高嶺の花 4
タイト視点。
初参加の大会で厳つい参加者に埋もれても、タイトは平常と変わらなかった。
というか、スラリとした体躯で頭髪の大部分が白くなってもまだ無双中の自領の侍従長が一番恐いので、厳つい男たちに囲まれるのは逆に安心できた。
見た目通りの強さならば恐れる事はない。
以前マークが出場した時から、上位四名は『騎士』を任命される。大会終了後直ぐに騎士団に入るもよし、出身領地(アーライル国内に限る。その前に基礎はみっちり仕込まれる)で騎士として働くもよし。
その制度はアーライル武闘会の人気を後押ししていた。年々参加者が増え、それに比例してお祭りとしても盛り上がる。
そして優勝者は可能な限りだが要望を叶えてもらえる。
大抵は優勝目録である賞金の増額だが、今年は成人しても婚約者の決まっていないレリィスア姫が注目を集めていた。あわよくばと貴族籍を狙う者、ただ美姫に憧れる者、賞金と持参金を夢見る者。
タイトは控え室でそんな事を嬉々として話している参加者の顔を覚えていた。対戦したらブチのめす、と。
「随分殺伐としているな」
地味に黒いオーラを発していたタイトに声をかけたのはシュナイル第二王子だ。表情は今でも乏しいが、苦笑しているのは分かる。騎士団への出張講師やドロードラング領へも家族でよく来るのでよく見知っている。身分と歳の差はあるが、友人と呼べる付き合いだ。
そのシュナイルが、平時勤務の騎士服を着ている事にタイトは首をかしげた。
「ああ、俺も出場することになった」
「はあ? 騎士団副長が何してんだよ……」
騎士団長は審判をつとめるので参加は出来ず、受付で顔を合わせた時に「いいなぁ!」と喚かれた。
「もしかして団長の代わりに出ろって言われたとか?」
まさかと思いながらもシュナイルに聞いてみると否定された。
「本当なら若手団員だけの参加なのだが、今年は何やらとんでもない噂が広がっていてな。さっきも騒いでいる輩がいたが、万が一にもそいつらを優勝させない為に出ろと言われたんだ」
「団長に?」
「父に」
タイトの体は素直にガックリした。あのオヤジ……と声に出す。
「ははっ。父に言われなかったら自分から志願したよ。大事な妹だ、賞品になどさせるものか」
参加者を眺めていたシュナイルの目が剣呑になった。タイトはゆらりと上体を起こした。
「悪いな、俺も姫を賞品として狙っている。当主命令なんでね」
一瞬丸くなったシュナイルの目は、先ほどと違い好戦的になった。
「そうか……それは、本気でかからないとな」
副長であるシュナイルが参加する事にタイトが驚いたのは、副長であるのもそうだが、五年連続で優勝し殿堂入りをしたからだ。殿堂入りは参加不可。
そうでなければタイトではなく、侍従長のクラウスの方が参加させられていたはずだ。
「殿堂入りした現役騎士が本気出すんじゃねぇよ」
「だから今回は徒手空拳で参加する。武器は使わない」
それがハンデになるかはシュナイルを知る誰もが納得しないだろう。副長の肩書きは伊達ではない。
が、それを聞き付けた輩はそれならと欲を出したようだ。控え室の雰囲気が殺伐としてきた。
薄い笑顔のシュナイルに、タイトは大きく息を吐いた。
開会式で正装のレリィスアを見た。
綺麗な姫。
手折ってならない高嶺の花。
あえて、傅くことはしなかった。
手が届かない事は分かっていたから。
ドロードラング領が無礼講を許してくれる所で良かった。
離れるまでは―――
それは、自分を騙す為の理由。
レリィスアからの好意は甘露のようで―――
年を経る毎に、意図的に距離を取った。
誰にも嫁がないのならば囲ってもいいだろうか―――邪な事を考えたからか、レリィスアと目が合った。
よく見つけたな……いや、気のせいか。
そうだろうと折り合いをつけた時、レリィスアの緊張が見えた。
姫として式典に出るのは慣れているだろうにとタイトは不思議に思った。体調不良ならばレリィスアの隣にいるその父親がこの場に連れては来ないだろう。
何緊張してんだよ、それでも姫か。しっかりしろ。
と舌を出した。レリィスアの目だけが動いた。
…………ばかだなぁ。
タイトは顔に出さずに一人ほくそ笑んだ。
タイトが大会の為に持って来た武器はドロードラング製木剣。片刃で刀身はほんの少し湾曲している。ヒズル国での主流の型らしいが、タイトにはこの形が合った。サレスティアが「木刀」と言ったので、ドロードラング領ではこの形は木刀と呼ばれている。
普段真剣を使うだろう対戦相手は、タイトの持つ木刀を見るとおおいに油断をしてくれる。細めでゆるく曲がった剣はやわに見えるらしい。
実際のところタイトも最初は油断をしていた。鍛冶班長であり武器オタクのキムが対戦相手にクラウスを指名して使い方を見せてくれるまでは。
その日ドロードラング領に激震が走った。
結果として勝ったのはクラウスだったが、おおいに手こずったのだ。ドロードラング領で木刀が流行ったのはいうまでもない。
しかし片刃に慣れない者は修得までいかなかった。形が違おうとも木刀も木剣も使い勝手は同じなんじゃないの?とサレスティアは不思議がった。
武器それぞれに癖があり、それを掴めてこそ真に使いこなせる。
サレスティアは戦闘班のオヤジたちに、タイトですら憐れんでしまう程に諭されていた。最終的にそれを助けたのは細工班長のネリアだったが、この時からサレスティアは武器に関して口出しをしなくなった。
武器の特性を覚えておきたいタイトは木刀を使い続けた。クラウスを倒す事はできないままだが、師匠のニックを追いつめるくらいには上達した。
油断を誘う為に今回の大会に持って来たが、まんまと目論見通りになった。
試合後に対戦相手から木剣を見せてくれとよく言われた。市場には出していないがドロードラング領で作られたもの、元々はヒズル国で主流の剣だと何度も説明する事になった。




