書籍第1巻発売記念臨時SS! ③【昔々のラトルジン兄弟】
「あにうえ!五回くりかえしますから、みててくださいね!」
6才になり、剣を習い始めたばかりのクラウスが覚えたばかりの型をひとつ披露したいと現れたのは私の早朝稽古の時。
夜が明けきらないこの時間にクラウスは自分で起きた。しかし、着替えが一人でできずに侍女を起こしに行ったらしい。いつもシンとした時間が少しにぎやかだった理由が微笑ましい。
練習用の剣を両手で構え立つクラウスは何が嬉しいのかニコニコとしている。理由が何であれ、弟が楽し気なのは私も嬉しい。
「ああ、お手並み拝見しよう」
習いたての時は自分の振った剣に振り回され、型を覚えるのも一苦労だった。しかし大人から見ればそれがどんなに微笑ましかろうが笑われるのは本人の自尊心が傷つく。クラウスを悲しませたくはないので顔がゆるまないように引き締めた。
のだが。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュヒュン!
…………んん?
ザッ、ザザッ、ダン!
踏み込み、足捌きの音からも体幹がしっかりしているのがわかる。
……風切り音……?
クラウスの想定外の動きに呆然としていると更に速度が上がった。
誰もが型を繰り返すうちに途中でどこかがダレるのだが、クラウスの動きはますます速くなっていく。しかし体にブレはなく、踏み込みの音は重くなっていく。
……習いたて……だよな……??
「はあっ!」
可愛いらしい気合いの声で我に返ると、そこには型の最後の突きの体勢で肩を上下させているクラウスがいた。
……うん。私の弟、今日も可愛い。
「あ、ありがとうございました!」
整え切れなかった息で礼をしたからか、声がブレた。
うん。まだ子供だ。今日も可愛い。
そしてその可愛い弟がテッテッと先ほどの踏み込みとは全然違う足音を立てて寄って来る。
「あにうえ、ボクの型はきちんとならえていましたか?」
ニコニコと見上げてくる顔には何の含みもない。うん、超絶可愛い。ここで顔がゆるむのは仕方ない。
「ああ、我が家に剣豪が現れたと思ったぞ」
「む。あにうえもみんなのようなことをいうんですね。むぅ、もっとれんしゅうしなくちゃ」
先ほどのクラウスは幻だったのでは?と思うほど、可愛らしく頬を膨らませる。
「ははっ、先が楽しみだよ」
「はい!がんばります!」
失礼しましたと笑顔で去って行くクラウスを見送ったあと、地面に残されたいくつもの小さな踏み込み跡を眺める。
……6才児って、こんなにできるんだなぁ……うちのクラウスは凄いなぁ!
*
「幼い頃は何かにつけて儂の元に来たものだ、クラウスは」
「いやいや!今の回想でそれがオチとか侯爵も大概ですからね!」




