高嶺の花 3
レリィスア視点。
「大丈夫?」
レリィスアが恐る恐る声を掛けると、食事を終えてテーブルに突っ伏したままだったタイトがむくりと起き上がった。その頬にはテーブルにびったりついていた跡が。
「……何でいる」
タイトの疲れきった姿を初めて見たレリィスアは動揺した。
「あ、き、今日は勉強の日だから、お邪魔してます」
噛んだうえに丁寧語になってしまった。
「あー……そっか、勉強の日か」
が、タイトは気づかなかった様だ。少しぼんやりしている。
「騎士団の練習にも来られないくらいに忙しいって聞いたよ。体は大丈夫?」
普通ならレリィスアの失敗には容赦なくつっこんで来るのに、それが無い。騎士団の方はコムジが中心になって訓練をしている。二週に一度の訓練なので、まだ一度の欠勤ではあるが。
いつも顔を合わせれば憎まれ口をたたくのに、こんなに大人しいタイトを初めて見たレリィスアは心配しかできなかった。
「回復、出来れば良かったのに……」
レリィスアの魔法は弱い。回復は極弱く、光魔法が得意ではあるが明かりとしてのものしかできない程度だ。タイトを回復させる手段がレリィスア自身には無かった。思わず自分の指先を弄る。
「気にすんな」
目線をタイトに上げると、気だるげに片手で頬杖をついてレリィスアを見ていた。そんなこんな風に見られた事がなかったので、少しだけドキリとする。
「俺が好きで疲れてんだ。どうにも駄目ならベッドで寝てる」
それはそうだろうけどと反論しようとする前にタイトはよっこらせと立ち上がった。
どうにも駄目そうだから心配しているのだとレリィスアは言えなかった。
「しっかりやれよー」
「タ、タイトこそ……」
後ろ姿で手を振るタイトに、無理をしないでとも言えなかった。
「え?タイトが武闘会に出るの?」
「そーだよー、なんかねー欲しいものがあるんだってー」
レリィスアが教鞭を取る勉強時間の後は子供たちと少しだけ過ごす。お茶をしたり、ただ会話を楽しむだけの時間。レリィスアが週に一度しか来られないので、子供たちが「もっと!」と騒いだ結果、設けられた。二十分程度だが子供たちは満足している。
この時にタイトに会えるかというとそんな事もないのだが、慕ってくれる子供たちが可愛くて仕方がない。将来は子供たちに関わる仕事を多く出来ればとの思いもあってレリィスアは修道院に行く事にはあまり抵抗がなかった。
しかし、タイトの欲しいものが気になる。
農業一筋の男が武闘会に出てまで欲しいもの。
マークはかつて武闘会で『騎士』を手に入れたが、それ以来ドロードラング住民は不参加である。
「タイトも騎士になりたくなったのかしら……?」
マーク、コムジとはつい嫉妬してしまう程に仲が良いが、コムジは騎士ではないし、第一に今更だ。本人からも、誰かからタイトが騎士になりたいと言っていたと聞いた事もない。
子供たちは知っているかも?と何を欲しがってるのと探りを入れれば、誰も「知らなーい」と言う。
農業従事者らしく新しい農機具を望むならばドロードラング領が最先端であるし、その試用に関わらない訳がない。食べ物もまずはドロードラングだ。武器もドロードラングで造れる。
まさかの勉強かとも思ったが、それでも普通に手続き出来るだろう。
王都に戻る時には執務室に挨拶に行く。その時現ドロードラング領当主のサリオンに会ったが「応援してあげてね」と言われただけだった。
「出場するなら応援はするけど……」
タイトの欲しいものが気になるレリィスアは、その時に執務室にいた全員が生温い目で自分を見ていた事に気付かなかった。
秋晴れの王都で武闘会開会の宣言がされた。
正装したレリィスアは国王や王妃たちと共に貴賓席についていた。開会式は出場者が全員闘技場に入る。迷う事なくタイトを発見したが、その瞬間から心臓がドクドクと鳴った。
騎士団でもドロードラングでもタイトが訓練しているところを見た事はある。タイトがより大柄な相手と対戦していたところも見た事がある。
「負けても平気な練習」は何度も見たが、「負けたら終わりの試合」の応援はこんなに緊張するのかと、レリィスアは手先が冷たくなったのを感じた。マークの時も同じ席にいたが、のんびりと応援していたはずだ。
こうなってしまうと青く晴れ渡った空さえ憎らしい。
参加者は貴賓席を正面に並び、司会でもあり審判長でもあるハーメルス騎士団長の説明を静かに聞いている。
それだけでこんなに動悸がひどいなら試合はどうなるのかとレリィスアは目が回る思いだった。
ふと、タイトと目が合った。ドキリとまた違う音がした。
わざわざタイトが自分を見るなんてと内心喜んだりいやいやまさか気のせいよと焦っていると、べ、と一瞬だけ舌を出された。
タイトがレリィスアをからかう時に一番多い仕草。
…………私の隣、国王なのだけど……
一瞬だけとはいえ、この場でそれをするなんて不敬って怒られるよと呆れた。見つかったら不敬どころではないのだが。
だが、レリィスアの動悸は治まった。
「あやつ、相変わらずだな」
国王が小声で呆れた。内心ギクリとしたレリィスアだったが、非難の声色ではなかったのでホッとする。
「随分と引き締まったようだ」
息抜きと称してドロードラング領に遊びに行く国王を相手にするのはタイトであることが多い。その時に手が空いている者が国王に付くのが基本だが、タイトを筆頭にドロードラング領民は国王への態度が雑だ。もちろん、他の貴族がいるならば国王へは畏まった態度にはなる。
なので、それが楽しい国王は他の貴族には見つからないように過ごしているらしい。
父がそんな事をしてると知った時はやはり呆れ、タイトたちにお手数おかけしますと言った事がある。
皆が大した事ではないと言ってくれた。タイトも「迷惑だったら直ぐに送り返してる」と父本人の前で言った。
それに舌打ちする父。
そんな父に舌を出すタイト。
……仲は悪くないって皆が言うけど、本当かしら……
レリィスアにはやつれて見えるタイトが、父には引き締まって見えるらしい。
そう言われるとまた少しだけ落ち着いた。




