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高嶺の花 6

タイト視点。



「準決勝はタイトさんかぁ……」


後方から聞こえた愚痴に振り向けば、次の対戦相手が苦笑していた。


「よぉ、お手柔らかに頼むな、騎士さま」


出張訓練で何度も指導した若手騎士である。タイトはにやりとしてみた。学園には入らず直接入団して下働きからここまで来た男。どんなにタイトやコムジに放り投げられてもへこたれないで掛かって来る若手だ。ドロードラングに欲しい有望株である。


「初めて見る剣です」


「お前らの油断を誘うために持ってきたんだ。ほら、持ってみ」


タイトはあっさりと木刀を騎士に渡した。見込みのある者にはドロードラング住人のだいたいがおおらかになる。他領の者はそれを有り難がるが戸惑いも多い。騎士も急に渡された木刀をどう扱ったらいいか戸惑った。


しかし、武器を使う職業である。すぐに両手で構えたり、片手で振り抜いてみたりした。


「自分で持つ分にはあまり剣と変わらない気がしますね……」


「そうだな。だから相手に使われると少し戸惑う」


「……いいんすか?俺らこれから対戦しますよ?」


「俺はこの大会でしかこの木刀を使わないからな。気になったらドロードラング領まで来いよ」


「営業っ!?」


その反応にタイトは笑った。そして騎士も笑う。


「副長と対戦するのも嫌ですけど、本気を出したタイトさんを見てみたかったんで、精一杯やらせてもらいます」


まさかそんな風に言われるとは。訓練でわざと負ける事はしないが、手を抜いた事もない。教え子にそう言われるのは少し嬉しいものだとタイトは知った。師匠であるニックたちもそうだったのだろうか?


なら。やはり負けるわけにはいかない。

負けられない理由を一つ増やして、タイトは準決勝にのぞんだ。





今日は天気がいい。


秋晴れは収穫日和だ。どれ程の取れ高か、寝室の窓から射し込む朝日に心が踊る。気合いが入る。

あの笑顔が見られる。

雑草な自分が君を幸せな気分にさせられる、たった一つの事。


他にもあるなんて思わないようにしていた。


「……人生、何があるかわからねぇなぁ……」


空を仰いだタイトの呟きに主審である騎士団長が「ジジィか」と茶化し、ついでに若手騎士には「負けたら分かってるよな?」と少々脅した。


その様子に三者三様に笑ってしまったが、騎士団長が「時間だ」と示せば顔つきが変わる。


「始め!」


騎士がタイトに突きの態勢で飛び込む。早い。

が、タイトはその剣先を木刀を擦るようにいなし、そのまま片腕を突きだした騎士の背側に回り、蹴りつけた。

そして間を取る。


「早さはいいが、その後が課題だな?」


「やっぱ、思うようには行かないっすね!」


またも騎士が飛び出す。今度は両手で剣を持ち、手数が多い。

若手にはとにかく先手を取れと教えてきた。よほどの才能がない限り、若いうちは隙など見抜けないからだ。手数が多ければ隙はいつかできる。体力に任せての作戦だが、それは若いからできる事でもある。

そしてその体力をなるべく残しながらの戦い方を、出張訓練で若手騎士たちに叩き込んできた。

うまくそれが出来ている。タイトは感心しながら受け流していた。


若手騎士の勢いはしばらく続き、しかし疲れが見え始めたところでタイトが少々油断した。手前で伸びてきた剣先にタイトの頬が引っ掛かり、少しだけ切れた。

タイト以上に相手の若手騎士が驚いて一瞬動きが止まった。タイトは呆れながら木刀を振り上げ若手騎士を後方にふっ飛ばした。


「馬鹿か。お前が隙だらけになってどうする」


背中から倒れた若手騎士はよろりとしながらも直ぐに立ち上がり「タイトさんこそ、俺の剣を弾いてないじゃないですか」と返してきた。

若手騎士本人は隠してるつもりでも、肩の上下が大きく、疲れは丸見えである。それだけタイトが彼を動かしたのだが、いつでも挑戦者は意外な動きをする。自分やマークがそうであり、そうして師匠たちを驚かせてきた。


タイトは目の前の教え子の姿に高揚しながらも、気を引き締めた。


「じゃあ、弾きに行くからな。防げよ」


げ、と顔色を青くした若手騎士に迫り、最後のおまけと上段から木刀を振り下ろした。両手で剣を持ち必死に受け止める騎士。その動きが若干間に合わず手首に負荷がかかる。それは表情に出て、騎士は歯を食いしばった。

タイトはそれを確認し、すぐ木刀を返して今度は左下から斜めに振り切る。騎士はそれをどうにか避けたが、体勢も崩れた。さらに焦る若手騎士の表情。


しかしそれはタイトの想定の半分程度の崩れ方だった。若手騎士の能力を修正しながら、タイトは楽しくなってきた。


「くっそっ!」


体勢を崩したまま破れかぶれに剣を振るう若手騎士。無茶な姿勢は威力を削ぐが、万にひとつの偶然を引き寄せる。


だが。


「おまけは一回」


騎士にはタイトが消えたように見えただろう。

瞬時に地面すれすれに体勢を低くしたタイトは騎士の両足を払って転倒させた。崩れた姿勢のままなすすべなくまたも背中をついた騎士の額にタイトは木刀の先端をつけた。


「それまで! 勝者、タイト!」


騎士団長の声が響いた。

若手騎士は荒く呼吸をしながら呆然とタイトを見上げたまま。

タイトは木刀を当てたままその姿を見下ろしていたが、騎士と目が合ったのを確認して木刀を離した。片手を騎士に差し出す。


「もう少し、いけると思ったんですけどね……」


悔しそうにしながらもタイトの手を取り、立ち上がった騎士は手を離すと頭を下げた。


「ありがとうございました」


その姿にタイトは苦笑した。師匠に負けた直後は顔を見られたくない。

だからタイトは声をかけた。


「お前はもっと伸びる。もっとな」


「っ、……ありがとうございます!」


顔を上げないままさらに深く腰を折り、そして走り去って行く若手騎士を眺めていると、騎士団長が寄って来た。


「ドロードラングは飴と鞭が絶妙だな」


タイトは団長のその言いように苦笑した。









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