13.幕間 ある男の幸運
第三者視点です。
本日は夕方にもう一話更新予定です。
ぎいぃ、と耳障りな音をたてて塔の扉が開く。
魔法使いのフードを深く被った男は埃っぽいその中に足を踏み入れて、深く息を吸った。
あの人が最期に吸ったであろう空気。それを共有出来ただけで頭が溶けそうだ。
辺境の砦の塔の点検任務が魔法塔にきた時、男はすぐに立候補した。
男にとっては待ちに待った任務だったのだ。堅牢な砦は普段は堅く閉ざされ、中に入ることすらできない。
ここは近くに新しい国防の拠点が出来たことで、砦としての役目を終えた。だが、国境の結界魔法の拠点としての役目だけは残され、数年に一度程度は城の魔法使いが直接点検することとなった。
結界魔法の拠点は各地にあり、こういった任務は時々ある。
人気の観光地ならまだしも、ただの遠方は皆嫌がる。ましてや今回は、四年前にそこで大公夫人が非業の死を遂げた因縁付きの塔である。進んで行きたい所ではなく、もちろん不人気だった。
なので男はあっさり任務を勝ち取ることが出来たのだ。
ペアとなった同僚はオカルトに弱い奴で、大公夫人の怨念がこもった建物には入りたくないと言い、最寄りの町の宿に置いてきている。
あの人との時間を誰にも邪魔されずに一人で過ごせるのは喜ばしいことなので、男としては大歓迎だった。
男は砦の魔法の点検はさっさと終えて、これから愛しいあの人がその最期を過ごした場所で、あの人を堪能するつもりだった。
ある美しい夜に、幻想的に飾られた人工の池のほとりで、男はこの世のものではないと思うほどに妖しく美しいあの人に出逢った。
ひと目で恋に落ちた。
熱心に見つめていると彼女も視線を返してくれた。
その時の喜びは今でも男の全身を痺れさせる。
そんな彼女を永遠に喪った時はどれほど辛かったか。
意に沿わぬ結婚を強いられていたあの人を救おうと男がしたことは、回りまわってあの人の不幸へと繋がってしまったのだ。
思い出す度にこの身が引き裂かれそうだ。
「あぁ……」
男はうめき声をあげて、ぐっと両腕で自身を抱いた。
男がいつもする悲劇のシーンである。
そしてここからうっとりと自己犠牲に酔う、いい所でもある。
(……いや、これとて、神が与えた試練なのだ)
男はいつも通り、自分に言い聞かせた。
(彼女は望まぬ結婚という名の地獄に居たのだ。愛し合う俺と共に過ごせず、毎日苦しかったに違いない。だから、死はむしろ彼女を救ったんだ。俺の孤独と引き換えに彼女は解放されたんだ)
男の目がうっとりと虚空を見つめる。
男は焦がれるあの人との双方向の愛を疑っていなかった。
それは当然の事だった。
だって何度となく、男とあの人は目が合っていたのだから。いじらしいあの人は男が熱心に見つめないと中々こちらを見てはくれなかったが、そういう所も愛おしかったのだ。
男は自分の悲劇に酔いしれながら塔の中を物色した。
あの人が最期を過ごした部屋、あの人が横たわっていた寝具、あの人が寄りかかったであろう窓。
熱心に辿りながら、男は自分もここで暮らしていたような錯覚に陥る。
見つめ合うだけしか出来なかった彼女と、言葉を交わし手を握り、そして、最期を看取った。
自分の妄想に酔いしれて男は静かに涙を流し、勝手に作り出した美しくも哀しい思い出に浸った。
「…………?」
涙を流した後、男は僅かだが不自然な空気の流れに気付いた。
男は風魔法の優れた使い手で、空気の動きには敏感なのだ。
「何か……ある」
風を読み、部屋を探ってみると、部屋の作り付けの棚に不自然な空気の溜まりを見つけた。男はそこに簡単な細工も見つける。棚の一部が上下に動くようになっていた。
男が細工を上へと押しやると、空気の流れが早くなる。
壁に作り付けられているはずの棚は力を入れて引くと前へ動いた。
その後ろには黒い空間が口を開けていて、どうやら下に続く階段がある。
自分の悲劇に酔っていた男はふらふらとそこを降りた。
そして見つけたのだ。
彼の愛しい人を。
これは彼女を救い、一人で孤独な世界を耐えて生きる自分へ神が与えた慈悲なのだ。
男はそう信じて疑わなかった。




