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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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33/35

33.改めて礼を


「リリス、すまない。遅くなった」

低い女の声がして、リリスのアトリエ部屋に入ってきたのはガーベラだった。


臙脂色の普段用ドレスに身を包み、見事な黒髪はサイドだけアップにしている。化粧は最低限のようだが藍色の大きな瞳は長いまつ毛に縁取られ、薄い唇は薔薇のように紅く、匂い立つ美人である。

背丈はリリスより少し高いくらいで小柄な部類だが、華やかで力強い雰囲気のせいか小さくは感じない。


ガーベラとはぼぼ初対面なのだが、緊張はない。散々聞こえていたガー様の声だからだろう。

リリスは顔を輝かせてガーベラを迎え入れた。


「ガー様! いえ、少しお久しぶりですね、大公夫人」

ついつい人形の時の呼び方をしてしまい、身を正して言い直す。

きりりとガーベラの眉が上がった。


「リリス、お前はわたくしのことは“ガー”のままでよい。調子が狂うからな」

「えっ、でも」

大公夫人を愛称で呼ぶのは畏れ多い。しかも“ガー”だ。鳥とか巨大な魚を連想すると思う。


「構わぬ。さ、呼んでみよ」

相変わらずの押しの強さのガーベラ。


「では、ガー様」

「うむ、よいな。やはりこうでなくては」

ガーベラはご満悦の様子だ。リリスとしてもしっくり馴染む。


「さてリリス。改めて礼を。お前には本当に世話になった。わたくしが強くあれたのはリリスが寄り添い、力になろうとしてくれたからだ。お前のその、全く悲愴感がなく前向きなところは特に救いであった。お陰でわたくしも悩まなかった。ありがとう」

ガーベラはそう告げると、見事なカーテシーをして頭を下げた。


それは、元王女で現大公夫人の最大限の謝意だった。リリスの目に涙が溢れる。


「ううっ、ガー様。こちらこそガー様がいたから頑張れたんですよ。お礼を言うのは私です。ぐすっ」

「なんだ、泣いているのか? 涙もろいな」

ガーベラはリリスの涙声に気付くと顔を上げた。


「今のは泣きますよ」

「そうか?」

「見事なカーテシーでした」

「当たり前だ、一国の王女であったのだぞ」

「ずびっ、体は平気なんですか? 四年も石化してたんですよね」

「大事ない。戻った当初は感覚が掴みにくかったが、一晩寝たら治った。その後はあの男に捕まっていたのだ」

むすっとするガーベラ。ほのかに頰が赤い。


その事情は察している。

これは深追いしてはいけないと思い、リリスはにこにこして「そうでしたか」と無難に相槌を打った。


それからガーベラは「少し付き合え」と侍女に紅茶を淹れさせて、リリスをアトリエの隅の応接セットでお茶に誘う。お洒落な茶菓子も運ばれてきた。

せっかくなので、リリスはドレス作成を中断して紅茶をいただくことにする。


「美味しい、さすが大公家」

ガーベラの用意した紅茶は仄かに花の香りがして甘い。リリスはほうっと息を吐いた。


「わたくしの気に入りの茶葉だ。祖国から取り寄せているのだぞ。そういえば、祖国にもわたくしが健在だと連絡せねばな」

「あー、城には今日、連絡するんでしたっけ?」

今朝、リリスは執事よりガーベラが生きていたことを報告するから騒がしくなるかもと言われている。


「今頃、あの男が皇太后と王太子に伝えているはずだな」

「びっくりするでしょうね」

「そうであろうな。しかも四年も人形の身であったなど……おそらく公式な発表ではそこは伏せられるだろう。あまりに荒唐無稽であるからな」

「そうですね。ちょっと信じられないですもんね」

「ああ、声もリリスにしか聞こえていなかったしな。こうして思い出すと、大変であった」

しみじみするガーベラ。

リリスもガー様人形との日々を思い出す。


「大変でしたねえ、楽しかったですけど」

「わたくしもだ。けっこう楽しかった。移動も抱えられてだから楽だったしな」

「ガー様を抱えてたなんて、変な感じですねー」

ふふふとリリスは笑い、そこからガーベラと二人で人形の時の話を一通りした。


リリスが呪いの人形だと疑ったことや、春の舞踏会で怪しい令嬢として見られた初期のことは特に懐かしかった。


紅茶のお代わりをいただき、茶菓子もあらかたなくなった頃、ガーベラは思い出したようにこう切り出した。


「今度、シオン・ラズロを茶に招待するつもりなのだがリリスも同席するか?」

「っ……」

それは先ほどリリスが一人で思い上がり、そわそわして針で指を突く原因となった人の名前である。

紅茶を吹き出しそうになるリリス。


「ぐっ、ごほっ、ごほん。シオン様をですか?」

「あやつにも世話になったから、きちんと礼をせねばと思ってな。どうした、嫌なのか? リリスともけっこう仲が良かったと記憶しているのだが」

「嫌だなんて思ってないですよ!」

嫌なわけがない。

生真面目で硬いシオンだが、その分信頼できると感じているし、けっこう優しいことも知っている。

嫌なんて思う訳がない。

むしろーー


「顔が赤いぞ、大丈夫か?」

「へっ、あかっ、えっ、何で?」

慌てて自分の頬をおさえるリリス。


「わたくしが聞いているのだが」

「ですよね! とにかく嫌じゃないです。シオン様には私もお礼は言い足りてないですし、もちろん同席します!」

リリスはとにかくシオンとの同席を了承した。




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