ドロードラング・ハロウィン
メイン:お嬢(15才)
時系列:本編後の最初の秋。
(約4000字)
「はああああっ!? 作っただとおおおっ!?」
ラトルジン侯爵の驚きが屋敷に響く。今日も元気でなによりです。
「あらまあ。ドロードラングの職人は優秀ねぇ」
夫人がソーサーにカップを置きながら、呆れたように驚く。
あの怒涛の結婚式から、未来の嫁ぎ先のラトルジン領と行き来するようになった。弟サリオンがひとり立ちするまでの間に、私も少しずつラトルジン領に慣れるように。
といっても侯爵夫妻は王都にいる方が多いので、今日は王都のラトルジン侯爵邸に来ています。ドロードラング領で作った道具を、侯爵夫妻とその後継になるアンディにお披露目〜♪
その名も魔力測定器。ジャジャーン!
いや、あるよ。王都と周辺の領には昔々からの貴重なものが。ドロードラングは田舎も田舎だからないだけで。
でも、学園の測定器がちょっとポンコツなんじゃね?と最初のドロードラング領夏合宿でチラッと思ってから、他のも実はポンコツなんじゃね?とずっと考えていた。
そしたらカクラマタン帝国からの頓珍漢勇者一行が作れると言うじゃありませんか。希少機器を作れるなんてうちの職人たちが燃えたのはいうまでもない。だがドロードラング領にはない。
イチから作りだしても良かったが、元がある方が楽ということで、さっそくラトルジン侯爵領の魔力測定器を借りて調べるところから始めた。そしたらば魔力の有無を判断するだけの機器と判明。そういう意味では私の思うポンコツではなかった。魔力量や属性判断の部分が大雑把だっただけで、当時の技術としては最上だったのだ。
基礎はそのままで良しとして、魔力量測定と属性測定を付与。実験としてクラウスと私で試運転。実は何かしらの属性があるんじゃ?とひっそり思われていたクラウスはやっぱり魔力なしと判断され、私は想定魔力量を上回ったからか、測定器が壊れた。
…………ふ、ははははは!その場にいた全員が真っ青通り越して真っ白になったよねー!
……借り物を壊すなんて、もう錯乱ですよ……
いち早く正気に戻ったクラウスが動き、皆で転移して侯爵に土下座。
ラトルジン侯爵領でも魔力を持つ人は稀なので、それなりに直してもらえれば良いと許しをもらえてまた土下座。
そこから基礎ごと試行錯誤を繰り返し、私が測定しても壊れない物がやっとできあがり、お披露目にこぎつけた。
「いえ、今回は私の魔力ありきにしましたけど、基礎の強化はカクラマタン帝国の技術です」
直径二十センチの水晶が主な道具で、これに色々と詰め込んでの測定なんだけど、水晶そのままだと私の魔力量に対応できなかったから、いつもの黒魔法で水晶を強化しました。
基本は純粋な宝石が望ましいが、そこまでデカイものはアーライル国で産出されないし、買うとなるとえらく高い。……だから大雑把な測定器だったんだろう。ああ予算……
カクラマタン帝国は宝石の産出国でもあるので、それもあって魔法が盛んなようだ。
「あの四人組?」
隣に座るアンディが若干顔をしかめた。
「そうよ。今じゃ職人たちにも子供たちにも引っ張りだこで、なんか逆に申し訳ないっていうか……」
「は? 僕はまだアイツらを許していないからお嬢が申し訳なく思うことないし」
「アンディ、まだ怒ってるの?」
「一生根に持つ予定です」
「一生!? 私はあれはあれで思い出だよ〜。アンディを怒らせると恐いけど、怒ったアンディも格好良いからね!」
「っ……」
「タキシードだったからより良かったよねー!正装でキリッとしてるのとはまた違う魅力!うちのアンディはどこから見ても格好良いよって自慢したい!メルクが直接見てくれていたら絵にしてもらいたかったもん!」
「…………くっ」
あの時のアンディは恐かったけど、これで働き盛りになった頃にはどうなっちゃうのっていう格好良さを思い出していると、侯爵夫妻から生ぬるい空気が。
「あらあらあらあら」
「やれやれ……」
あれ?
***
「はろうぃん……?」
ドロードラング領屋敷執務室で、代表してルイスさんが繰り返した。
「そう。測定するだけじゃつまらないからさ、行事にしない?」
収穫祭が終わったが、冬の準備をはじめるにはまだ余裕がある。そして今季の収穫も上々だった。いえ〜い。
「測定した子供にはお菓子をあげるの。魔力があってもなくてもお菓子がもらえるなら、それ目的で皆やってくるかと思って」
現在、大きな戦争はおこっていないけど、縋るようにドロードラング領にやってくる人達が後を立たない。難民という大きく深刻なものではないが、のっぴきならない事情はそれぞれだ。
で。魔法使い不足のドロードラング領としては魔力持ちの確認をしておきたい。本人の意思を尊重するのは第一だけど、サリオンの補助になってくれる人物をスカウトしたいわけ。
亀様も白虎もいるなら必要ないとも会議で言われたけど、亀様はともかく白虎はいついなくなるかわからない。今はサリオンにべったりだけど、基本は気分屋だし。……四神が二柱いるのが異常なの。普通はいないのよ。いなくなった時の保険が欲しいのよ。
置いといて。
魔力測定は暗い部屋で行われる。魔力に反応する水晶の光り具合を見るので、暗闇じゃないとわからない。
魔力があると将来性が変わるので、測定するのは主に子供。
日の入りとともに寝るのが普通の平民子供は、まー、真っ暗闇を怖がるわけよ。ひどい時にはひきつけを起こすくらい嫌がるらしい。
水晶に手を置いてから部屋の明かりを消すんだけど、星明かりもない空間はとても恐ろしいらしく、魔力測定を終えた子はしばらく付き添いの親から離れない。その姿を見た他の子供たちは測定に行かないと言い出す。
どんな肝だめしだよ……
とまあ、そんな事を含めての改良をしたので太陽の下で測定しても結果はわかるようになった。
が、遊園地事業でお化け屋敷を断念した身としては、これをイベントにしたい。お菓子の分が損だけど、測定は怖くも痛くもないし、暗闇もそれほど恐れるものじゃないと思ってもらえればいい。
「とかなんとか言いますけど、お菓子を配りたいだけでしょう?」
ルイスさん!当てないで!
「ふふふ、大人はどうしましょうか」
侍従長のクラウスが笑いをこらえながら聞いてきた。
大人も数は少ないが測定する。だいたいが冒険者だけど。
「ええ? 大人はいらないでしょ。欲しい?」
「いりませんよ。ドロードラングは安くて美味いものがいっぱいありますから何かは買えるでしょう。子供と同じ菓子までタダで欲しがる奴は馬車馬よりこき使ってやりますわ」
執務室にいる大人たちはルイスさんの意見に賛成で、前世日本のお祭りハロウィンとも違うけど、ハロウィン決行です!
***
「とりっく、おあとりーとぉ!」
部屋が暗闇に包まれた中、可愛らしくも力強い呪文が唱えられた。
「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごおーっ!」
直後に小部屋の明かりがつけられた。水晶に両手を乗せていた男の子は、明るくなった室内に入って来た父親を見て緊張が取れたようだ。父親に「よくできました」と頭を撫でられると得意気な表情に。
「はい、おつかれさまでした。暗い中でよく頑張ったあなたにご褒美よ」
焼き菓子を詰め込んだ紙袋を、父親と並んだ男の子に手渡す。
紙袋から漂う甘い香りに男の子の目がキラッと輝く。
「ありがとー!」
父親が小さく頭を下げてから親子は小部屋を出て行く。今日の測定は彼で最後だ。
はあ〜、なかなか魔力持ちはいないなぁ。でも参加率は悪くない。お菓子を抱えた子が宣伝になるからか、今のところ泣き叫ぶまでの子供はいない。それだけでも良かったか〜。
「おつかれさま」
「あれ! アンディ、来てくれたの?」
ひと息吐くと、アンディが扉から顔を出した。今日来る予定はなかったのに。
「うん、様子を見に来たよ。今の親子を見ると上々みたいだね」
「今のところはね〜。やっぱりなかなか魔力持ちはいないみたい」
「移住者が多いドロードラングでも見つからないかぁ……まあ始めたばかりだし、お嬢みたいに突然覚醒するかもしれないしね」
それ。だから年齢上限を決めて毎年行う予定です。
「ところで、とりっくおあとりーとってどんな呪文? カクラマタン帝国で使われているの?」
「あー、呪文じゃないんだ。何かっていったらおまじない?みたいなもので特に意味はないよ」
もちろん、カクラマタン帝国でも使われていない。私の気分を盛り上げるだけのために、測定に来てくれた子供に言わせてるだけ。その後の1から5までのカウントは、微弱な魔力にも水晶が反応しやすいように時間稼ぎである。
「そうなんだ」
「うん。もともとは先祖供養の儀式と収穫期のお祭りが合わさった行事で、子供がオバケの格好をして家々を回る時に言ってた合言葉なんだって。お菓子をくれないといたずらするぞーって。……って何かの本で読んだんだ!」
……これで誤魔化されてくれないかな……?
アンディもよく本を読むから、今頭の中でどんな本か検索かけてるんだろなぁ。……お願いスルーして!
「へぇ、お菓子をくれないといたずらするぞ、かぁ。確かに子供向きだね」
「可愛いよね!」
「はは、お嬢が言ってもドロードラングのみんなは喜びそうだ」
やった、スルーしてくれた〜!
「あはは!成人したばかりだしねー。私もまだお菓子もらえるかな?」
「お嬢は成人してもずっともらえるよ、きっと」
油断した。
アンディがハロウィンの謂れをスルーしてくれたことで気を抜き過ぎた。
「よしじゃあまずはアンディから、トリックオアトリート!」
一拍おいてからにこりとしたアンディは私の右手薬指に嵌る糸の指輪に触れると、そのまま手を優しく握った。
「残念。今お菓子の持ち合わせがないんだ」
アンディは私の手を口元まで持ち上げる。
「困ったな、どんないたずらをされるのかな?」
そして指輪に軽く口付けながら見上げてきた。
ぼふん!
「いいいいいたずらなんてしないしーっ!?お菓子もいらないしーっ!!?」
瞬間的に手まで真っ赤になった私は叫び、アンディは残念と笑った。
ラブラブ……っぽい……?(笑)




