書籍第3巻発売記念臨時SS! ③【アイス先輩】
足を滑らせた、なんて実戦では言い訳にはならない。
首元に練習用模擬剣の剣先を突き付けられ、手合わせの負けが決まった。対戦相手であるマークの息を乱すこともできなかった。
「「「うあああっ!アイス先輩〜!!」」」
だから俺の名前は……うん、もういいや。後輩たちにツッコむのも今はだるい。内心で色々と不貞腐れていると、マークから手を差し出された。
「あれだな、味方の位置の把握はできてるのに、自分の空間把握は苦手そうだな」
もうバレた。
「……流石だな。まだ誤魔化せると思ったが」
その手を握り立ち上がると、「そりゃ観察ができてないと飯が減るからな〜」とマークはカラカラと笑った。飯が減る?
意味がわからず、不審げな顔をした俺に、マークはあっさりと教えてくれた。
「領主が認める貧乏領地だ。家畜の世話よりも野生の動物を仕留めないと晩の飯に肉が出ないんだよ」
晩の飯に肉がない。その事実に血の気が引く。勉強に追われ夕飯が楽しみの日すらあるのに、そこに肉料理がないなんて信じられない。
「な?がっかりだろー。大人はまあ仕留め損なったわけだから我慢できるんだけど、子供たちの泣きそうな顔を見せられると罪悪感が半端ないんだわ……」
しみじみと遠くを見やるマークになぜか共感。学園に入るために領地を離れる日の、残る弟たちの顔が思い出された。早く帰れるように留年だけはするまいと誓ったっけ。
「野生の動物ってのは動きが読みにくい。仕留めるために人を配置し臨機応変に対応するには色々把握し続けなきゃならない。まあそれでも、個人の技量といえばそうだけど、どうする?」
「え、何が?」
マークの問いかけの意味がわからず、質問で返してしまった。
「うん。マイルズは戦略を使うのがうまいし、司令塔として鍛えるのもいいと思う。だけど個人技を磨くというなら付き合うよ、って話」
「え……いいのか?」
「だって俺も学園に来るためにめっちゃ鍛えられたし。それに同じ仕える立場として、騎士科は応援したいんだ。他の科には俺が教えられる事がないのは置いておくとして、なんたってお前さん後輩への面倒見がいいしな!」
あはは!と笑うマークに脱力する。そういうマークの方が面倒見が良過ぎるだろう。
例年、入学直後の騎士科では剣を持った経験のない平民生徒は見学だ。経験がある貴族生徒も正直に言えばままごとみたいな腕だ。だが怪我をさせたら一大事なので、教師たちは平民生徒まで手が回らない。
剣を持たない体術なら、平民生徒には俺が教えてもいいですか。
見学をしている従者から働きかけがあるのも初だが、騎士科教師たちはこの時期に毎度どれほど忸怩たる思いをしていたのか、あっさりとマークの提案に乗った。
そしてその結果として、昼休み、放課後と、自主練習の場には必ずマークがいる。騎士科教師すらマークに剣や素手で手合わせを申し込むほどだ。
一対一。多対一。どんな戦法もマークはひらひらと躱し、一手で決した。……これを一手というのは違うだろうが、マークの攻撃は全て寸止めだ。撃というほどの衝撃もない。もちろん教師相手には息を切らせる事も多いし、引き分けもあるが、負けた姿はまだ見た事がない。
そのマークが指導してくれる……!
「お、お願いしたい!」
「はいよー。よろしくな」
これまたあっさりと返事をしたマークは順番待ちをしている次の生徒の元へ向かって行った。……体力底無しかよ……
そうしてマークさんに散々負けて負けて、その強さの根源たるドロードラング領では同じ人間か?という人達に揉まれ、四神を手掴みするような人物も現れ、随分と鍛えられた。
の、だ。が。
「どうしてこうなった!?」
第二王子であるシュナイル様に付くと誓いを立てて二年だが、初の王族とのスイーツパーティーには平静を保てなかった……
恐るべしドロードラング……




