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21 バルナーク領

 子供の足に合わせての移動なので一日に多くの移動はできない。

 これでもかなり荷物の量はしぼった方だが、最悪は野宿まで覚悟している。

 今世の私、そこまで体力がある方じゃないので大変だけどがんばるわ。


「市場に行くの?」

「そうね。まずは市場へ行って、そこから乗合馬車に乗るつもり。お昼は市場で買おうか」

「……うん!」


 午前に出発したので、午後には市場に着けるといいな。

 長年かけて踏み固められた土の道が、村からモルセル地区まで続いている。

 雪解けもあり、土の地面はベチャベチャだったり、或いは雪がまだ残っていたり。

 移動だけで、なかなかに体力が削られる。

 私が大変ならリーフはもっと大変だろう。常に気を配っていないとね。


「リーフ、少しでも疲れたなって思ったら言ってね。何も焦る旅じゃないんだから。ゆっくり、のんびり行きたいの。元気にね」

「わかった!」


 リーフは素直でいい子だ。でも、それが心配でもある。

 顔色をうかがわせているつもりはないが、きっとそうしている時も多いだろう。


 私と一緒に行く決断をしたのは、彼なりの精いっぱい我儘(わがまま)だった気がする。

 そうさせたことに後悔はない。

 というより、これから後悔しないようにがんばらないと。


 私は前世の子供向けの歌を歌いながらリーフの手を引いて歩いた。

 二人で歌いながら歩くとなんだか疲れないような気がする。気持ちの問題ね。

 それでも体に疲労はたまるだろうから、意識的に休憩はしていかないとだ。


 午後。私たちが市場に着いた時、太陽の場所からして正午はとうに過ぎていた。

 流石に農村からここまでを歩いて午前中に移動しきることは無理だったか。

 途中、何度か休憩を挟みながらの移動だったもの。

 市場で食事を取る予定だったけど変更して、昼は保存食を二人で食べた。


「乗合馬車は出ているかなぁ」


 冬の終わりの季節だけど、モルセル地区はそれなりの賑わいだ。

 都市部もそうだけど、やっぱり農村とは環境が違う。

 こういう場所で暮らすことができれば助かるのだろうけど。

 ないものねだりをしても仕方ない。


 バルナーク領行きの乗合馬車は、それなりの数が出ているようだ。

 冬の終わりに差しかかり、領地間での交易を再開させたのだろう。

 バルナーク領とリンドブルム領は隣領のため、交易をしている。

 私たちはバルナーク領行きの乗合馬車に乗る。

 捜索の手はなく、手配もされていなかった。


「リーフ、領地の外って出たことある?」

「ううん、ない」

「そうなんだ。じゃあ、今日が初めての冒険ね!」

「冒険!」

「そうそう、冒険は楽しまないとね」


 持ってきた綿詰めクッションを二人のお尻の下に置いて座る。

 これでかなり乗り心地が違う。

 ほんの少し、いつもより長い馬車の旅を私たちは楽しんだ。



 すんなりとリンドブルム領を出られた私たち。

 乗合馬車は、バルナーク領の中心らしき街まで私たちを運んでくれた。

 いくつかの街もある。そこで主な取引が行われるので馬車もそこへ向かう。

 実際に来たことはないけれど、領主の館から最も近い街だ。

 フィン様は騎士だけれど、やっぱり領主の館で働いているのかな。


 連絡先なんてものはないため、ここからは自力で彼を捜す必要がある。

 噂とか流れてないかな。

 魔獣騒ぎを解決した英雄とかになっていないだろうか。

 その線で聞き込みをするのもいいかもね。

『あの時、助けていただいた騎士様にお礼がしたくて捜しているんです』と。

 よし、これだ。


「わぁ」


 リーフにとっては初めて来た街だ。

 なので目を輝かせている。ふふ。


「とうとう来ちゃったわね」

「うん!」


 これがちょっとした旅行ならよかったのだろうけど。

 残念ながら私たちは今日の寝るところも定まらない身だ。

 宿をまず捜すべきだけど、高い宿には泊まれない。

 リーフの興味を満たしつつ、まず宿を捜す。


 文字タイプの看板ではなく、宿を示す絵の描かれたタイプの看板を見つけた。

 国の識字率の問題があるからか、こうした宿屋の絵は知れ渡っている。

 まぁ、それは横に置いておいて、私たちは街の宿に入る。


 二階建ての大きめの建物だ。

 部屋数はそれなりにありそうだけど空いているかな。

 宿に入ると一階部分は食堂。

 これはわりとスタンダードなこの国の宿の造りね。

 この食堂部分が居酒屋になっている宿も多い。

 まぁ、聞いた話では、ということになるが。


 庶民向けの宿だが、街の宿は生活魔法のアーティファクトで環境を整えていることが多い。

 それも領主のお膝元となればなおさらだ。

 このあたりが如何にも異世界と感じるわね。

 きっとそのまま地球の中世・近世の世界だったら、宿に入った時点で異臭とかすごかったと思うもの。

 ここは、前世の地方にある民宿とそこまで大きな差がないように感じる。


「あのぉ。部屋は空いていますか? 子供と私で二人なんですけど」

「お、空いているよー」


 やった!

 宿の主人らしき人へ声を掛けると、どうやら部屋の空きがあるらしい。

 やはり完全に春になる前に行動して正解だったか。

 忙しい時期になると難しかっただろう。


 とくに問題なく受付を済ませ、リーフと一緒に二階の部屋へ。

 宿の人の案内はなく、鍵を渡されて自分で移動よ。


「わぁ! お部屋!」

「ふふ、初めてのお泊りね」


 内装はシンプル。飾らない感じが悪くない。

 そこまで広くない部屋にベッドが一台あるだけ。

 タンスも金庫も机も椅子もないわ。

 でも、綺麗に部屋を整えてくれているあたり、宿の質は悪くないだろう。


「──浄化(ピュアリファイ)


 それでも一応、生活魔法で部屋の中を浄化しておく。

 だいたいこれを使っておけば衛生面の大部分をカバーできるのよ。たぶん。

 前世より、この点だけは優れているわね、この世界。

 部屋の中とベッドを念入りに浄化しておけば清潔なベッドのできあがり。


「何とか一息つけたわねぇ」


 朝から丸一日、移動に費やした。

 でも隣領だけあって一日でここまで来られたわ。


「……フィンお兄ちゃんをさがすの?」

「今日はお休み。下の食堂でごはんを食べましょう。フィン様を捜すのは明日からね」

「わかったー」

「ふふ、いい子ね」


 リーフの頭を撫でてあげる。

 七歳でもまだまだ『親』に甘えたいのだろう。

 私が頭を撫でるのを、こそばゆそうに受け入れ、笑ってくれる。


 かわいいなぁ。

 目に入れても痛くないとはこの年頃の子に言っていいのだっけ。

 いや、いい。

 なんだったらもう私たちは親子なのだ。

 溺愛して育てるぐらいでちょうどいいはずだ。


 少し休憩を挟みつつ、一階の食堂がいつまで開いているかわからないので早めに下りる。

 幸い、閉まるまでまだ時間があったので、私たちはゆっくりと食事ができた。

 リーフと話しつつ、近くのテーブルの会話にも耳を傾ける。

 何かフィン様に関する噂とか、或いは私への追手とかの情報はないかしら、と。


 けれど流石に三ヶ月も前のことだからか、フィン様が魔獣を倒した話なんて聞こえてこない。

 私の捜索についても聞こえてこなかったのでよしとするか。


 その夜は、互いの身体の浄化魔法をかけるだけにして泥のように眠った。

 丸一日かけて慣れない移動をしたので、二人とも疲れていたのだ。

 これは、長旅は難しいなぁ。できればこの街で暮らせるようになりたい。


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