書籍第4巻発売記念臨時SS!②【あの時のドロードラング】
元盗賊、ジム目線。
(約3500字)
当主のキスシーンを突然見せられた。
それは目の前の出来事ではなく、どこかで起きた事を強制的に見せられたというのを理解はした。
当主から離れた、婚約者の黒髪王子ではない男は、実に腹立たしい顔をしていた。
『さあ、これで傷物になった。アーライル王家に嫁ぐには厳しいだろう? 俺の所にこ、』
婚約者の黒髪王子が男を殴り飛ばす。
おめえ遅せえよ!!
ジムは、黒髪王子に対して自分がそう言いかけたことに内心驚き、そして、ドロードラング領に爆発的にわいた殺気に血の気が引いた。
ドロードラング領では仕事の分担が明確化している。班として分けられ、日々交代制で業務をこなす。
元盗賊で、犯罪者としてドロードラング領に連行されたジムは、現在なぜかドロードラング領自警団を任され、盗賊団に所属していた頃よりも責任がある。どうしてこうなった。
ともかく。血の気が引いたと同時に強制的に領屋敷に転移させられ、そこには滾りに滾った戦闘班の面々が揃っていた。
さらに血の気が引いたジムは、先ほどのキスシーンはみんなが見たのだと理解。
「ジム」
農業班長であり、ドロードラング領の武を担当するニックの声が絞り出すように低い。ジムは直立した。
「ちょっと行ってくる」
目は血走り、口の端から煙を噴きそうな様相のニックに、ジムは声が出せず頷きだけで応えた。瞬間、ニックが消える。当主の所に行ったのだろう。死人が出ませんように。
「じゃあこれで」
子どもの声にそちらを見れば、当主によく似た、当主より格段に大人しい弟・サリオンが「ハスブナル国を潰してきてね」と侍従長のクラウスに可愛らしく言っていた。うわあ。
見た目は冷静だが、ニックと同じくらい殺気を撒き散らしているのがクラウスと侍女長のカシーナである。二人はサリオンに頷くとすぐに消えた。……死人、出ませんように……
ジムがこっそり祈っていると、侍従長補佐のルイスが駆けてきた。
「うわ!みんなもう行っちゃったの!?ああジム!ごめん、そんなわけで軒並み戦闘員が減るからあとは頼んだ!クインさんにも言ってきたけど何かあったら連絡くれ!サリオンも冷静じゃないから下手に判断させないで!じゃ!」
そうしてその場に残ったのは、サリオンと農業班のタイトだけだった。
「……あれ、タイトは行かねぇのか?」
「あんだけの人数がいれば充分過ぎるだろ。俺は畑の見回りに行くわ。サリオンは執務室で勉強の続きしろよ」
「はい。じゃあジム、警備をよろしくね」
「あ、はい」
サリオンが手を振りながら執務室に戻るのを見届け、外に出る。自警団の采配をすませると、そこにはまだタイトの後ろ姿があった。
「タイト」
立ち止まってくれたタイトまで走ると「畑の方か?じゃあ途中まで一緒に行くべ」と言われ並んで歩く。
「まだ近くにいたんだな」
「ああ、料理班に新メニュー用の野菜をいくつか頼まれてた」
「はー、料理班はすげえなぁ。次から次へとよく料理が考えつくよなぁ」
「それな。でもまあ、新しく作る野菜だったなら俺も燃える」
「わはは!おかげで俺らはうまい飯にありつけてるよ」
「はっはっはー、崇めるがいい~」
何気ない会話。盗賊団にいた頃は仲間ですら欺く対象で、世間話すらしなかった。ドロードラング領に来てから実に人間らしい生活、いや、社会に適応した生活をしている。
だからふと不安になる。
「死人……出ねぇよなあ?」
「どうだかな」
この楽園のような、盗賊団時代にはとんとかかわることがなかった日々に浸りきった今では、行き過ぎた暴力の果てに残るものに不安がわく。
「ニックさんがあんな風になったのを初めて見たが、長年一緒にいるルイスさんがそんなに焦ってなかったし、お嬢が泣くようなことはしないだろうよ」
ジムは感心した。
「タイトって冷静だな……」
「んなわけあるか。帰ってきたらマークはブッ飛ばす」
マークをかよ。
「まあ、あんなに怒り狂ったニックさんがジムに言付けてから行ったんだ、理性はあるんだろう。せいぜい骨折くらいで済むだろ」
なぜ。不穏な単語はとりあえず無視し、当たり前のように自分の名が出るのか、ジムは不思議でならない。
「あ、のよぉ」
不思議でならない事を言葉にするのは難しい。タイトがきょとんと見てくるのもなんだかいたたまれない。
「俺、元盗賊なんだよ……」
「知ってる。ジムたちを捕まえた時は俺もいたしな」
あっさりと肯定され、やっぱり難しいと思うジム。
「そうだったな。いやまあだから……俺、なんで……ニックさんたちに任されるのか……」
目を丸くしたタイトは次の瞬間に笑いだした。
「ジムがそれだけの働きをしてるからさ。当然だろ」
「その当然がよくわからねぇ……」
「まあ、俺も自分のことはよくわからねぇけど、留守番を任されるようになったってーのは自覚してる」
「うん……ううん……?」
「あっはっは」
「わからねぇよ……」
「元が盗賊だろうと、それだけの信頼を得たってことさ。まあ、ドロードラングの奴隷ではあるから外には連れて行けないってのはあるけどな」
信頼。
急に尻がむず痒くなった。
盗賊団では尻尾切り要員としての自覚はあった。賊の信頼とはそういうもので、ジムもそうやって何人も切ってきた。
だが、今言われた信頼は、腹が熱くなる。
後頭部をガリガリと掻いたり、顎をやたらに撫でたりと、変な動きをするジムを、タイトが面白そうに眺めていた。
「いや、もう……ここは調子の狂うことばっかりだ……」
「ははは、そりゃあ良かったな」
言い訳のようにぼやいたジムに、タイトは笑った。




