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第27話「外患誘致」

「勇者本家攻略部隊から報告、目標を確保したとのことです」

 雨野は朗報に安堵する。大勢を抑えても大義が崩れては意味がない。

 雨野の大義、それは実力主義による完全な能力評価制度の確立である

 しかしその力が暴走したのでは意味がない。勇者本家はまがいなりにも2000年という長い時をかけて日本を裏から守ってきた一族。生き残りがいれば反乱の旗頭にされてしまう。今回雨野はかなり危ない橋を渡っている。故に作戦は迅速に行わなければならない。


 そしてことが終われば勇者本家を取り込み表と裏ともに制できる。

 雨野はふと、確保した勇者正の妹である灯を思う。それは苦労を重ねた挙句若くして亡くなった姉と重なった。

(……恨むがいい。勇者本家という犠牲のもと、私は誇れる日本を作ろう)


「報告、都内各所から友軍蜂起」


 雨野に失敗は許されない。

 今の政府にとっての外敵を招き入れてまで行った革命を失敗などできない。

 国内で何千と何万という民間人が死ぬだろう。それは名誉ある死ではない。虐殺と陵辱。先祖代々守ってきたものの簒奪。変化に必要な犠牲。雨野はすでに決意している。それでもなさねばならないと。この国は緩やかな死に向かっている。だからこそ劇薬を飲んでも生き残る必要があるのだ。


 こうして自分勝手な男が起こした前代未聞の革命は切って落とされたのだった。


--ポンちゃんと呼ばれた男

「江戸川区、江東区、武装蜂起民の制圧完了を確認! ぽんちゃんやりますね!」

 畑野の部下で2週間前にこの面倒な業務を押し付けられた男、本間 海狸(25)に国防軍がつけた連携役の竹田が報告した。


「ぽんちゃんはやめてーーーー」

 とぽんちゃんと呼ばれる男、本間は叫んだ。

 ぽんちゃんは今高層ビルの屋上、そこに1週間かけて構築された儀式場の中心にいた。


「では、次。この呪具で行ってみましょー!」

 明らかに呪われてそうな昭和レトロの姿見が運び込まれる。


「……なんか枠の一部が赤黒……」

「いや〜、人間増えると呪いも増えて嫌になっちゃいますよね〜」

 対呪用の手袋で慎重に儀式場の中心に運ばれる姿見。

 ぽんちゃんは少しやな気持ちになった。


(お、相棒。おかわりが来たのか? やはりガチ反乱は大変だな)

 ぽんちゃんの中の人が言う。


 そう、ぽんちゃんはただの人間ではなかった。

 異能の中でも特殊な類の能力者である。

 そう、転生者。


「……気楽でいいな。俺は気が重いよ……失敗したら人が死ぬんだぜ。救助が遅れても死ぬんだよ? 昔と違って情報社会だから遺族とか被害者の悲しい物語を後で聞かされるんだよ? ああ、あの時救えたなぁとか思っちゃうんだよ……」

 ウジウジぽんちゃんである。

(じゃ、見殺しにするか?)


「しない」

 ぽんちゃんが短く、しかし強い意思で言葉を発したことを確認すると竹田は儀式場から離れる。


(よく言った。では次の地域だ!)


 ぽんちゃんは転生者。しかも特殊な。


 ぽんちゃんは魔王の嫁だった大神とは違う、どちらかというと魔王寄りの転生者だ。

 他の世界のシステムが構築する力の流れで産出された化け物。破壊の化身。しかもぽんちゃんは何度もその役割に転生している。生まれ、世界を呪い、死ぬ。そして記憶を失い再度生まれ直す。

 数十度の転生を経てぽんちゃんは僅かな記憶を維持していくことになり、2つの意識と体に分かれた。

 世界を呪う自分と、自分を呪う自分。

 お互いに呪い合いながらも、殺し合った。嫌い合う反面お互いにお互いを助けたかった。

 ぽんちゃんとして転生したのも世界のシステムから逃れるため、世界を渡った。

 だがダメだった。世界の強制力は世界を超える。


 そしてぽんちゃんは今世も対立した。

 ただ一つ違うのは現地の友人に殺されたこと。

 ぽんちゃんの中にいるもう1人のぽんちゃん。善と悪の役割を交換し、何十回も殺し合った。お互いに。悪の役割を担った方が善の役割を担った方に殺される。善の役割を担った方も自分の半分を殺したことで数年で己を溜めてなくなり、死ぬ。


 今回は違った。

 お互いに正気を保ったまま、悪の役割を担った方が他者に討伐されてぽんちゃんはこちらの世界に戻った。


 ぽんちゃんのメインの人格は今回『善』を担当した方。

 ぽんちゃんの中の人格は今回『悪』を担当した方。


 異世界より帰還したぽんちゃんは畑野に目をつけられ、お互いにお互いを想いあっていた2つの人格が協力して生き残る術を手にした。対価として業務を押し付けられたのだが……。


「いくぞ!」

 言葉と共にぽんちゃんの目の色が変わる。

 和風の儀式服を纏った肌が合わせて変化する。

 同時に儀式場に置かれた呪具から赤黒い霧が立ち込め、異様な雰囲気が辺りを包み込んだ。次の瞬間、12本の尻尾がぽんちゃんの背後から現れ、またたく間に呪具を取り込んだ。

 そしてぽんちゃんが浮かぶ。同時に儀式場の床が赤く光り出す。そして光は周囲に設置されていたサーバへ接続された。


「化身召喚!」

『おお!』

 ぽんちゃんの背後に巨大な狸が現れ、強烈な光を発する。

 それは畑中が用意した最強のクーデター対策であった。


ーー某県市街地

「将軍、参りましょう!」

 将軍と呼ばれた大男は祖国より取り寄せた武具を身につけ立ち上がる。

 顎髭を蓄え、大柄で筋肉に囲われた屈強な体。

 長い柄の先に幅広で湾曲した刃がついた青龍刀は青く光り、それが異能に関わる道具であることは一目瞭然だった。


 彼は日本と敵対する大国が抱えるトップ異能『5虎天』、その最後の1人だった。


 『5虎天』がネットワーク経由で日本を攻撃した10年前、日本の勇者夫婦によって攻撃を封じられカウンターで『5虎天』のうち4名が死亡した。


 敵対する大国は建国より数十年、当時は経済も好調期を迎え、増長していた。新興国として人口をベースにした供給、『世界の工場』を自称していたその国は周辺地域への侵略欲を隠さなくなっていた。軍事侵攻を行えば国連を中心とした世界秩序に喧嘩を売ることになる。それはいかに敵対する大国とはいえ現実的な話ではなかった。


 敵対する大国は新興国であり、量はあったが、質が追いついていなかったのだ。

 だから敵対する大国はやり方を変える……浸透工作へ。

 移民として受け入れられれば、内部から徐々に影響力を拡大していくことができる。

 内側からその国の防御を一枚また一枚と剥いでいく戦略を取る。


 うちなる侵略を始めた際、敵対する大国にとって一番の障壁となったの日本だった。

 敵対する大国の判断は独裁国家だったため早かった。

 敵対する大国は当時世間的に非公表とされていた異能を用いて、ネットワーク越しに大規模な先制攻撃を加えたのだ。


 その結果、想像以上に強力だった勇者本家による反撃を受け、攻撃に参加した世界的強者と認識されていた『5虎天』のうち4名と多くの優秀な異能者が死亡している。圧倒的な敗戦である。


 もちろん敵対する大国は国際社会から無法な攻撃に対し非難された。

 だが当時非公開だった異能によるネットワーク越しの敵国民への攻撃など肯定しようもなかった。

 詰まるところ『裁く法がなければ無罪』と言う話やつである。


 居直った敵対する大国は逆に各国への恫喝を始めた。少なくない被害を受けた日本を例に出し、自分たちの損害を見せないようにして、崩壊した異能軍がまだ存在するように見せて……。


 それに対応するため世界は徐々に異能という技術を公開し始めた。

 それがネットワーク越しに多くの被害を与えることも併せて……。

 少しずつ異能を特殊情報技術として公開を始め、使用に関する国際的な取り決めが決まっていた。


 公然の秘密であった10年前に行われた敵対する大国の攻撃は、その筋では日本と敵対する大国は痛み分けとされていた。


 実情は日本で突出した勇者本家の人材がいなくなった。

 そもそも勇者本家は世界的に最大級の脅威とされている『獣』を封じる役目があったのに……だ。

 そんな状況であるのに、この攻勢のあと勇者本家には『封印のお役目』に加え、国防にも正式に組み込まれることになる。


 親の世代より急激に増えるお役目。

 昔の世代では考えられなかった。しかし高速通信網の普及により人々は便利な生活を得た反面、サイバーと異能を組み合わせた脅威にも脅かされることになった。

 歴史的経緯に興味のない政治家たちはこう考えた『これまで成果もなしに飼ってきた勇者家を有効活用できる世界になった』と。彼らにとって数字や効果が見ない『封印のお役目』などあってないようなものであり、勇者本家は『伝統によって生かされてきた』者たちなのだ。


 しかし日本では勇者分家がこれを契機に表と裏の権力を握ることになった。

 雨野が半世紀かけた裏工作と専門家としての上手い立ち回りの成果である。


 敵対する大国ではどうだろうか……。

 ネットワーク越しの呪術攻撃を仕掛けたのは『5虎天』のうち4名と千人に及ぶ有能な異能者たちである。

 一撃必殺。先手必勝。人類初のサイバーを用いた遠隔呪術攻撃に全力をかけた結果、敵対する大国が抱える異能者の6割が失われた。得た結果は日本のトップ異能者2名。

 被害甚大である。

 だが、敵対する大国はその被害を公言することはなかった。

 そんなことをすれば敵対する大国の独裁者たちは内政に敗れ命がない。

 だから彼らは虚勢を張り、外交での口撃のみにとどめながら時を待った。


 今回、10年前にも劣らぬ戦力を投入している。

 それはネットワーク経由の攻撃ではない。

 通常の労働者として各地異域に浸透し、ローカルのネットワークから現場参加型の攻撃を行っている。

 これには現地協力者である雨野の協力が大きかった。

 今回の革命が成功すれば、雨野は敵対する大国を後ろ盾とした正式な国家、その国王となる。歴史上初めて日本の制度を壊した人間になる。


 さて話を戻す。

 この場にいる『5虎天』、その最後の1人は敵対する大国から雨野への支援である。

 雨野が勝利した場合に、英雄的な行動をとった雨野を支えたのは敵対する大国、つまり協力という飴の形をとった雨野への奴隷の首輪である。


「略奪は勝利者の権利だ。皆の者、奪え! 犯せ! 殺せ!」

 大男の青龍刀は光を赤に変え、敵対する大国軍でもエリートたち、異能を収めた500名を鼓舞する。

 大男はこの空気が好きだった。この瞬間だけが世に蔓延る『倫理感』『法』を忘れられる。戦争は勝者こそ全てだ。


 目標は日本の中枢を落とすこと。

 雨野が作る日本を実質植民地(好きにできる遊び場)にすること。


 この大男は物理で戦うのが大好きだった。

 10年前の大規模呪術攻撃に参加しなかったのは性に合わない作戦だから参加を拒否している。

 それが幸いし敵対する大国は『5虎天』という看板は保たれた。


(国のため? 違う、強者がいるからだ。こい! 日本の強者よ。私を満足させることができねば、お前の民族は……)

 大男は出撃する部下たちを眺めながらかつて見た、敵対する大国の侵略により富を奪われ、文化を奪われ、奴隷以下に落ちた民族の末路を思い浮かべる。彼らが降伏する前に見せた抵抗は当時若かった大男にとって刺激的な出来事だった。


(さぁ、全てをかけて抵抗しろ! 俺を楽しませろ!!)

 そろそろ『自分も出るか』と側近を見る大男の耳に爆発音が響く。


「何があった!(きたか!!)」

 大男は内心で興奮を隠しきれずにいた。

 

「……」

「どうした早く報告せぬか!」

 急かす大男に対し、側近は応えない。

 そして再度爆発音と衝撃。

 衝撃に揺らされ、ゆっくりとしかし静かに側近の首が落ちた。


(いつ斬られた? 何に斬られた?)

 爆発音と悲鳴が続く、青龍刀を構えた大男は辺りを見回すが、敵の姿は見えない。

 増える被害、見えない攻撃。


「そこか!」

 大男が青龍刀を振り抜いた先に1mほどの黒い影が現れ、刃と激しく火花を散らした。

 次の瞬間黒い影は大男の視界から消える。

 しかし大男はもはや『黒い影』を認識した。

 だから……


「そこ!」

「……」

 2撃目。これも防がれる。

 黒い影はこちらを見え据えると小さく舌打ちをしたように見えた。


「不遜! 不遜! だが、それが面白い!!」

 大男の異能は身体改造、仙人のそれに近い。人体を逸脱し、自然現象を操る。純粋な暴力。それが大男の在り方だ。

 その後大男は仙術を用い10回の攻撃を繰り出す。


「……面倒だな」

 大男を相手にしながら敵対する大国軍でもエリートたちを殺し続けた黒い影は小さくつぶやいた。

 ただの殺戮兵器だった黒い影から初めて意識を、感情を感じる。


「……しかしここが本命か……おい、ぽんちゃん。こいつを殺せば制御が楽になるぞ」

 黒い影の正体はぽんちゃんと呼ばれる男、本間 海狸(25)の別人格である。

 この攻撃は転生者であるぽんちゃんの特殊能力である。

 力の源泉は儀式場にいるぽんちゃんのメイン人格。

 この攻撃は呪具を燃料にし、ネットワーク越しに黒い影=タヌキの化身を操っている。

 しかし呪具を燃料にして力を制御するのは非常に困難。そのため2つの制御が必要としていた。

 メイン人格は力の制御。サブ人格は化身の制御。

 人情かなメイン人格と冷酷なサブ人格。良い役割分担であった。


「ふっ、やるじゃないか。……大男、お前はメインディッシュだ……少し待っていろ」

 黒い影、いやアニメのキャラクターのような二足歩行する黒い狸はそれだけ言うと消える。

 大男は逃さないと、黒い狸をおうが追いつけない。

 黒い狸は通信機器を辿り敵対する大国軍でもエリートたちを狩り殺していく。

 昨今重要視されたネットワーク越しの異能攻撃、化身を飛ばす攻撃は行き着いた先である。

 普通の人間ではできない。

 妖や召喚獣などを用いる術者にもできない戦術。肉体を情報に変換してこんなにも頻繁に送り込むなど正気の沙汰ではない。通常の術者がやれば肉体に欠損が発生する。それはほぼ100%。近年敵対する大国軍内でも数多くの実験が行われたが不可能とされていた。

 それをこんなにも頻繁に、こんなにも簡単にやっている。


「恐ろしいな……(だが面白い!!)」

 大男は味方を助けることを諦め、自らが装備してる通信機器を投げ捨て周囲の味方……だった遺体たちと共に360度範囲攻撃を放ち自分への接近手段を排除して戦闘に備える。


「……待たせたな」

 数分もしないうちに味方は全滅、月明かりを背負った黒い狸がゆっくりと大男に近づいてくる。


「……まったぞ。長かった。最近の若いもんはネットワーク越しにこだわり過ぎていかん。血を感じなければ命をかける意味がない。殺し合わねば高めあうことなぞできない。50年ぶりか、このような強者に出会えるとは」

「……いや、50年って。俺が待たせたのは数分だが……」

「お前が生まれてくるのが悪いのだ」

 大男はガハハと笑いながら構え直し、獰猛な笑みを浮かべた。


「……懐かしいな。あっちでよく見かけた戦闘狂バトルジャンキーか、いいぜ短い時間だが楽しもうぜ」


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