高嶺の花 7
レリィスア視点。
少し短いです。
深呼吸をして息を整えているタイトの前に、シュナイルが立った。
レリィスアは大人がよく言う『胃が痛くなる』を実感していた。
兄であるシュナイルは強い。この大会で五年連続で優勝し殿堂入りを果たした。現騎士団長が引退したら次の団長はシュナイルだと決定している。
対してタイトは農夫だが、ドロードラング領の農夫が普通の農夫ではないと国内で一目置かれている。さらに騎士団への出張訓練の日はだいたいの騎士の顔色が悪い。
どちらも強い。だからただで済むとはレリィスアも思ってはいない。
その二人の一番近くにいる審判のハーメルス騎士団長がスキップをしていたのを見て、レリィスアはさらに複雑な気持ちになった。
決勝だから異様な熱気になってはいるが、強い男同士が対戦するのも熱くなるのも分からないではない。
レリィスアの手は冷えていくばかりだったが。
「これより決勝戦を始める!」
ハッとして目の焦点を合わせると、タイト、団長、シュナイルと、並んでこちらを見上げていた。レリィスアの隣にいる国王が立ち上がると、三人は綺麗にお辞儀をした。
決勝戦前にはこの作法があったとレリィスアは思い出した。
まだ上体を倒したままのタイトを見つめる。
大きな怪我はしないで欲しい。そう強く思った。
タイトが起き上がる。
頑張って……!
思わず願った事は、愛しい人の無事。そして、勝利。
ごめんなさい、シュナイル兄様……
レリィスアは、タイト以外の誰にも嫁げないと改めて実感し、この大会が終わったら自身で修道院を決めようと思った。
そうなると、この大会はタイトを見つめられる最後の機会である。
―――お前声でけぇな。
ドロードラング領はレリィスアの常識が通じないところだった。
屈託の無い同い年の子供たちとあっという間に仲良くなって、何が楽しかったのか大声で笑ってしまった。感情を出さない事を上手くできずに日々苛々としていたレリィスアは、誰かと仲良くなるという事が楽しいものだと感じかけたところ、年上のタイトにそう声を掛けられた。
姫がはしたない。
そう言われてしまうのではと、顔が引きつった時。
「子供は元気が一番だよ」
と、頭を撫でられ、トマトを美味しいと言った時のように笑ったタイトに見とれたのだった。
それからはタイトにもまとわりついた。他の子たちに紛れて。
ぶっきらぼうなタイトは面倒くさいと言いながらどの子も受け止めてくれた。レリィスアの事も他の子たちと同じに。
いつでも向かって行けた。追いかけて行けた。
城では走れなくても、ドロードラングでは好きなだけ走れた。
ダンスが下手でも、ドロードラングでは喜ばれた。
苦手な勉強は、皆で考えた。
重いものを持ってはいけない手は、農作物の収穫でたくさん働いた。
大声を出すのは護身の訓練の時だけだったのに、ドロードラングでは大きな声を出さないと楽しくなかった。
そこにはいつも、タイトがいてくれた。
追いかけたから、待っていてくれるようになった。
追いかけなくなったら、待っていてはくれなくなった。
それが当然の事なのだと思い知った夜に、レリィスアは泣いた。
諦めなければならないタイトへの恋は、きっと諦められない。
何年もかけて、そうレリィスアは諦めた。
社交界にデビューして、たくさんの夜会でどんなに素敵だといわれる男性に会おうと、チラリともときめく事はなかった。
姿を見つけただけで胸が締め付けられるのはタイトだけ。
会えれば嬉しくて、会えなければ悲しくて。
その気持ちを自分からも隠して、ドロードラング以外では姫として恥ずかしくない振る舞いを心掛けた。
なぜならレリィスアはアーライル国の第二王女だから。
タイトには、姫として綺麗な自分を覚えていて欲しい。
いつも気付かれるように大声を出して、声がデカイと呆れられるのもいとおしい思い出だが、もう大声を出せないなら、せめて、最後に、子供にしか見てもらえなかった綺麗な自分を。
レリィスアは静かに息を吐き、姿勢を正した。
「始めっ!」
レリィスアは、手を握りしめた。




