。ぶっちゃけ、俺はきつい。かーなーり、きつい。呼吸を乱さないように走るので手いっぱいだ。


「スースースースーフッフー! スースースースーフッフー!」

「……」


 あれ? 女の子の方がこっちを振り向いた。なんだろうか。


「おじさん、息うるさい」

「ぐふうごっほ!?」

「フッ……ククッ」


 いきなりの毒舌。メンタルにダメージ、思わずせき込む。そしてイケメン君に笑われた! チクショウ! ならうるさくないところに行けばいいんだろう!? 俺はペースを上げて先頭に躍り出た。


≪ええー。なんでそこで無理するんですか? もう割と限界ですよね≫

≪そうだけどさ! こちとらチートな身体もらってるってのに、手抜いて負けるなんて情けない事出来るわけがないでしょう! ……まあ、今までペース重視で後ろに付いてたり? 最初から身体の性能任せで楽しようとしたり? 思い返せば情けない所ばっかりだけどさ!≫


 ああ恥ずかしい。穴があったら入りたい。これ以上の恥はご免被る。速度を上げてしまったことで、呼吸も大分乱れてしまっている。が、それこそうるさいといわれるような息遣いで、無理やり整える。構うものか、何せ俺が独走中なのだから……ッ!


「スースースースーフッフー! スースースースーフッフー!」

「うるさいっていった」

「ゴッフォ!?」


 なんでー。なんで付いてきてるの来てるのこの子ー。っていうかイケメン君も一緒に来てるぅー。


「ペースは、ゼーッ、守った方が、ゼーッ」

「おじさんに言われたくない」

「……」


 女の子のツッコミとイケメン君の無言の微笑。おーのーれー! さあ、今こそ性能の全てを発揮する時だチートボディよ! 俺の羞恥心を糧に、さらなる加速を与えたまえ! もはや限界の心肺にむち打ち、足にさらなる力を込めた。

 ぐきっと、足首をひねった。


「あっ、ごばぁん!?」


 すっ転んだ。盛大に胸やら足やら打ちつけた。顔はかろうじて手で守ったけど……痛い。遠くから、生徒たちの笑い声が聞こえてくる。


≪大丈夫ですかー?≫

≪……泣きたい。二重の意味で≫


 駆け寄ってくる足音が聞こえる。コウ先生だった。


「オッサン、大丈夫か?」

「はい、なんとか……先生までオッサン呼びですか」

「うるせぇ。さっさと起きろ。止まるな。身体に悪い」

「うっす……」


 痛む身体を起こして、立ち上がって歩き始める。流石特別製だけあって、しばらく歩いているうちに痛みは少しづつ引いていった。最も、恥ずかしさはなかなか消えてくれなかったが。

 結局、持久走は半数が脱落。最後まで走り続けていたのはあの二人だけだった。俺も、すっ転んだあとはランニング程度で流した。さすがにもう一度あのデットヒートはできなかった。ああ、顔から火が出そうだ。


「さっさとシャワー浴びて着替えろよ。風邪をひくのはバカのやることだ」


 先生はそう言い残してさっさと建物の中に入ってしまった。若干の痛みとたっぷりの疲労の残る身体を引きずって後に続く。


「おじさん、大丈夫だった?」

「なっさけねー、ダッセー!」


 さっきの女の子が声をかけてくれた。あと、そこの笑ってるの。前の席の子だろ。覚えたからな。あとで消しゴムのカスを頭の上に飛ばしてやる。俺の席からならジャストポイントだ!


「あー、おかげさまで平気です。あと、おじさん呼びは勘弁してほしいのだけど……」

「だって、おじさんはおじさんだよ」

「あたくし、まだ二十四歳なんですけど」

「おじさん」

「とほほ……」


 バッサリとぶった切ってくれる女の子。イケメン君も近くで微笑を浮かべてるし。……しかし、名前がわからんと不便だな。こんな時こそAR! 基本的に、名前とかは公開しているものらしい。なので見ようと思えば見れるとのこと。

 ええっと、女の子の方はリアーヌ・ブラン。イケメン君はジルベール・バランド。……わぁい、ブラン騎士爵家とバランド騎士爵家って家紋付きで表示されてるぅ。お貴族様じゃないかぁ。さあて、どうしたものか。どう対応するのが正しいのか……。

 内心脂汗を流していると。


「平民とのなれ合いは関心せんぞ、リアーヌ」


 赤地に金糸をあしらったコートに身を包んだ、これまたアッシュブロンドの若者が。……さあて、さらにめんどくさい事になってきた気がするぞ?

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