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第33話「邪神様は温泉地から離れられない」

「お疲れ様です」

 勇者正を抱えた邪神様が温泉宿のロビーに戻ってくきた。

 魔王はタマが眠っている猫用ベッドから視線を外し、邪神様を迎える。


「タマはどう?」

「さっき安定したよ……」

 そう返したのは魔王の隣で眠そうにしている中村 総一郎(前世:賢者ラーカイル)9歳であった。


「夜にすまんな」

「気にするな。お前の存在に気づいてからどうせこうなるだろうと思ってたしな……」

 あくびをするラーカイル。規則正しい生活を送る現世のラーカイルは眠そうである。


「……まさか、分身の復活が本体であるタマの方がここまで影響があるとはな……」

 未だ苦しそうにベッドに寝かせられているタマ。


 タマの正体は古代に封印された人間の敵、封印されし獣だった。

 しかしそのタマ、もとは神使として人間を観察する存在であった。

 そんなタマが『なぜ人間にのみに害をもたらす存在に成り果てたのか?』


 それはタマが人間に寄り添いすぎたからだ。

 人間に寄り添い、ある時は助け、ある時は語らう。そんなタマに人間の感情が溜まってゆく。


 喜び。怒り。憎しみ。悲しみ。色々な感情が……。

 タマは存在が上位であるため、人間と違い都合よく忘れることができない。

 積み重なっていく感情。一つ一つはたわいもない内容、だが積もればそれは強力な力となる。


 人間に寄り添いすぎたが故、苛まれる苦しみ。やがてタマはともにいた人間たちを憎むようになった。自分に苦しみを与える理不尽な存在、人間に。

 しかしそれは勝手に人間に寄り添い、寿命のない観測者なのに、リセットする方法を持たないのに、タマの責任。


 神とは人間と一線を引くもの。存在のあり方が違うのだ、当然と言うもの。

 だが一定の割合でタマのように近づきすぎてしまう存在がいる。

 邪神様や他の、密かに降臨している神々はその対策をしていたが、単なる観測者であったタマはそれを想定できなかった。

そのため、自らに起こった不具合の解消、つまり人間の抹殺を行うことを余儀なくされたのだった。


「本体がこっちで、封印されていた方が分身とはな……」

 中村 総一郎(前世:賢者ラーカイル)9歳が『やるせない』とばかりに嘆息をつく。

 彼は今ホテルのロビーにいるものたちの中で唯一の人間であった。だからこそ自分たちに近く、自分たちを想ってくれた存在の末路が、自分たちを憎む存在になり封印までされている現場に対し含む感情があった。


「気にすることはない。タマが見つけた人間との距離は猫として近くにあることだ。封印されている分身はタマにとって過去の過ちも同じ。少しの苦痛は覚悟の上だそうだ……」

 邪神様は担いできた勇者正をソファーに寝かせ魔王とラーカイルに近づきタマをポンポンと軽く叩くと、タマは苦しそうにニャアと返す。


「正の方はいかがですか?」

「肉体は再生している。今裕也が流し込んだ壊死の呪いと戦っているところだ」

 「大丈夫だ。勇者だしな」と笑顔の邪神様。


「灯さんが真の勇者なら、正さんが勇者というのは?」

「あっちの世界だと勇者はスキルだけど、こっちの世界だと単なる称号なんだよ」

 邪神様の回答に一定の理解を示したラーカイルは、状況が安定してきたタマから目を外し、儀式場が映し出されているロビーの大型テレビに目を向ける。


『なんで裏切った! 裕也!!!』

 灯は聖剣を振い封印されし獣を斬りつけ、獣がよろめいたところに後回し蹴りでその巨体を蹴り飛ばし魔王嫁こと大神と対峙している正を裏切った裕也に叫ぶ。


『うるさい! 黙れ! 家族のためだ! 黙って死ねよ!!!』

 叫び返す裕也の左手が黒く染まる。


『魔術と呪術を修めたこの私を前にして随分と余裕ですね……、それって傲慢ってことね』

 くすくすと笑みを浮かべながら片手で2種類の術を扱う大神。呪術で身体への影響を、魔術で先ほどから風の刃を飛ばしている。


「……嫁さん、頑張ってるな」

「嫁ではないです。嫁ではないです」

 茶化す邪神様と頑な魔王。


「……魔王ってロリコンなのか?」

「……にゃ……」

 興味津々なラーカイルと、ラーカイルが手を止めたせいで状態が悪くなって苦しみとともに抗議の鳴き声をあげるタマ。


『なんでだよ! 日本人だけ死んでればいいじゃないか! なんで俺の家族が死ぬんだよ!!』

『おやおや、このネットワーク越しの異能戦争が勃発している現代で、封印を解かれた災害級の獣がその国だけを攻撃するとでも思っていたのですか? しかも二千年以上も封印されていた獣が? 言葉だって二千年で全く違いものに変わっているのに意思の疎通ができるとでも? 封印を解いた先にいた憎い人間の大事なものを攻撃しないとでも? 浅はかですね……』

 煽る大神さんと狂気に染まり叫ぶ裕也。

 普段の落ち着いた兄貴分の裕也と同一人物には見えない様子に、封印されし獣を一方的になぶりながら灯が裕也に向けていた怒りがおさまって行く。


コンコン

「……マスター、やってる?」

 宿の入り口。2重扉になっている内側の自動ドアを潜った先でわざわざノックをしてから邪神様に声をかける和服狐耳美女、獣神様。


「やってるよ! まぁまぁ、かけつけ3杯、いてみよー!」

「おー!」

「何この神様たち?」

「気にしないことが1番です。はい」

 邪神様→獣神様→ラーカイル→魔王である。ラーカイルはなぜだか魔王に親近感を感じ始めていた。


「で? どうして気づいたの?」

 邪神様のプレッシャーに向けられたわけではないラーカイルが息を飲み冷や汗を流す。


「正義の神様、あれあからさますぎですよ」

 獣神様は東京土産を邪神様に「つまらないものですが」と言って渡すと隣に腰を下ろす。


「俺たち休暇中だからね?」

「ええ、その辺りも正義の神様からとある方が尋問して把握済みです」

 凍る空気。

 理解できないが押しつぶされそうなプレッシャーに苛まれる不幸な二人。


「えっと、もしかして……」

「光の神様です」

「……その節はご迷惑を……」

 実は邪神様、勇気の神様である。


 日本に逃げてきているが、業務をホイホイと投げ出せるわけではない。なので分身わけみという名のもう一人に自分を作り出し業務を引き継いできている。


 ……ただ……邪神様の業務、一朝一夕でこなせるものではなく……数年前に邪神様の分身が光の神に非常に大きな迷惑をかけていたところだった。


 なお、神様の身分的に邪神様と光の神は同列なのだが生まれの違いから超えられない格差があった。……光に神の方が遥かに偉いのである。


「あと50年ぐらいならOKだって、光の神と闇の女神の分身が東京にいますので彼らが天に戻るまでは黙っておきますって」

「……」

 心当たりがありすぎる邪神様。そして迷惑をおかけした対象が東京にいるとなんとなく把握。


「……で」

 お土産とは別な袋から自分用のお土産の箱を開ける獣神様。ひよこの饅頭を無造作に口の中に放り込む肉食獣神様。


「ああ、そうそう」

 獣神様が指パッチンをするとロビー内の大型テレビが切り替わる。


『敵国で続々と独立宣言!』

 アメリカの放送局のニュースが流れる。次のひよこを摘み始めた獣神様以外息をするのを忘れるかのようにテレビの情報を見入る一同。


「……ということで、今回の戦争は相手が7カ国に分かれたので終わりだそうです。損害賠償とかどうするかは国際会議で決まるとのことですね」

「これは予想外だね……光の神のご意志?」

 ごくりと生唾を飲む邪神様。


「そんなことはない。光の神様そんなに暇じゃない」

 手をぱたぱたと振って3個目のひよこを摘む獣神様。

 ほっと胸を撫で下ろす邪神様。


「分身の人は10年単位で迷惑してたから、意趣返しに暗躍してたっぽいけど……」

 胃に手を当てる邪神様。


「ええっと、お中元お送りします……」

「ん。了解。そうそう私がきた本題……」

 そういうと獣神様はタマに近づき、そしてタマの頭を優しく撫でた。

 一瞬タマが光ると弱く閉じかけていたタマの目が大きく開く。


「神使なのだから人との距離を間違ったらダメだよ」

 獣神様がもう一度タマを撫でるとタマは気持ちよさそうに目を細めていた。


「じゃ、おねーさんは帰るね」

 獣神様はタマの状態をもう一度確認するとさっと片手をあげてロビーを出ていった。


「もう23時近いし泊まっていけば良かったのにね」

「……そういう問題では……」

 邪神様の言葉で凍りついていたロビーが再び動き出す。

 大型テレビに映し出されていた敵国の分離独立が進む様子から、再び灯たちの儀式上に設置されている監視カメラに切り替わる。


『じゃあね』

 そう灯は短く呟き聖剣を封印されし獣に突き刺した。

 そして連動するように儀式上の床面がひかり、封印されし獣をゆっくりと飲み込んでいった。

 再封印完了である。


『……くっ、殺せ』

 手足を大神の呪術である樹に飲み込まれ身動きが取れなくなった裕也が呟く。


『残念。あなたは証人として生かされますの……では次は尋問の場です。頑張ってください』

 大神はそういうと右手を挙げ、術を発動させる。

 すると裕也は青い光に絡まれて意識を失った。

 状況終了である。


「あーー、しまった! 見逃した!!」

 邪神様は慌てて声を上げた。


「あー、はい。はい。ご苦労様です……。邪神様、市内の騒乱も終息したっぽいです」

 魔王が教団幹部からの報告を受け邪神様に告げる。

 締まらない形でこの騒乱は終了していくのだった。




ーーー東京;ぽんちゃん視点


「……ふむ、……ふむ、……そうか……」

 黒い狸vs青龍刀を振り回す大男の戦いも敵国の分裂で収束を迎えようとしていた。

 無線から手を離し、消化不良を顔に出した大男は青龍刀を握り直し、そして離すと黒い狸に向かって青龍刀を投げ渡す。


「私は本国に戻る。あちらの騒乱をおさめねばならなくなった。……あー、日本政府とは話が通っているそうだ。うちの国は親日国らしいでな、政府同士このケースも想定済みだったそうだ……。おい、狸。騒乱が終わったら招待するぞ。我が国に来い。このままでは消化不良だ」

「俺はいいんだがな、もう一人がな……」

 やっぱりこうなったか……と黒い狸は呆れている。やはり脳筋、諦める方向で話をまとめる気はなかったようだ。


「そうか! それは良かった!」

(よくねーよ! 絶対に行かねーよ!!!)

 黒い狸の回答を了承と受け取り颯爽と去ってゆく大男。その背中に向かって嘆きぶしの儀式上のぽんちゃん。


「おい、白いの。専業軍人は各派閥……いや、各国が引かせているだろうが、まだ戦場の暴徒どもは残っているだろ? 早く次に転送しろ。どうせこのあと数ヶ月は『何人救えなかった』とかウジウジするんだ。その数ぐらいは減らそうぜ」

(……)

 黒い狸はもう1人の人格からの返事が返ってこないまま黒い狸は別現場に転送される。


「やれやれ、臍を曲げたか」

 困ったものだ……と呟きながら、黒い狸は転送先の暴徒鎮圧に取り掛かるのだった。



ーーー東京;雨野拠点

 それは封印されし獣が裕也によって解放され、敵国で被害が広まり始めた頃だった。


「……閣下。此度の計画は失敗に終わりました。手筈通り退避願います」

 予測外の事象に混乱する司令部の中、即座に司令補佐が雨野の隣に立ち雨のだけに聞こえる声で言う。


「……どこに逃げろと」

 敵国が分裂してしまった。

 誼を通じていた軍閥がどうなったのかもわからない。無事だとしても今、日米と対立してまで自分たちを匿ってくれるだろうか……。そんなことはないだろう。


「終わったのだ……。我々の革命は潰えたのだ」

 はっきりとした、だがさほど大きな声でもない雨野の言葉が静かに拠点内に響き渡った。

 自分たちの王が下した最後の決断を、誰もが手を止めて聞いていた。


「各地の同志へ投降を呼びかけてくれ、私は……奥の部屋を使う……」

 そう言い残すと雨野は重い足取りで奥の部屋へ向かう、その瞳は年相応……引退しやることを失った老人のような力の弱い瞳だった。


 その雨野に向かい誰からともなく立ち上がり敬礼を始める。

 それは自分たちが外患誘致で処されることを理解している部下たちからの最後の敬意だった。

 そしてその敬礼は雨野に拐かされ参加したのではなく、自らその罪を背負い雨野の思想に賛同したことに後悔はないという意思表示でもあった。


「……」

 雨野は一時足を止め周囲を見回し、再び歩みを進める。

 雨野の瞳は革命のリーダとしての力強さを取り戻していた。

 奥の部屋で自害しようとしていた雨野に最後のけじめをつける決意を部下たちが持たせたことになる。



ーー封印温泉


 革命事件から数ヶ月が経過した。

 数多くの人命が失われ、戦争の脅威を再認識した事件から数ヶ月。

 事件は未だ薄れてはいないが、人々は徐々に日常を取り戻しつつあった。


「ふ〜」

 朝風呂を楽しむ邪神様。

 人間は面白い。

 生物は面白い。

 神の視点からは気づかないことを気づかせてくれる。

 人間の体に籠り、金を稼ぐことにあくせくしながら生きていくとわかる。

 大きな物や事は小さな物や事の重なりだ。

 物質の量子や分子の考えは神々にもあったが、それがどう作用するかなど観点になかった。観測できない程度の微量のものだったからだ。

 この宙域を管理する神の視点は惑星単位だ。

 細かなことには気づけない。


 だから神々は生き物が好きだ。

 だから神々は人間が好きだ。


 邪神様は今、人生の深みを味わっている。

 夏が過ぎ朝風呂が少し肌寒くなる季節になると夏の雰囲気とまた違った楽しみがある。

 さっぱりした後のご飯も、その後予測しているようで予測していない業務の驚きもまた楽しみである。


「邪神様、早く出ないと朝ごはん下げられちゃいますよ」

 魔王がもう隠そうともしない。


(あとでしばく)

 邪神様はそう思いながら露天風呂を出る。

 濡れた肌に風がふき肌寒さを感じる。


「さむ、さむ」

 強制的に意識を覚醒させられた邪神様は小走りで屋内に戻る。

 これもまた人間特有。

 神では感じられない。

 そもそも神は暑さも寒さも感じない。

 太陽系を俯瞰し、この空間を維持するために監視する存在だから。

 だから人間が面白い。

 もうしばらく邪神様は業務に戻るつもりがない。

 邪神様は温泉地から離れられそうにない。



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