書籍第1巻発売記念臨時SS! ⑤【花の妖精さん】
※子どもが誘拐されるシーンがあります。
嘘か本当か、その興行を見る事ができたら幸せになれるという噂の一座がやって来た。
その騒ぎを聞きつけた時には広場にはたくさんの人がいて、少女は噂の一座にはどんな芸人がいるのかすら見えなかった。
慌ててお使いをすませ、走って帰り、母親に笑われながら家を飛び出し広場にやって来たのだが、無駄な努力だったようだ。
広場近くの家だったなら屋根にあがって見えたかもしれないと、建物の窓から眺めている人々を羨ましがる。
ふ、と。
見上げていた視界に花が入った。
「わ……あ……!」
空いっぱいに色とりどりの花が咲いていた。
その不思議な出来事に、さっきまでふて腐れていた気持ちが吹き飛ぶ。
いつの間にか聞こえてきた歌に合わせ、空の花が揺れて、流れて、キラキラと舞い上がる。
「すごい……!」
少女はすっかりと空の花畑に夢中になった。
やっぱり母親と来ればよかったとか、友だちもどこかで見ているだろうかと考えながら、花の流れを懸命に追いかけた。
そして。
後ろから急に抱きかかえられ、何かで口を塞がれた。
一瞬、遅れて来た母親かと思ったが、こんな抱えられかたをされたことがない。
―――抱っこするのにも重くなったわね―――
そう母親が少しだけ困った顔で笑ったのはついこの前だ。
(痛い!)
腕ごと体を抱えられている。足が地面から離れた。父親なら片腕で少女を抱っこできるが、こんなに乱暴にされたことがない。少女の生活圏の大人にされたこともない。
(誰!?)
走る呼吸は男性のものだ。少女の口を押さえているのは手だろう。臭くて妙にあたたかいのが気持ち悪い。鼻の穴も少し塞がれたのか息が苦しい。
(なに!?なに!?)
なぜこんな目に合っているのか、少女にはわからない。
わかるのは、広場から遠ざかっていること。
少女の家からは、さらに遠ざかっていること。
(お母さん!お父さん!)
人拐い。
(助けて!助けて!お父さん!お母さん!)
自分の体を思うように動かせないことも少女の混乱を増加させた。何も見なければ遠ざかるものがなくなると、まぶたを強くつむる。
(誰かー!)
「ぱっ、かあああああんんっ!!」
それが聞こえた時、少女は何かにふわりと包まれた。
どごぉん!「ぶげぇっっ!」ずしゃぁぁぁ!
さらに聞こえた音が、少女にまた恐怖を与える。
「もう大丈夫よ」
今度は女の子の声がした。そして、友だちと抱き合った時のような感触に、少女はそろそろとまぶたを上げる。
そこには少女よりは年下だろう知らない女の子がいた。
「もう大丈夫」
その笑顔に、少女の目から涙が溢れた。
「大丈夫」
小さな手が、少女の頭を撫でた。
息が楽にできる。もうどこも痛くない。地面に二人で座りこんでいる。
少女は、女の子にしがみつき、ひきつる喉を震わせて泣いた。
*
「亀様教えてくれてありがとう。……そう、じゃあこいつは単独犯かしら……私らの興行中に人拐いをやらかすなんて絶対に許さん!」
「お嬢!」
「マーク、こいつを縛り上げて。ごめんね途中で飛び出しちゃって」
「いや、亀様が言ったのみんな聞いたし。花が咲くと同時にお嬢がすげえ勢いで飛んでったから一瞬ビビったけど、クラウスさんがなんとか繋いだよ」
「さすがクラウス、助かる~」
「よし終わり……ていうか、生きてるのコイツ……?」
「生かしてるわよ。これから詳しく締め上げなきゃならないもん」
「いや、地面にめり込んでたし……衝撃で記憶が、とかさ」
「それならそれでやってやるわよ、ふふふふふ」
「その格好で物騒な事言わないでくれる……?」
「そいつが悪いもん」
「そりゃそうだ」
「お待たせッス~」
「あ、トエルさん」
「わはぁ、邪悪な妖精がいるッスね」
「あはは!それそれ!」
「おいマーク」
「じゃあ俺はコイツを持って行くッス。その娘はお嬢に任せていいッスか?」
「うん!」
ぼんやりと成り行きを見ていた少女は「その娘」と指され、はっとした。そういえばこの人たちは誰だろう。助けてもらったお礼もしていない。
「楽しい事で記憶を上書きしようね!」
何かを言う前に、見たこともないフワフワな服を着た女の子が少女の両手を繋ぐ。とても楽しげな表情に向かい合わせになった少女も思わず笑ってしまった。
瞬間。
少女の両手から花が溢れた。
ドドドドドと音がしそうな勢いで花は空へと舞い上がっていく。
「行こ!」
女の子が言うやいなや、二人の体が浮いて、そのまま花の海に飛び込んだ。
視界いっぱいの花と花と花と空の青。
夢を見ているのだろうか。
目の前には妖精の女の子。
少し向こうには小鳥が飛んでいた。
とても長い間のような、あっという間のような。
足が地面に着くと歓声に包まれた。周りを見やれば広場と気づく。
「スカートをちょっと摘まんで、片足を下げて、少しおじぎをするの。できる?」
妖精の女の子の真似をして、二人手を繋いだまま並んでおじぎをすると、割れんばかりの拍手が起きた。
「うふふ。これであなたもレディね!」
ふわっと風に吹かれた。
少女はひとつ深呼吸をして「ありがとう、妖精さん」と笑った。
*
「どこの妖精が投石器の石のように飛んでいくんですか」
「や、でも、ほら、タイミング的に丁度良かっ」
「何ですか?」
「ごめんなさいルルー!カシーナさんには内緒に、」
「もう報告しました」
「嘘おおおおおおっ!?」




