27.パトロンが付いたようです
真夜中の大公家の庭。
今夜の月は満月に近く明るく輝き、空に雲はない。不思議に明るい夜だ。
そんな中を土を掘る音が響く。
ガー様を抱えたリリスの前で、大公夫人の墓が掘り起こされているのだ。
リリスが墓を暴くことを提案すると、ランスロットはしばし葛藤した後で同意してくれた。
そうしてランスロットとサイラスが作業するのをリリスは見守っている。
熱が上がってきているようで体の節々が痛いし、とても怠いのだが、期待と緊張が大きいせいか辛くはない。リリスはじっと大きな穴の縁に立っていた。
「ふーっ」
ガキンと硬いものに当たった音がしたところでサイラスが額を拭ってひと息ついた。
シャベルの下には土をかぶった棺の蓋がのぞいている。
「サイラス、手を止めるな」
ランスロットが自身は掘る手を止めずに告げる。
そこから二人は棺の周りをさらに掘り、やがて木箱の全体が現れた。
土人形のガー様が納められた棺だ。
リリスの心臓の鼓動が早くなり、ガー様を抱きしめる。
ガー様からは未だに反応はない。もしかしたら何も見えないような暗闇とかにいるのかもしれない。でもリリスの魔力が吸われているようなので、ここにいることは確かだ。
ランスロットとサイラスが棺の蓋の釘を外す。
全ての釘が外されると、ランスロットは蓋を軽く持ち上げて、開くことを確認した。
「…………」
一旦蓋を戻して長く息を吐くランスロット。
目を瞑り、天を仰ぐ。
それから、姿勢を戻してそっと蓋を開けた。
リリスは上半身を乗り出して棺の中を覗き込んだ。
月明かりの下、そこには美しい黒い髪の乙女が眠っていた。
腰までの艶やかな黒い髪、白い陶器のような肌、瞳は閉じられているが、きりりと上がった眉は意思が強そうだ。薄い唇は薔薇のように紅く、全く色褪せていない。
「…………お嬢」
サイラスが声を漏らす。
ランスロットは無言で佇んだ後、蓋を立てかけるとゆっくりと棺の横に膝をつき、ガーベラの土人形を抱き起こした。
「ガーベラ」
呼んだ声は掠れて震えていた。ランスロットの頬を涙が伝う。
月の光の音が聞こえそうなくらい静かな夜、ランスロットは無言で泣いて土人形を抱きしめた。
やがて、ランスロットは土人形を横抱きにして立ち上がった。
「グレイシー嬢」
リリスを見上げて、丁寧にその名を呼ぶ。
「昼間は失礼をした。あなたの話を聞かせてほしい」
穏やかな声。慈しむような目がガー様に向けられていた。
鮮やかな手のひら返しである。
「っ!」
リリスはこれまで、恋愛小説でのヒーローの手のひら返しとそれを受け入れるヒロインにはもやもやしてきたのだが、当事者になってみるとこんなに嬉しいことはない。
ランスロットにもらい泣きしていたリリスは何度も「はい……はい! 喜んで」と頷いた。
場所を屋敷の客間に移して、リリスはランスロットとサイラスにガー様と出会ってからのことを話した。
「グレイシー嬢には感謝しかない。その、ガーベラは何か言っているか?」
話し終わるとランスロットが気まずそうにガー様を見てくる。
「それが……一時的に私の体に移ったことで魔力をかなり消費したみたいで応答がないんです」
言いながらリリスは体の芯が震えてくるのを感じた。
頭ががんがんしてもくる。
ガー様のことを信じてもらえて、全て説明できたことで気が緩み、熱が一気に上がってきたようだ。
「グレイシー嬢?」
リリスの様子にランスロットが慌てる。サイラスがさっとやって来てリリスの額に手をあてた。
「子猫ちゃん、すごい熱だよ」
そう言ったサイラスの目におどけた様子はなく、本気で心配している目だった。
「魔力の枯渇です。ガー様が吸い取ってるんだと思います。このまま二三日寝込みますけど心配しないで……ガー様は遠ざけないでください。ある程度近くないともらえないって言ってた」
「うんうん、分かった。もう喋らなくていいよ」
朦朧としながらサイラスに告げると優しく頭を撫でられた。
この男のリリスへの態度も180°変わっている。客間にくるまでは何度も「ごめんね、ごめんね」と謝られた。リリスとしては怖さが薄くなったのはとてもありがたいので、あっさり許してあげた。
サイラスはそのままリリスを抱き上げる。
人生初のお姫様抱っこであるが、しんどくてドキドキしている余裕はない。リリスはぐったりとサイラスに身を預けた。
ランスロットも側に来てリリスの様子を確認する。
「彼女の言う通りだろう。魔力の枯渇はしっかり休むしかない。サイラス、グレイシー嬢を寝室へ」
「はーい……ねえ、閣下、この子の世話は俺がしていい?」
「ダメだ。寝室に運んだ後は侍女に任せろ」
「えー、お願い。手は出さないよ。誠心誠意尽くすから」
「サイラス、ダメだ」
サイラスのおねだりをランスロットがしっかり拒絶してくれるのにほっとしながらリリスは目を閉じた。
❋❋❋
「熱が高く意識もない、とはどういうことですか?」
硬い声が響く。
(シオン様だ……)
そう思って、リリスは意識をゆっくりと浮上させた。
体中が痛くて、目が開かない。まぶた越しに感じる光は明るくて日中だということが判る。
これはいつぞやも体験したことだ。ガー様と出会ってすぐの熱を出した時と全く同じである。
「彼女を傷つけない約束だったじゃないですか」
「傷は付けてないよ。熱を出したのもお嬢の人形が魔力を取って、魔力が枯渇してるかららしいよ」
シオンに答えているのはサイラスだ。
「は? でしたら原因からは遠ざけるべきでしょう。なぜ枕元に置いてるんですか」
すたすたとシオンが近寄ってくる音がする。
「ちょっと、お嬢には触れないでくれるかな? 俺ですら触るなって閣下に言われてるんだよ。大体、近くに置いてと願ったのは子猫ちゃん自身だ。その願いを無下にするのかな?」
シオンが立ち止まる気配。
やがて、リリスの額をひやりとした感触が覆った。
触られてはいない。冷気のようなものがあてられているだけだ。もしかしたらシオンの水魔法だろうか。
(気持ちいい)
リリスの口角が上がる。
「ねえ、寝ている子猫ちゃんに勝手に触るのはどうかと思うな」
「触ってません。水蒸気を冷たくしてあててるだけです」
「へえ、便利だね。それにしても、こんなところに来てていいの? 明日は王太子の成人の儀式だろ? 魔法塔総出で結界張るんじゃないの? 閣下も終わるまでは帰れないって言ってたよ」
「休憩時間中なんです」
「それでローブ姿なんだねー。君、休憩はちゃんと取らないとダメだよ。明日は儀式だし徹夜だろ?」
「余計なお世話です」
「子猫ちゃんのことなら心配しなくていいよ。俺がずっと張り付いてるから」
「余計に心配です」
「あはっ、大丈夫。俺、椅子で仮眠とかでも一週間くらいならパフォーマンスは落ちないから」
「そういう心配ではないです。くそっ、そろそろ帰らないと」
額から気持ちいいひんやりが引いていく。
名残惜しくてリリスの眉がちょっと下がった。
「子猫ちゃんが残念そうにしてる。可愛いよねー」
「彼女を観察しないでください」
「文句が多いなあ。大丈夫だよ。ほら、侍女もいるしね」
それを聞いてリリスはものすごくほっとする。もしかしたらシオンが来るまでに部屋にサイラスと二人きりだったのでは、と不安だったのだ。
部屋の中では紹介された侍女がシオンに礼をした気配がした。
「ね、安心でしょ」
「あまり安心はできません。大体、どうしてリリス嬢をグレイシー家に帰していないのですか? 彼女の言うことを信じることにしたんですよね?」
「んー、こんな熱なのに動かすのは危ないでしょ。それにお嬢と喋れるのは子猫ちゃんだけらしいし、熱が下がってもしばらくは帰さないよね。対策もしたし」
「対策?」
「あれ? 知らない? 閣下は正式に子猫ちゃんのパトロンになったよ。今朝グレイシー子爵家に通知して公式発表もしてる。人形ドレスデザイナーなんだってね。可愛いのに多才だよねー」
「ええっ!?」
(ええっ!?)
シオンの声とリリスの心の声が重なる。
(なにそれ、知らない)
何も聞いていない。寝込んでいたので聞けるわけもないのだが、いきなりパトロンとはどういうことだろう。そもそもなぜランスロットがリリスの趣味を知っているのか。昨晩のリリスは自分についてはほとんど話していないのだ。
「何ですか、それ!? だってここに来たの昨日ですよね!?」
シオンの驚愕にリリスも激しく同意である。
「大公家の執事舐めちゃダメだよ。仕事が早いんだよ。昨日君が帰る頃にはもう、子猫ちゃんの素性と経歴調べてたからね。何が起こってもいいように。それで閣下が帰さないって決めたからパトロンになってる」
「聞いてません」
「君に言う義理ないしね」
「閣下がリリス嬢のパトロン……いや、でも屋敷に囲ってるなんて、変な噂になるじゃないですか」
「なるだろうね。閣下には全く女の気配なかったし、きっと後妻とか愛人とか言われるよねー」
(えっ、ご、後妻? 愛人?)
びっくりするリリス。
びっくりした後、枕元にいるはずのガー様が気になる。
もしかして聞いてたりするんだろうか。
ガー様はこれでけっこう一途な乙女なのだ。きっと噂とかをこっそり気にするタイプだ。
(ガー様、違いますよ! 後妻も愛人も狙ってませんよ!)
必死に念を送ってみるが、送れたかは甚だ疑問だ。
「愛人!? そんな噂が広まったらリリス嬢の将来に関わります。どうするんですか」
「閣下はお嬢のこととなると、なりふり構わないからね。大丈夫、噂になっても子猫ちゃんは俺が責任を持って処理するから」
(処理ってなに!?)
「処理ってなんですか!?」
「一生養う的な?」
(えええええっ!?)
「はあああああ!?」
シオンとリリスの叫びが重なる。サイラスに養われるのは嫌だ。いちいち怖そうだ。
さっきから感情の起伏が激しくて、寝ているのに頭が痛くなってきた。ぐぐっとリリスの眉間に皺が寄る。
「大声はやめてくれない? ほら、子猫ちゃんもうなされてるよ」
サイラスが大袈裟にため息を吐く。リリスの頭痛が増したのはどちらかというとサイラスのせいなのだが、シオンがはっとしたのが分かった。
「…………とりあえず、今日はこれで失礼します。また来ます。あの、絶対に二人きりにしないで下さいね」
部屋を辞するシオンは控えているらしい侍女にも声をかけた。
「もう来なくてもいいよー」
そんなシオンををサイラスが軽やかに見送った。
そうして静かになった部屋。
パトロンに後妻に愛人に、一生養う発言、考えることは多いが考えても無駄な気がする。
何より今は体は怠く、頭が痛い。
そして現状を受け入れて流されるのはリリスの得意とするところである。
(…………うん、寝よ)
リリスはとりあえずまた寝た。
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25話、26話と作者的にはクライマックスでして、息を詰めながら書きました。いいね、をたくさん付けていただき、盛り上がりが伝わったようでひと安心してます。
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