書籍第2巻発売記念臨時SS! ②【王都探索】
まだ付き合ってません。
王都の下層住民街の長期宿の一室。
「そろそろいいか?」
狩猟班長のヤンが自室から出てきた。珍しく髪をなでつけ、いつもより少しだけ上等な生地の服を着ている。
「はい。お待たせしました」
こちらも自室から出てきた騎馬の民のダジルイも珍しく、丈の長いワンピース姿である。
「お。そんな格好も似合うなぁ。こりゃ野郎共が群がるな」
ヤンがにやりとしながら言うと、ダジルイの頬がうっすらと赤らんだ。
「からかわないでください。冗談でも恥ずかしいです……」
「冗談じゃないさ」
軽くうつむくダジルイの右手をそっと持ち上げると、ヤンはその指に口をつけるふりをした。
「髪をまとめると色気が増すな。貴族のはずのお嬢よりもよっぽど淑女らしいぜ?」
そしてにやりとダジルイを見下ろす。髪型のせいか服のせいなのか、いつもより男前なヤンに言われてもダジルイには冗談にしか思えない。だが、慣れない格好のせいで緊張していたダジルイの体が少しほぐれた。
「で、俺の方はどうだ?」
「いつもより男前です」
「ははっ! やっつけ感が素直だな」
「あら、冗談ではないですよ?」
「そりゃどうも。じゃあお互いにまぁまぁ化けたってことで行くか」
ヤンが差し出した腕に、ダジルイの手が添えられた。
『王都の食堂を客層分けで調べて。今度王都に行った時に子供達も一緒にわいわい食べられるお店に行きたい!』
上司であるサレスティアからそんなお願いという命令が下された。ヤンとダジルイの担当する偵察が一段落したところに、休みをあげるからついでによろしくと畳み掛けられ、断る隙もなかった。
子供達とわいわいするはいいのだが、問題はその人数だ。いくつか舞台の組ができたが、一組あたり子供だけで二十人以上になる。ヤンとダジルイは頭を抱えた。わいわいするにはきっと貸し切りにするしかないだろう。
「貸し切りだけならともかく旨い物を出すところだろ? 前に泊まった宿屋が一番いいんだよなぁ」
「そうですね。ここの食事も美味しいですが、皆では入りきれないですね……」
「ここは厨房の人数も少なそうだしなぁ。安い味なら屋台でいいが、注文は『店』だろ。高級店なら人数は気にしなくていいが、うちの奴らの素行がな……」
ヤンのため息にダジルイは、美味しいものを食べると必ず大はしゃぎをする子供達を思い出した。
「ふふっ、皆元気がいいですからね」
「誰に似たんだかな」
「ふふふ!」
何件か目星を付けた店を食べ歩くことにしての二件目、ここも駄目だった。どうしても人数で引っ掛かる。夜道を並んで歩く二人。
「昼と夜と一日二件しか調べられないのもなぁ……」
「でも、美味しいからつい全部食べてしまいます。……はぁ、太りそうです」
「ダジルイはもっと太れよ」
「ドロードラングに来て充分に太りました。これ以上は体が動かなくなるので駄目です」
「じゃあ、食後の運動でもするか」
立ち止まったヤンが振り返ると、建物の陰からいかにもな男達がにやにやしながら現れた。
「旦那~、おキレイな奥さん連れてますね~。俺らにすこぉし、おこぼれくださいよ~」
男達はヤンとダジルイを囲むとその輪をじりじりと狭めてきた。ダジルイがヤンに寄り添うと下卑た笑いがおきる。
「金を渡せばいいのか?」
ヤンの落ち着いた声音に気づかない男は「まさか」と返し、ナイフを取り出しながら近づいた。
「もちろん奥さんに遊んでもらぶべぇっ!」
真上に蹴り上げられた男はそのまま地面に落ちた。他の男達が一気に緊張し、それぞれに刃物を取り出す。
「そうかそうか。奥さんだけとは言わず、俺とも遊んでくれよ」
ヤンは凄絶な笑みを浮かべながらボキボキと指を鳴らした。
「もう。分けてと言ったのに……私も食後の運動をしたかったです」
「いやいや、淑女にはゴミ掃除はさせられないね」
「紳士にも似合いませんよ。それで、この人達はどうします?」
「このまま放っておこうぜ。お嬢の食堂探しも難航しそうだし、こいつらも回復したらまた食後の運動に付き合ってくれるだろうよ」
「……それもどうなんですか……?」
「名案だろ」
「……そういうことにしましょうか。次は私もしますからね」
「はいはい」
その後しばらくの間、王都の無法者たちが道に転がって、朝に発見されるという事態が続いたのだった。
ね?
まだ付き合ってないのよ(笑)




