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私が購入したのは大公夫人のようです  作者: ユタニ


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24.何でもとは具体的にどういうことでしょうか


夜会の音楽がうっすらと聞こえる会場横のクロークルーム。

リリスはシオンと共にそこにやって来ていた。

担当の係に預けたものを確認したいと言って、入れてもらったのだ。灯りも付けてもらっている。


「ガー様、ちょっとシオン様に預けますね」

リリスは隅のガー様を見つけると、そう声をかけてからシオンへと手渡す。


『む?』

いきなり他人に預けられそうになったガー様が怪訝な声をあげたので「大丈夫ですよ」と付け足した。


シオンはガー様を受け取り、調べようとして、だがその手を止めた。

「どうしました? 一度確かめたいと言われましたよね」

リリスは手を止めたシオンを窺う。


リリスの話を聞いたシオンが、ガー様を直に調べたいと言い出して、一緒にこちらまで来ているのだ。


「そうなんですが……大公夫人かもしれないと聞いてしまうと触りにくいといいますか、いえ、まだ信じたわけではないんですけどね」

そう言うシオンの顔は赤い気もする。


『リリスよ、こやつも変態か? この変態にわたくしのことを話したのか?』

「ガー様、変態じゃないですよ。シオン様です。成り行きでガー様のことを話していますが、まだ信じていただいたわけではありません」

ガー様とリリスのやり取りにシオンが眉を寄せた。シオンからすればリリスが一人で喋っているだけなのだ。変な光景だろう。


「リリス嬢、本当に呪われてはいないんですよね?」

「違います。ガー様としゃべっているんです」

「私には何も聞こえませんが……確かに魔力は感じますね。体に魔石は…………」

シオンはそこでガー様のドレスをまくろうとして、はっとして止めた。


「こほん、魔石は組み込まれていないんですよね?」

『リリス! やはり変態ではないか!』

「組み込まれていません。以前に父と義兄が確認済みです。ガー様、変態扱いは止めましょう」


「先ほどから聞こえる“変態”とは?」

シオンが不安そうに聞いてくる。

「あー、ガー様がそんなことを言ってます。えっと、今もお尻に手があたってるんじゃないか、と」

隠しても仕方ないので控えめに教えてあげた。

シオンはびくりとなると、ガー様をさっと棚へと戻す。


「リリス嬢、あの、今のはわざとではなく、人形を持つと必然的ですね」

「分かってます。シオン様を変態なんて思ってません。安心してください。そんなことより、どうですか? 私の話、信じられませんか?」

リリスがシオンににじり寄ると、シオンはガー様に視線を戻した。


「まだ何とも言えません。人形から嫌な気配はしないので、呪いの人形ではないように思います。それにしては魔力の量が多い。何かあるのでしょうが、だからと言って大公夫人だとは……。確認するには、大公夫人しか知り得ないようなことを聞いて、答えてもらうとかになりますね。ただ、そうなると、夫人しか知らないような事実を私は知りませんので、確認のしようがありません」

「あのっ、でしたらやっぱり、大公閣下に会わせてもらえませんか? 閣下ならそういう質問もできますよね?」

リリスはさらにシオンに詰め寄る。

遠慮している場合ではない、シオンが今のところ最後で最大の希望だ。


「そうですね。しかし」

「お願いです。シオン様しか頼れる方がいないんです。私に出来ることなら何でもします! どうしても会わせてあげたいんです」

リリスは近距離でシオンを見上げて、力いっぱい懇願した。


リリスの眉は盛大に下がり、夜風にあたっていた頬は室内に戻ったことでほんのり上気している。瞳は先ほど泣いていたせいで色っぽく潤んだままだ。

シオンは、ごくりと唾を呑み込んで目を逸らした。


「シオン様!」

「リリス嬢、一旦、離れましょう」

目を逸らしたまま言われて、リリスはすごすごと一歩下がる。

これは断られるのだろうか、としゅんとしているとシオンはぎこちなく言った。


「あと、何でもとは……………………いえ、何でも、は止めましょう」

「え?」

「気にしないでください。あなたがこの人形に尋常ではなく入れ込んでいるのは分かりました。それにここまで閣下に拘るということは、大公夫人の魂云々はともかく、この人形は閣下に縁があるのだとは思います」

「じゃあ」

期待に胸が膨らむリリス。


「そうですね……約束は私でして、不意打ちでなら会えるかな、後から怖いけど。まあ、会えはする、かなあ」

リリスの顔が輝く。


「会わせてもらえるんですか?」

「仕事の相談には応じてくれる方なので、その名目で約束すれば何とか……怒られると思いますけど」

「怒られても、怒鳴られても大丈夫です! 何としても説明して、納得してもらいます」

再び詰め寄るリリス。シオンは一歩身を引いた。


「すみません」

「いえ、こちらの都合ですので。会う時期ですが、来週の王太子殿下の成人の儀式まではバタバタしてますし、閣下もそれに向けてかなりピリピリしてますのでそれ以降になりますが、いいですか?」

「はい! 構いま」

『ダメだ』

二つ返事で快諾しようとしたリリスを遮ったのはガー様だった。その声はいつもより低い。


『成人の儀式の後では遅い。それまでにしてくれ』

「遅い? あの、シオン様、儀式より前にはできませんか?」

「無理にねじ込めないこともないでしょうが、お勧めはしませんね。閣下は長年後見してきた殿下が成人の儀式を迎えられる、ということで並々ならぬ思いがあるようです。準備の様子は鬼気迫るというか、切羽詰まっていて神々しささえ感じるほどですので、終わってからの方が話を聞いてもらえると思いますよ」


『あの男はその儀式の夜に死ぬつもりだ』

「…………死?」

ガー様の言葉にリリスの血の気が引く。


『サイラスが言っていた。だから儀式の後では手遅れだ』

「そんな…………シオン様、何が何でも成人の儀式の前に会わせてください」

「ですが……」

「お願いします。閣下はもしかしたら儀式の夜に死んじゃうかもって」

「どういうことですか?」

リリスはガー様からクロークルームでのサイラスの囁きのことを聞き取り、シオンに話した。


シオンの顔は、ランスロットが自死するという所で盛大に曇り、サイラスの名前が出てきた時には明らかに驚きの表情になる。


リリスの話が終わると、シオンは先ほどまでとは違った目でガー様を見た。

「サイラス、とは閣下子飼いの側付きの方ですね。普段は表に出てくることはなく、極秘の任務をこなしたりもするので、その名前や存在を知っているのは魔法塔のごく一部の人間だけです。それを知ってるなんて」


「もしかして、信じてもらえました?」

「そこまではまだ……でもここ最近の閣下の様子が尋常ではないのも確かです。いや、でも自死されるとは……しかし聞いた以上は儀式前にした方がいいですね」

シオンはしばらく考え込んだ後、何とかして成人の儀式までにランスロットに会う手筈を整えると約束してくれた。




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― 新着の感想 ―
シリアスな話なのに、シオンくん頑張れ!って気持ちになってしまう! 毎日楽しく読ませてもらってます! 楽しいお話をありがとうございます!
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