ヒーロー大作戦(前)
メイン:狩猟班ユジー(11才です。 続続22話 再度、まさかのお客です。<油断> にて、団長に土下座した狩猟班北担当長)
時系列:本編終了後のいつか ← (今話で15才としてますが、お嬢の公式結婚前までのいつか)
約4900字
アラビア数字と漢数字が混在してます(。-人-。)
「というわけで、ヒーロー役を募集しまーす」
(((((……また何か始まった……)))))
夕食後のドロードラング屋敷大広間兼食堂にて、サレスティアの思いつきが発表された。
「色々まず説明」
農夫であるタイトの当主への態度は普通なら処罰ものだが、これがドロードラング領の普通である。
当主であるサレスティアは現在15才。幼少の頃からその発想は驚くべきもので、自領をあっという間に発展させた。平民にさえ分かるその功績に鼻高々になる事も横柄になる事もなく、学園を無事卒業後も、第三王子の婚約者であるにもかかわらず日々畑で土まみれになっている。
その姿は無自覚に領民の心を鷲掴みにし、そしていつ突拍子もない事を言い出しても領民側ではとりあえず一旦は受け入れる態勢ができていた。
が。それでも受け入れ難い事はあり、そのツッコミ役がタイトである。
「ああごめん。ざっくり言うと見回りの人員を増やしたいのよ」
ドロードラング領はもちろん、周辺領地の治安も良くなった。さらに国中の見回りも実は国に内緒でしている。そこの領の警備体制の邪魔はしていない。
見回りとは、主にそちらの事だ。
「まあ、見回り班はもともとは犯罪組織の発見ていう斥候の意味合いが強かったから人数は少なかったが、増やしたい理由は何だ?」
農業班長であり武闘師範でもあるニックが詳しい内容を求める。
するとサレスティアの顔が珍しく曇った。
「いつもお世話になってる隣のイズリール国ジアク領ギルド長からの情報で、今年は数年に一度の魔物の大繁殖期らしいのよ。アーライル国のハーメルス騎士団長に問い合わせたら、国境沿いの領地にも騎士を派遣しているけど、活発化した魔物に怪我人が絶えない状況だって」
基本、魔物はその狂暴さから問答無用で討伐対象なのだが、縄張りは意外と人の生活圏から離れている。人里近くに出る種は魔物の序列では弱い部類だ。
しかし大繁殖期になると餌を多く摂取しなければならないのか、強い魔物の行動範囲が広がり、力も増す。騎士団は国境砦近くに常駐しているが警備の薄い地域もあり、国境沿いの小さな村が魔物被害に遭いやすく、存続の危機に陥ることも珍しくはない。
だが大繁殖期の周期は分かっておらず、被害が出てからそうかもしれないと判断されるのが常である。
「騎士団の怪我は酷くても骨折で命にかかわるものは今のところ無いらしいけど、あちこちで怪我人が出ると人員補充の為の移動も時間がかかるし、魔物は神出鬼没だし、何よりそこで生活している平民が大変よ」
四神の一である土属性の玄武に頼めば国全土の護りを、現在掛けてもらっている以上に強くしてもらえるが、サレスティアは頼りきりになる事を良しとしない。
亀様はあくまでもドロードラング領の友なのだ。亀様が優しいからと全てを委ねてはならない。人間の危機管理が低くなると、今後種としての存続が危うくなる。
サレスティアのその考えは領民にも浸透している。
「そういう訳で、イヤーカフには亀様に断らずに自分の意思で転移できる魔法に組み直すわ。現場での役割としては騎士団の補助。対応できない大物に当たったらすぐに私を呼ぶこと。期間は大繁殖期の終了までか、騎士団から免除されるまで。行ったら行きっぱなしじゃなくて数日ずつの交代制よ。……どう?」
自領ではなく、縁も所縁も無い領への命懸けの戦闘出張にサレスティアがほんの少し言いよどむ。
すると、ニックがにやりとしながら手を上げた。
「急ぎだろう? 細々した事は通信で確認するから行き先を割り振ってくれ」
ここで嫌だと断れば一人で動き出す当主だ。そして、そんな当主を守りたくて仕方のない領民が次々と手を上げる。
サレスティアは大広間の上がった手を見て苦笑した。
「毎度の事ながら、危険な事を即決してくれてありがとう」
侍従長のクラウスが持っていた大地図をテーブルに広げると、大広間はすぐに会議の様相になった。
「何でお嬢がここにいるんすかっ!?」
「顔を隠したのに何で分かるの!?」
鬱蒼とした森の中。見回り組として派遣されたドロードラング狩猟班のユジーが、潜んでいた木の枝から落ちた格好のまま、別な意味で頭を抱えた。
昼間でも薄暗い自然豊かな森で、付近の村から夜に獣の遠吠えが増えたとの情報に気を張って見回っていたところ、ふと子供が現れたのだ。
夜の見回り中に、淡い光を纏い、悠然と現れた子供。
人型の魔物かとユジーは一瞬で構えたが、その振り返った格好から選択肢は一つになった。そして木から落ちた。
「ぎゃあ!ユジーさん大丈夫!?」
大当たりである。そして先程のやり取りに戻る。
すぐさま亀様に問い合わせると、《好きにさせてやってくれ》と笑いを含んだ声が返って来た。もしもの時はサレスティアを最優先で回収してくれる事を確認し、ユジーは起き上がった。
「いや、そんな格好する女の子なんてお嬢しかいないでしょう……」
「え、闇に紛れる仕事の人はみんなこうじゃないの?」
両腕を広げ自身を見るサレスティアの服は、舞台で剣舞をする時の黒色で統一された衣装だ。だが舞台衣装ならば男用しかない。サレスティアが着るには大きすぎるので、新たに作ったのだろう。そこまではいい、とユジーは半目になる。
問題は顔の上半分を覆う黒いスカーフだ。目の部分はくり抜かれていて、スカーフのあまりは後頭部で結ばれている。
「声や息を潜めるのに口や鼻を覆う方が普通ですよ。そんなに深く被ったらちょっと動くだけで視界が狭くなるんで、髪を止める程度ですって……」
「なんだ、顔を隠す方が重要かと思ってた。まあいいや」
「よくねぇっす……」
ユジーは以前、ドロードラング領に訪れた騎士団長を危険にさらした事がある。それはかすり傷程度で事なきを得たが、ユジーは軽くトラウマになってしまった。それ以来ドロードラング領見学ツアーの要人警護を断っている。
サレスティアはドロードラング領民にとって最重要人物だ。
今夜ユジーは偵察だけのつもりだったので一人で行動していた。そこにサレスティアがのほほんと現れた。サレスティアが色んな意味で強い事を知っているが、それでもユジーの肩甲骨の下辺りが冷えた。
「で?魔力探索いる?」
狩猟班で鍛えた気配察知はやや危険と感じている。魔物か野生動物かの判断はできないが、遠くで何かが移動しているのは分かる。
先程の転移魔法の名残の光で見つかったのだろう。それは少しずつユジーたちに近づいていた。




