書籍第2巻発売記念臨時SS! ③【マークの苦悩】
『騎士になりたいんでしょ? やってみなよ!』
ぼんやりとしていたものが形になった。
スラムで眺めていた貴族から、目の前の貴族のお嬢サマは大きく外れたところにいるようだ。
鼻で笑われるはずだったのに、手が届かないどころか、その方向先さえ見つかる予定はなかった。
いや無理だろ、スラムから騎士になったヤツっているのか?
子分たちをまっとうな方法で食わせるには自警団が一番身近だった。だが自警団に入るには住民権が必要で、スラムの住人には住民権がない。
毎日生きているのに存在が認められない。それが俺だ。
『騎士になる』なんて夢のまた夢。
こんなにあっさりと未来を示されるとは。
「お嬢が入学するにあたり、マークとルルーにやってもらいたいことがある」
お嬢が寝入った夜10時。執務室に集まったのは各班長と副班長、クラウスさん、ルイスさん、そしてルルーと俺。いつになく真剣な表情でニックさんは言った。
「学園でのお嬢の味方を作ってくれ」
この場にいる全員が頷いた。
「貴賤にとらわれずとうたわれていても所詮は人間です。子供がたくさん集まればそれなりの社会になります。そして、お嬢様は『奴隷王の娘』。敵は多いでしょう。その最たる者がアンドレイ様の兄王子たちです」
クラウスさんが続けたことは確認だ。今だってお嬢が派手に動けば動いただけ狙われている。亀様のおかげでお嬢は半分の件数しか認識していない。全てを把握しているのは今ここにいる人だけだ。ニックさんが続けた。
「一応領地で大人しくしていたからか兄王子からは偵察しか来ていない。アンディやラトルジン侯爵から兄王子たちの人となりを聞いていても、王都の学園には他の貴族の子が集まる。そっちこそ何をするかわからねぇ」
ドロードラング領民で危惧されているのはそこだ。
「だが、学園には平民もいる。もちろん平民こそが『奴隷王の娘』には寄りつかないだろう。だがきっかけさえあれば『サレスティア・ドロードラング』の味方になり得る」
サレスティア・ドロードラングの味方。
「遊園地や興行のおかげで周辺領地との付き合いも良好だし、良い噂は王都にも届いているとヤンさんからの報告だよ」
ルイスさんが片目をパチリと瞑る。
「国王は、まぁ中立の立場だろうが、平民を蔑ろにはしない御方だ」
兄王子たちが出てきたときに、俺らの国王とのツテは効かないというグラントリー親方。だからこそと続けるキム親方。
「どれだけ貴族が偉くとも平民の方が数が多い。よくできた貴族ほどそれを無視はしない」
うん、ラトルジン侯爵がそれだ。
「そしてお嬢は良くも悪くも平民寄りだ。あっさりと絆された俺たちが良い例だな」
グラントリー親方が笑うと皆がつられた。確かに俺もそうだった。
「何事も根回しは必要です。お嬢様がいつもの正面突破をする前にマークとルルーにきっかけ作りをして欲しいのです。それが一番平和的でしょう」
カシーナさんが遠くを見る。しみじみと頷く全員。
「まあそう気張らんでも、マークとルルーはそこら辺はできてるよ。子供らの世話が苦じゃないだろ。学園でもそんな感じでやってくれりゃあいいんだ」
ニックさんが椅子の背もたれに寄りかかりながらニヤリとする。
「そうそう。学園の中では貴族の方が多いから平民は緊張してるだろうし、学校ってだけで緊張してるだろうしね。言い方は悪いけど、そこにつけこんでよ」
ルイスさんもニヤリとすると、俺の緊張が少し解けた。慣れない所に行くのは俺たちもそうだ。横を見ればルルーもホッとしてた。
そしてなんだかんだとあったけれど入学式も無事に済み、ド緊張で授業を受ける平民生徒の相手をしていたら、大人しく見学していたはずのお嬢の大声が聞こえてきた。
「入学して三日目のぺーぺーの新入生です!」
やばい!この声音は元気いっぱいのふりをしたキレる寸前のやつだ!
学園で暴れるのだけはこの先色々と駄目になる、と人目があるなかでも思いきり拳骨したが、「たかが従者風情が頭を下げたからと許されると思うなよ!」という男子生徒の言葉で終わった。
うちのお嬢はよくここまで売り言葉が出てくるもんだ。変に感心しながらもどうにかしようとしたが、第二王子が出てきて対決することになってしまった。
……嘘だろ……タイト、拳骨だけじゃお嬢は止めらねぇじゃねぇか……
「マーク! あんたは私の大事なお付きよ! ドンと構えてなさい!!」
口元が一瞬ゆるんだのを引き締めた。
大事なお付きと言われて喜ぶんじゃねぇよ馬鹿か。
俺が盾にならなきゃならないのに、頭一つ分より低い女の子の啖呵に感動してんじゃねぇよ。
でもまぁここまできたらもう無理だ。皆ごめん、すんません。
お嬢、俺も一緒に謝るからもう思いっきりやれ。
そうして。その大騒ぎの後に。
俺の嫁が般若になったんだ―――




