ヒーロー大作戦(後)
「いえ。あっちとこっち側から何か近づいてます。それ以外は分かりません。近づく気配が大きいので集団の可能性はあります。お嬢、ここ、他家領なんでなるべく地味にやってくださいね」
「そこまで暴れん坊じゃないわい!」
ユジーが先に指した方向に構えるサレスティア。
「……ここにいる時点でじゃじゃ馬ですよ」
そしてユジーは反対側を向き、背中合わせになった。その手にはナイフ数本と短剣。偵察だけのつもりだったので武器が心許ない。
「挟み撃ちかしら?」
「う~ん、どうですかね。ヤバかったらちゃんと逃げてください」
「大丈夫! 今夜の私は捕まえる担当だから!」
「……何がどう大丈夫なんすか……」
「もう! ユジーさんならノリノリで構ってくれると思ったのに!」
「……俺も想定外の事には弱いんですって」
サレスティアと行動するとどうしても気が抜ける。安心感という意味なら彼女以上に持てる存在はいない。だが、何をやらされるかという不安感も突出している。
「ちぇ。ヒーロー戦隊ドロードラング仮面とかやろうと思ったのになぁ」
「…………お嬢……俺の危機感を削がないで……」
こういう時に舞台興行の演目を考えている、その余裕にこちらの気がさらに抜ける。危険は確実に迫っているのに。
だが、ユジーの余分な力が抜けた。
「あと300メートルです」
「ユジーさんの気配察知能力はどうなってんの! まだ300メートルもあるの!?」
「あ。動きが速くなりました。あと150」
「速っ! とりあえずこっちは任せて! 熊系来い来い!鍋食べたい!」
「…………了解」
応援に来たのか甚だ疑わしいが戦力は絶大だ。上司の食欲が満たせるだけの食材であれと祈ったユジーの前に現れた魔物は、3メートル級の筋骨隆々とした大猿。
「サーベルタイガー! 毛皮!!」
大猿は皮膚が分厚く、倒すのに時間が掛かる。サーベルタイガーは立派な牙と爪と素早さが厄介だが皮膚は普通だ。
「お嬢! 大猿と交換!」
どちらも食材には向かないが、二人の特性から獲物を変える。
サレスティアの準備していた魔法の捕縛網は大猿に向かい、ユジーはサーベルタイガーに向け飛び出すと同時にナイフを投擲。二本のナイフはサーベルタイガーの両目を潰し、その隙に短剣で首元を斬った。骨に邪魔され首は半分しか斬れなかった事に舌打ちする。
バランスを崩し地面に倒れたサーベルタイガーは、致命傷のはずだがユジーに飛びかかって来た。前足の爪を掻い潜り、サーベルタイガーの腹部に短剣を突き刺し、その勢いのまま縦に裂く。毛皮にするならこれくらい斬っても売れるだろう。返り血を浴びたが、断末魔をあげたサーベルタイガーは再び横倒しになった。
「そっちにも網を固定するわ!」
サレスティアは本当に痒いところに手が届く。
断末魔をあげたとしても油断がならないのが魔物だ。死んだと見せかけて隙を伺う種類もいる。
サレスティアの魔法の網は亀様との特訓でかなり頑丈になった。四神の一である白虎が本調子ではないとはいえ破れないのだ。白虎はますます聞き分けが良くなった。
ユジーはサーベルタイガーをサレスティアに任せ、網を破ろうともがく大猿に向き合う。
まずは網からはみ出た長い尻尾が近くの木に巻き付こうとしていたところを斬り落とす。甲高く叫んでさらに暴れる大猿。しかしサレスティアの網はびくともしない。
しかし、ユジーの短剣では大猿の筋肉を斬れる気がしない。大抵の生き物の弱点のはずの首すら太い。威嚇してくる大猿。この声が仲間を呼んでいたら厄介である。
ユジーはひとつ息を吐くと、短剣を腰に置き、構えた。
「お嬢、大猿の網、一瞬でいいんで解除してもらえます?」
「私の合図でいいの?」
「お嬢の呼吸で十回目にお願いします」
「分かった」
スー、ハー、とわざと音にしてサレスティアが呼吸をしてくれる。
ユジーもそれに合わせる。
網が消えるとバランスを崩す大猿。しかしその目はすぐさまユジーを捕らえ、叫びながら飛びかかって来た。
尻尾を切り落としたからか、大猿はユジーしか見ていない。
振り上げられる大猿の腕。大きくあいた口には立派な牙も見えた。
狙いやすい。
しかし短剣なのでまだ間合いは遠い。狙い所を腕で隠されたら威力は落ちる。この方法は一度しか使えない。失敗はできない。
ユジーはその一瞬を待った。
そして。
岩の様な拳がユジーに振り下ろされる寸前、大猿の口から上の頭部が消えた。
すぐさまその場を離れる。
頭部が半分になった大猿はサーベルタイガーに突っ込んでいく。
それに新たに網が被さる。
サレスティアを背にし直して様子を見る。他の気配も探るが何も感じない。この二頭だけが遠吠えの正体かは分からないが、仲間は近くにはいないようだ。
ユジーはとりあえずと、緊張を解いてその場にへたりこんだ。心臓は耳に響くほどにドクドクと鳴り、呼吸も荒い。全身の毛穴から汗が出て、地面に付いた両腕が震える。
ユジーはまだ、クラウスや団長の様にはすんなりと居合い抜きはできない。集中し切るまでの時間が短いとその反動が大きい。しかも今回は短剣だ。サレスティアという保険がなければ、この技は使えなかった。
うまくいって良かったと、ユジーの意識が飛ぶ寸前、ふわりと体が軽くなる。何度も経験したサレスティアの治癒魔法だ。
この魔法を使う時、サレスティアはすぐに膝をついて相手に寄り添う。ドレスだろうが素足だろうが自分が汚れる事を躊躇しない。
だが領民は、サレスティアにそうさせる事を不甲斐なく思ってしまう。ユジーはまだまだ修行が足りないと少しだけ落ち込んだ。
「……大猿って、食うところあります?」
「てか!ユジーさんまでいつから居合い抜きを使えるようになったの!?抜刀術っていうんだっけ!?どっち!? しかも短剣よ!? うちの人たちのスペック高すぎる~っ!」
「すぺっくって何すか?」
「性能!いやぁ凄いわ~!! ユジーさんすごい!カッコいい!!強い!!素早い!!カッコいい!!カッコいいっ!!」
毎度とんでもない事をやらかす上司が変な格好でキラキラと見つめてくる。
ユジーはさすがに照れた。成人してからここまで手放しで褒められる事は少ない。練習しておいて良かった。
「仮面は被りません」
「駄目か!」
興行の演目として決まったら大人しく受け入れてあげるよと思いつつ、ユジーは無事に済んでホッとした。
その後、サレスティアは食欲も忘れたようで、ユジーは仕留めた二頭を視界の隅に入れながら心底ホッとした。
サブタイトル詐欺…(^-^;
思いつかなかったんで、そのまま(笑)




