書籍第5巻発売記念臨時SS! ③【相違】
メイン∶お嬢と元盗賊ジム
時系列∶……お嬢が卒業した……後……かな ←
「えーと、俺ら奴隷ですよね?」
「そうよ。おかげで心置きなくこき使えているわ」
「えー……と、そう、ですかね?」
「なによジム、不満があるなら言いなさいよ。改善できるかは相談だけど」
(奴隷の労働環境って改善されるものだったっけ?)
ドロードラング領奴隷兼自警団長のジムは、話すとやっぱり調子が狂うなぁと思いながら、ドロードラング領当主であるサレスティアと外を歩いていた。
「いや、不満というか、俺ら奴隷ですよね?」
「そうね。毎日領内をくまなく見回りさせ、さらに農作業を一日中やらせてるわね」
「えー、と、ゆうべの飯に酒が出ましたけど?」
「あ、美味しかった? カーディフ領の今年のワインだよ。試飲用ってもらったんだ。私は葡萄ジュースは好きだけどワインはよくわからないのよね」
「俺は十年以上置いた物が好みですけど、ゆうべのはまあ美味かったですよ」
「そっか一杯ずつじゃ足りなかったかぁ、ごめんね」
「いやだから、そうじゃなくてですね」
(さっぱり話しが進められねぇ……)
ジムは会話が苦手だ。
殴り合い、騙し合いで育ってきたからか、世間的にはいい大人をかなり通り過ぎた今でも会話が苦手だし、殺意と敵意と侮蔑以外の感情を向けられるのもまだ慣れない。
だから、殺意と敵意を向けずに誰かと接することにもいまだに慣れない。
『普通の日常』に、己の異質さが際立つ。
だが、サレスティアはいつの間にかジムのその異質さという壁を乗り越えてきた。
せめて、となんとかジムがその壁に取り付けたドアをノックすることもしない。
高く分厚いはずの壁を、壊しはしないが難なくひょっこりと越えてきて、そしてオロオロするジムをあっさりとその壁の向こうに引っ張りあげる。待ってくれと言う隙もない。
そうして解放されてヘトヘトで戻ってくると、今度は壁のドアを開けてその中に帰る自分が滑稽な気がしてくるのだ。自分が作った壁なのに。
「えーと、待遇が良すぎて奴隷という気がしないんですが」
「良すぎる!? ええっどこが!? 無給であんなにこき使ってるのに!?」
ジム始め、元盗賊の体力がついた。毎食腹八分目の量でもしっかりした飯。朝から日暮れまでの作業でぜい肉が締まり筋肉が付いた。確かに正規の農業班員よりは長い時間作業をするが、夜中まで続いたりはしない。
子供たちと遊ぶのも体力を使う。そして子供たちに教わりながら、絵本の読み聞かせで文字もかなり覚えた。
掃除は細工班長ネリアの監視、洗濯は洗濯班のケリーの大蜘蛛に見られながらの持ち回り。領屋敷に比べれば格段に質の劣る建物だが、住処は清潔に保たれている。
服も作業着だからと定期的に新しく支給され、冬には防寒着まである。風呂は毎日入り、希望を出せば娼館にも連れて行ってもらえる。
……『奴隷』……とは?
ある日ふと思ってしまった。
しかもジムだけではないのだ、普通の生活に戸惑い始めた元盗賊は。
今までは常に死と隣り合わせの生活だった。追われるか、裏切られるか。
朝日とともに目覚め、夜は眠るなんて、今までと正反対の生活である。
「いや、奴隷って、過酷過ぎる労働環境のはずなんですよ。使い捨てが当たり前なんですよ。飯なんか砂を食えって。そんで死んでも死体を埋めたりしない。その横を通って山を掘って岩を運ぶんですよ。それこそ寝る間もなく」
「うわ、聞くだけでしんどい」
わざわざのぞき込まなくても、サレスティアがうへぇとしてる顔を想像できる。ジムが普通だと思ってきた事を説明する度に何度もこの顔をされたから。そしてその度にサレスティアは言う。
「馬鹿馬鹿しい」
その目には何が見えるのか、前を真っ直ぐ見つめ吐き捨てるように。それから少し息を吐く。
「まあね、私がそう思ったところで、そういう歴史ある国の全てがおかしいとするのは極論だわ。それらを経て、そして得て、今があるのだから」
ジムは頷く。
「だいたいさ、どこの国でも第一次産業が社会の根幹なのよ。その労力を奴隷で賄っているのを認めない、てのが歪よね〜」
「う……ん、んんん?」
もう首を傾げてしまったジムにサレスティアは微笑む。
「これは私の持論だから世間的にはたぶん正しくはないけど、領主だから自領で押し通せているだけだよ」
そう前置きし、サレスティアは続けた。
「第一次産業って生活を支える仕事よ。これらがなくなったらその日に食べるまともな物がなくなるわ」
「うん、農業だろ」
「そう。他に畜産、林業、漁業、食と生活に関わるものね」
「そしてそれらを楽にするために鍛冶や馬車ができた」
「そう。社会ができて分業するようになって、楽な仕事と辛い仕事が明確になってきた。確かに第一次産業は毎日作物の様子を見なきゃならないし、天気に左右されてその年の出来高が不安定だし、なんなら危険も多い。だからこそ生産者の生活は保障されるべきなのよ。生活するのにお金は大事なものだけど、物の作り手がいなくなったら腹の足しにならない」
ドロードラング領の広い農地には毎日雑草取りに出る。それでも育ちがいまいちの枝ができる。狩猟班は獲物が大型の獣だし、魔物が出たら退治もするので常に危険だ。
かと言って掃除や洗濯や料理、細工作り、ホテルでの客の応対が特段に楽だとも思えないし、事務仕事や勉強についてはジムたちにはできる事がない。
「職業が違うなら給金に差が出るのは仕方ないとは思うよ。だって内容が違うんだもの。職人が、その仕事が好きでやりがいで続けることはできても、次の代に継いでいくことは難しくなる。子供だからって自分と同じ思いを持ってくれるかはわからないってね」
親の記憶がまったくないジムには大人というものは敵でしかなかった。有無を言わさずジムから全てを搾取していくものだったから。
しかし、今は。
絵本を読まれるのをジムの膝の上で待つ子供たちに、作業中に屈託なくじゃれ付いてくる子供たちに対して、むず痒い思いを持っている。
この子たちが、己のようなひもじい思いをしないように。
「その作業のしんどいところをジムたち無給の奴隷に割り当ててるけれど、本当はそこも含めて満足な賃金を出せるようにしなきゃならないのよ。それでこそ『真っ当な生活をおくれる社会』だわ。それがこんな難しいとは、参るわね〜」
サレスティアは頭をガシガシとかいた。
まったく令嬢らしからぬ領主である。
「いや、俺らについては充分過ぎますが」
「人をこき使うにも条件がある、って事を奴隷を扱う人は気づくべきよね」
もちろん最低限の衣食住を奴隷に与える人間はいる。だがそれにはもれなく暴力も付く。
「俺らのような生活をしてる奴隷はいませんよ」
「そういうのは国力が反映されるのよ」
「え?国……?」
「私はそう思ってる。アーライル国が平和で、今は国内を治める事を重視しているから、私はジムたちを好きにできてるの」
ジムはすぐに理解できないながらも聞いた。
「まあ、平和で豊かだからこそ奴隷を痛めつける歴史が多いんだけど、とりあえず私は、毎日の食事が事欠く状態で他人の面倒なんてみていられない」
なんとなく理解した。
ドロードラング領が生きるために自分たちは連れて来られて、そして毎日目まぐるしく生かされている。
生きようとしない土地は全てが死に向かう。
ジムが一つ所に落ち着かなかったのは、盗賊が隠れ住もうという土地はいつでもどこか退廃的だったから。生きるのに死が一番身近だったから、だからどこにも落ち着かなかった。
今ならそれがわかる。
「そらぁ……殺伐とするわなぁ……」
「ん?なんて?」
単調な日々など息が詰まるとずっと思っていた。
しかし、その単調な毎日にはその日だけの大小さまざまな何かがある。
犯罪奴隷という閉じられたはずの生活で、ジムの世界は広がってしまった。
ジムの頭上には青空がある。そのことすら、ドロードラングに来てもしばらくは実感できなかった。
「……ここの年寄りたちは『死ぬまでこき使われる気でいる』んですよね」
「あはは!そうよ〜。そのために健康でいてもらわなきゃならない事は領主が全部するの」
「全部……俺たちはその年寄りたちが死ぬまで元気に働くための人足ですよね?」
「人聞きの悪い。でもその通り!」
サレスティアは笑う。そして、話しを聞いてくれる。
「みんなに健康的に働いてもらうために、ジムたちにも健康でいてもらわなきゃいけないのよ。だから、しんどい時は教えてちょうだい。あんたたちもうちの第一次産業の担い手なんだからさ」
(……やっぱり話しが進まねぇ)
「だから、奴隷に言う言葉じゃねぇっすよ」
「だーかーら、無給でこき使えてるから奴隷でしょ」
またも同じところに戻ったやり取りに、ジムはとうとう笑ってしまった。
内容については賛否あるでしょうが、物語ということで(。-人-。)




