ダジルイの再婚報告
時系列はテキトーです。
本編おまけに入れられなかったのでこちらに……HAHAHA!
「「「 やったあああ!! 」」」
ダジルイの子供たちの反応に、ヤンとダジルイは呆気にとられた。
子供たちの子供たち、ダジルイの孫たちは、親の立ち上がってはしゃぐ姿にぽかんとしている。
騎馬の民は、成人してしまえばあまり表情を崩さない。家庭を持ち獲物を狩る事が多くなるので、じっと身を潜めるために表情筋は固くなっていく。子育てをする女たちは、男に比べればいくらかは豊かだが。
その息子が二人飛び上がって喜び、一人娘が顔を真っ赤にしてきゃあきゃあと言う。嫁たちも娘と一緒にきゃあきゃあと騒ぎ、娘の旦那も息子たちと喜んでいる。
「反対されるかと思ったのに……」
夫と死別したとはいえ、孫もいるような年齢である。これから子供が出来るかどうかも分からないのに、再婚など恥ずかしいと言われるだろうと思っていたのだ。
少し落ち着いて座り直した長男が笑った。
「何でさ。再婚するだけならもっと早くしたって良かったんだ。母さんは男衆並みに狩りが上手いけど、女手ひとつで大変だったろう?」
「母さんモテるのに、他の男に全然見向きもしないし、ただ父さんに操を立てているんだと思ってた」
次男も続く。
「操を立てるというか、必死に生活してただけよ……」
「そうよね。どんどん困窮して行ったから、私たちの結婚も危うかったものね」
国が疲弊していたので、国民の誰一人として裕福な暮らしは出来ていなかった。娘たちの花嫁衣装の刺繍も色の種類が減っていき、その代わりというように父親たちは必死に結婚式用の狩りをし、母親たちは揃えられない花嫁道具に裏でそっと泣いたものだった。
もう、そんな思いをしなくて済むと思うと、ダジルイも娘と嫁たちと苦笑した。
両親が揃っていてさえそんな生活だったのを、ダジルイは一人でやってのけたのだ。もちろん助けを求める事はしたし、求められた時は出来るだけ応えた。持ちつ持たれつは騎馬の民の国民性である。
だから、若くして連れ合いを亡くした場合、その後に再婚することは珍しくはなかった。ダジルイのように一人を貫く方が珍しかった。
ダジルイとしてはその日その日を生活するだけで精一杯で、再婚など考える暇もなかっただけだったが。
「……案外というかやっぱりというか、不器用だよな?」
隣に座る男に視線をやれば、口もとがにやにやとしながらも目は優しい。狡い男。ダジルイは困ることしかできない。
「そんな母さんが、ヤンさんと結婚するなんて!」
長男の声が大きくて驚くと、
「青天の霹靂!」
次男も大声で失礼な事を言った。
「ふふっ! 俺は晴れの日の雷か?」
苦笑しながらヤンが聞くと、子供たちはまさか!と言う。
「違いますよ、お母さんの方です!」
娘が言いきると全員が頷いた。それをまたヤンは笑う。ダジルイに睨まれないように顔をそむけて。
「だって再婚どころか恋愛に興味なさそうだったお母さんが!騎馬の民憧れのヤンさんと連れ添うなんて!こんなびっくり、嘘かと思うじゃないですか!」
ひどい言われようである。しかしヤンもダジルイも首をひねる。
「ちょっと待ってくれ。なぜ俺が憧れなんだ?」
「「「 誰よりも綺麗に気配を殺せて、獲物を一撃で仕留められる様に無駄が無いからです! 」」」
子供たちの揃った声に、孫たちとヤンはポカンとする。
そろりとダジルイを見るヤンの目には、そんな事で?と書いてある。
「騎馬の民にはとても大事な事です。罠要らずという事は腕が良い証拠になりますから」
ダジルイは一緒に行動していたので、ヤンのその能力の高さも尊敬しているところだが、いつその事を子供たちが知ったのだろう?
「ザンドルさんとバジアルさんがすごく褒めてたんだ。アイス屋を引退したら、騎馬の国に呼びたいって」
ああ、と二人が納得する。ザンドル、バジアル兄弟とはよく組んで仕事をした。野宿の時はヤンが狩りをした事もあったので、その時の事だろう。
ドロードラング領の執務室勤務のルイスの弓の腕も、騎馬の民の憧れであるが。
「なので、自慢します!」
次男が言うと、皆が頷いた。
その様子にダジルイは呆れながら、ヤンに対して申し訳なく思う。派手な事を苦手とするヤンに自慢にすると宣言する子供たち。反対される覚悟で来たのだが、思いもよらない事態になっている。嬉しいは嬉しいのだが。
「じゃあ、俺がダジルイをもらう事に反対は無いんだな?」
「「「 ありません! 」」」
打てば響くような返事に、ダジルイは色々と恥ずかしい。
「ただ」
長男がヤンに向かって少し前に出た。
「俺たちも家庭があり独立したとはいえ、大事な母親であるのは代わりありません。大事にしてください」
ダジルイは目を丸くした。まさか子供にこう言われるとは。
隣に座るヤンの雰囲気が柔らかくなった。
「利き腕にかけて」
騎馬の民は狩猟民族である。利き腕を無くす事はすぐ死活問題になる。そしてこの文句には、誓いを破った場合は生き恥を晒すという意味も含まれる。
騎馬の国の、絶対を表す時の誓いの言葉だ。
ヤンは、いつ知ったのだろう? この場でそれを発する、その覚悟をいつ決めたのだろう?
「泣くなよ」
その感触に慣れた大きな手と声が、ダジルイの頬を伝う涙を拭う。
「嬉し涙です」
「そうか」
抱きしめられた。
子供の成長と、伴侶となる男の優しさに、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「いい今から!ささやかですけど祝宴の準備をしますね! 夕食には間に合わせますので! 兄の家にいてくださいね!」
娘が嫁たちといそいそと出て行くと、息子たちも狩猟道具を持ち、また後で!と出て行った。
「あらま、宣言だけの予定だったんだが……いいのか?」
耳のそばで囁かれる低い声に甘えたくなってくる。ダジルイは涙がひいた顔を上げた。
「はい。孫たちの時のいい予行になりますし、そんなに大きな物にはならないと思いますから」
そう言いながらダジルイはヤンからゆっくり離れ、置いていかれた孫たちを抱き上げ、一人をヤンに抱かせた。
領地の子供たちの世話もするヤンは難なく抱っこする。
「ふっ。結婚した途端に孫までできた」
「嫌でしたか?」
「全て含めてのダジルイだ。それに、俺の今までを考えりゃ、お前の方が困るんじゃないのか?」
「全て含めての貴方ですよ」
ダジルイがお返しとばかりに言うと、ヤンはくしゃりと顔を歪めた。
「……孫の目の前じゃ、キスもできないな……」
困った事をぼやく愛しい男の頬に、ダジルイは口づけた。
嬉しそうな顔をした男に、孫たちも真似をして、頬に顔をつけた。
ダジルイはその様子が愛しかった。
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