書籍第3巻発売記念臨時SS! ②【その時のビアンカ】
静かにしなければならない図書室で不覚にも叫んでしまったわ。
だって、涙も鼻水も垂れ流した人を初めて見たのだもの。
その衝撃たるや、嫁ぎ予定先の弟王子の婚約者に奴隷王の娘が決まった時以上。
が。
「バルツァー国には素晴らしい書き手がいらっしゃいますね! 作者名がありませんでしたが教えてもらえませんか? 探して、他の作品も読んでみたいです!」
眩しいくらいに瞳を輝かせて、私の創作した話を読みたいなんて。
誰も……王家に生まれ、厳しい教育に必死になっていた私に、そんな風に言ってくれなかった。
家庭教師も、
―――こんな物を書いている時間はありません!
お母様も、
―――よくできていたけれど、他に大事な事がいくらでもあるでしょう?
お兄様も、
―――女心は理解できる気がしないな。冒険はないのか剣と魔法!
お兄様に嫁いで来られたお義姉様も、
―――良かったわ。
よりにもよって、絶対に何かを企んでいるだろう目下の最要注意人物から絶賛されるなんて。
「特にあの、騎士と中庭で二人きりになった時に、つまづいた姫を騎士が支えたじゃないですか。その時の見つめ合った時の心の動き!その時には隣国に嫁ぐ事が決まっていて、最後に気持ちを伝えるか、告白せずに黙ったままで別れるかの葛藤! そこで!言えば!何かが変わったかもしれないのに!!」
そう。そこは一番悩んだところ。告白した場合、しなかった場合と二通り書いた。
告白した場合は、騎士との心中まで進んでしまい、それはそれで面白いと思ったけれど、国を背負う立場としては好みではない。それでも、「最後になるなら」、自分はどうするだろうと迷った。
「だけど、姫という事に誇りを持っていて、そう在ろうとする姫が、毅然とまた騎士の一歩前を歩く姿に、もう!感動ですよ!」
……ああ……恋をしたこともない私の書いた恋物語に号泣するほど感動してくれたのが、アーライル国の国犯の娘なのに第三王子の婚約者におさまり、四神付きで、成人前なのに領主としても認められ、大魔法使いで、いつの間にか教師助手になった優秀者で、平民の生徒たちを掌握しつつある、サレスティア・ドロードラングだなんて……
素直に喜べない。喜んではいけない人物だ。
だけど。
…………だけど。
淑女として失格な、ろくな返事をできないでいると、サレスティアはキラキラした瞳を閉じてしまった。
あ、と言う間もなく、社交用の表情になったサレスティア。
「申し訳ありません!また昂ってしまいました。ビアンカ様、素敵なお話をありがとうございました。これにて失礼いたします」
颯爽と去っていく後ろ姿に今度は「あ」と漏れてしまった。息を吐くような声量だったけれど、ここは図書室。しっかり聞こえたらしいサレスティアは振り返ってしまった。
不思議そうなその瞳に、どうしたら良いか頭が働かない。
だけど。
「あ、よ、良かったら、他の話も貸してあげてよ。……読む暇があるのなら、だけれど……」
己の直球な願いに情けないやら、今までの彼女への所業にこちらこそ好かれてはいないと気付き、物語を借りてくれるか不安になり、我ながら有り得ない程の煮え切らない態度を晒してしまった。
しかし、ちらりと見やったサレスティアの瞳が輝いた。
ああ……もっと彼女と話してみたい。
怪しすぎる経歴にそうと思い込んで、サレスティア本人を無視し続けた。
いつか私を追い落とすのではと思ったから。彼女に絆されていく人が増える度に絶対に負けないと思ったから。
だけど。
バルツァー国から連れて来たお付きたちは、私が物語を書くことを知っている者ばかり。でも、命令しない限り、読むことも感想を教えてくれることもない。
サレスティアはあっさりと、命令されていない感想を聞かせてくれた。
もっと聞きたい。教えて欲しい。どこが面白くて、どこがつまらないのか。
しかし、なぜか素直になれない。
何か、サレスティアに関われる、何かはないかしら。
そして思い出す、王都で流行し始めたドロードラング産のもの。
「その代わり……」
その条件はサレスティアを呆けさせたけれど、喜ばせもした。
こんな事で喜ぶなんて、なんて単純な人だろうと呆れたけれど、自分にも同じ事が言えると気付き、複雑な気持ちに。
でも、アイスクリームはとても美味しかった。
その後、四神の青龍から涙ながらに感想をもらえたのは本当に驚いたわ……




