狩り
メイン:ヤン(一応)
お嬢が卒業した後の、いつか(笑)
鬱蒼と葉が生い茂る森を駆け抜ける影。
その影を追って魔物が続く。犬に似たものが三匹、鳥に似たもの三羽、猿に似たもの三匹。
「あっ」
身につけていたマントの裾が枝に大きく引っ掛かって影の速度が落ちた。
その一瞬の隙に魔物たちが距離を詰め、マントを離し体勢を整えようとしたダジルイに飛び掛かった。
ギャアア!ギャウン!ガアッ!
ダジルイが振り向きざまに投げた三本のナイフは、地を這うように追いかけてきていた犬たちに刺さり、その勢いを殺す。木を伝っていた猿には短剣を横薙ぎにし、その腹を裂いた。
鳥は回避の為か、木々の間を飛んでいる。
ダジルイはひとつ息を吐く。倒したのは猿一匹。失態だ。
残っている猿は木を跳び移りながらこちらの様子を見ている。鳥は枝に止まろうとはせずに大きく回り込もうとしている。犬は怒りを露にし、ナイフが刺さったまま一斉に飛び掛かって来た。
両手に短剣を構えタイミングを計る。
ダジルイの首を狙って来た犬を避け、さらに高く跳んで来ていた後ろの二匹の腹を下から裂き、最後の犬に集中しながらも他の魔物の位置をちらりと確認。
木から飛び降りて来た猿を転がって避けたものの、起き上がる前に犬にのし掛かられた。爪が肩に食い込む。
犬よりも牙が発達してるのがやはり魔物なのだなと一瞬思うと、
「そいつに乗るのは俺だけだ」
ギャウン!とダジルイに被さっていた影が消えた。だが鳥がこちらに向かって来たのを確認、即座に起き上がり膝をついたまま短剣を投げて命中させる。
他はと辺りを見回すと追いかけてきていた魔物は全て事切れていた。
その中にはヤンが立っていた。
「怪我は?」
こちらに来たヤンが手を差し出し、ダジルイを立たせた。
「ありません」
かすり傷はあるが報告するほどの怪我はない。ダジルイはヤンの顔を見てホッとしたが、少し落ち込んだ。
「すみません、予定の時間稼ぎに足りませんでしたね」
その様子にヤンが苦笑する。
「そうだな。だが慣れない森の中だし、よくやった方ではある。さすがだよ」
そう言いながらダジルイをそっと抱き寄せたヤンは彼女の耳に口づけた。こんな時間が取れたからなと囁いて。
「……採点が甘くないですか?」
真っ赤な耳で顔を上げようとしないダジルイ。こっちもまだ慣れないのかとヤンはほくそ笑む。
「二人しかいないんだから相方の採点は絶対だろ?」
ふっと息を吐いて肩の力が抜けたダジルイを離す。辺りには二人の他に気配は無い。
「さて、ダジルイが囮になってくれたおかげで追っ手は全部片せた。もうすぐ森も抜けられる」
進行方向を見ながらヤンが目をすがめる。
「行きましょう」
ダジルイはヤンのその表情に、まだ楽観できる状況ではない事を知る。
「休んでてもいいぞ」
「あら、私を置いて行こうだなんて弱気ですね」
そう来るか、とヤンはにやりとした。
ダジルイは戦闘においてはヤンのその表情に全幅の信頼がある。
「じゃあ次は俺が囮だ。遅れるなよ」
「はい」
木の影に入りながら森の外を覗くと、草原に魔物の大群がいた。
その数に、よくまあここまで、とヤンは血が滾る。
暗殺者として群れに正面から突っ込むという経験は無い。それは暗殺の範疇ではない。
歳を取ったら臆病になると思っていたが。
隣の木陰に同じ様に潜むダジルイと目が合った。彼女は小さくも力強く頷く。
血が、さらに滾る。
飛び出した。
間合いの外を走るダジルイの足音を聞きながら、ヤンは両手に剣を持った。
足音に気づいた魔物がヤンを確認した瞬間、その胴体は上下に分かれた。続けざまに次の魔物の首が飛び、その次は袈裟斬り、首、上下、左右と斬られた魔物が次々と倒れていく。
密集していた魔物の一角が崩れる。
ヤンの後ろから飛び掛かろうとした肌が緑色の亜人はダジルイの投げたナイフが頭部に刺さった。その間もヤンは魔物を斬っていく。
三メートル程の一つ目巨人がゴツゴツした棍棒を振り回しながらヤンに近づく。その一つしかない目にダジルイのナイフが刺さる。しかしナイフ一本では倒れず、他の魔物も巻き込んで暴れだした。棍棒に吹っ飛ばされる魔物たちを尻目にヤンは別方向に動き、態勢の整わない魔物たちを斬り続けた。
剣から伝わる感触が、ヤンを高揚させる。
今まではこんな大振りで剣を振るう事はご法度だった。手負いの敵に止めを刺さずにそれすら武器にする事も無かった。
何より、自分の討ち損じた敵に止めを刺してくれる仲間などいなかった。
ドロードラング領に来てからは上司の号令の元での戦いはあったが、ヤンは誰かしらの護衛を任されていたので戦場に飛び込む事はなかった。そうして俯瞰して助言をする、という事が多かった。それが一番合っているとヤン自身も思っていた。
かすり傷を負う。剣で攻撃を止めて手が痺れる。耳元で風切り音がする。息が切れてきた。敵はまだ多い。ダジルイの気配は変わらずヤンの間合いのギリギリ外にある。
ヤンは笑った。
「毎度思うのよ……!うちの大人たちはさ!大人気ないよねっ!?」
「がっはっはっは!抜かされたー!」 「はっは!ヤンの奴まだまだやれるな」「かー!参った!」「ヤンさんはいつ衰えるんですかね……」「ないんじゃないのー?」「とんでもねぇ人ッスね……」
サレスティアの叫びは誰にも届かなかった。
ヤンとダジルイが出てきた森とは魔物の草原を挟んだ反対側の丘。そこにいる見物人たちがやんややんやと騒いでいる。そしてその一角であるサレスティアの近くには、若者たち二十人ほどがぐったりと草原に横たわっていた。
サレスティアとミシル、サリオンと三人がかりで体力回復魔法をかけ、ルルーたち侍女たちが魔力回復薬を配っている。
ちなみにこの魔力回復薬はドロードラング領薬草班の研究で、うまくはないが不味くもないものに改良された物である。
「いやあ、楽しかったわ~」
飄々とダジルイを伴ってこちらまでやって来たヤンはサレスティアを確認すると開口一番、そう言った。
「だから!そういう企画じゃないっつーのっ!?」
火を吐く勢いのサレスティア。ダジルイは苦笑し、やはり気にした様子のないヤンを見上げた。
「魔法科生徒の幻影訓練だって言ったでしょ! 幻を操作し持続させるのが目的! 最短で全滅させる企画じゃないってば! 見なさいよこの様を! 可哀想でしょうが!」
サレスティアが何とか上体を起こした若者たち、アーライル学園の現役魔法科生徒たちと卒業生を指す。
亀様から幻の実体化への補助はあったが、基本は本人たちの魔法だ。回復したはずなのに皆ぐったりとしている。ドロードラングはんぱねぇと呟きも聞こえた。
「時間は?」
しかしそれらを無視し、何食わぬ顔で見物人として騒いでいた親方たちにヤンは近づく。
「お前らが一番だ!」
無視されたサレスティアがさらに騒ごうとした所で、土木班長グラントリーがヤンの肩をバシン!と叩いた。いって!?とヤンは今日初めて呻く。
鍛冶班長キム、ニック、ラージス、ルイス、トエルとに囲まれた。
「んじゃ『王都二泊三日の旅・家族分』は俺らがもらいますね」
「がっはっは!持ってけ持ってけ!」
サレスティアは肩を落としてオヤジたちの様子を見ていた。
確かに魔法の訓練ではあったのだが、その精度を上げるために相手を探した。丁度時間が空いて暇そうにしていたので一緒に連れて来たのだが。
「魔法使い側への条件で『オッサンたちをやり込めたらドロードラングホテル一泊』だったのに、いつの間に『一番早く魔物を全滅させたら王都二泊三日の旅』になったのかしら……しかも家族分て……」
何だかんだ言いつつも賞品を用意しようとするサレスティアをミシルたちが慰める。しかし。
「あ、お嬢、俺の家族総勢14人なんで、よろしくー」
「一番勝たせたくなかったわーっ!!」
夫と上司の二人を交互に見ながら、嬉しいやら申し訳ないやら。
ダジルイは、お疲れさまでしたと傷を治してくれたミシルと笑ってしまった。
……こんなんですが、お読みいただきましてありがとうございました!




