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第26話「革命の火種」

「ああ、不公平だ」

 それが雨野の始まりの言葉だった。

 戦後に生まれて大家族の中で育った雨野。

 早くに父が亡くなってしまったため、上の兄や姉たちが戦後の混乱期を生き残るためまさにその身を削って生かしてくれた。

 10歳の時である。上の兄が亡くなった。20後半で会社を建て、自分の人生を謳歌しようとする矢先のことだった。

 粛々と執り行われた葬式ののち、姉が嫁にいった。兄の会社を支援してくれていた資産家の息子のもとに。

 その時雨野や下の兄や姉達は詳しい内容を知らなかったが、姉の決断が自分の意思ではないことを知っていた。

 そもそも兄の死因に不審な点があった。死因は泥酔で足を踏み外し、海に落ちての溺死である。

 ありえない。酒に強く友人が酒に潰れてもケロッとした顔で帰ってくる兄が、どんな酒を飲んで前後不覚になり海に落ちるのだ? 雨野の疑念はその後の資産家達の動きで確信に変わった。兄の立場に資産家の息子が立ったのだ。組織をまとめるのとアイディアを実現するのに姉を使って。


「力があれば、立場があれば人を殺しても……大切なものを奪っても……罪にならないのか……ああ、不公平だ」

 だから雨野は壊すことを誓った。

 大事なものを奪い、壊し、踏み躙った。社会を……。


 優しい光ほど、影は深く濃くなるもの。

 亡くなった本人達の意思は関係ない。

 生き残った人間だけの問題。


 雨野の意思は70年前に確定した。


 この社会に革命を起こす。

 

 それは雨野のなかでは正義である。

 ひいては世のため、人のためになる活動。


 生まれで差別されない社会。

 飢えのない社会。


 他国での失敗は特権階級を残したためであり、雨野は徹底的に排する。

 特権を持つのは自分だけでいい。


 自分が死んだと混乱する?

 それまでに次の実力者を育てればいい。


 力が全て。

 それがシンプルでいい。


「雨野様、準備が整いました」

 軍服を着た中年の男が雨野に敬礼をする。

 ここは雨野のグループ会社の工場、その地下深くに作られた指令室。


「ああ、ご苦労さん」

 緊張感が走る。広く人も多い空間。しかも地下であるため陽の光も外の音も入らない空間。

 そんな中、全員が雨野の声を待っていた。


 09月20日 21:59


 祭りが終わり、裏の儀式が始まる時間まで1分。

 雨野が周りを見回すと老いも若きも同じく、皆一様に緊張した面持ちで、しかしてその目にはいろいろな情熱を受けべ、息を潜めていた。

 

 09月20日 22:00


 定時を超えた。作戦決行の合図を待つ時間が始まる。


 09月20日 22:03


 そわそわと時間を気にする者が増える。


 09月20日 22:10


 開始にして最大の障害排除ができなければこの計画は終わる。

 実行には移されていない。計画のデータは決行の合図が上がらなければ速やかに物理で破壊される。

 動かされた部隊、動いた組織、全てが断罪の対象になるだろう。

 決行の合図が上がらなければ内乱罪で処断されるだろう。

 この場にいるメンバーはもはや日の目を見ることも叶わないのだろう。

 だが、それでも!

 彼らには大義があった。

 理不尽に立ち向かえなかった。不遇に耐えるしかなかった。理不尽を受け継ぎ、理不尽を与えなければならなかった。何故しなければならないという事をやらなければならなかった。

 人と人、人が最強の生物であるのは群れでの話。

 単体の人は弱い。

 組織になると恐ろしく強い。

 その強さを己の強さと履き違えた人間。立ち位置を実力ではなく血統で引き継いだ愚か者。

 試験、勉強を否定はしない。しかし立場があれば、結果から逆算すれば……。結論ありきの実力測定で実力が測れるのか? それは実力ではなく、ただの継承に過ぎない。そしてそれは過去の事象も継承する。現代に合わない事柄。先達が残した違法行為。

 一般人からそのような世界に入った人間はそれに染まり切ってしまうものと、適応しつつも不満を積もらせるものがいる。

 雨野が少しずつだが確かに後者を集め、支援した。

 雨野の半世紀の努力により、革命が今始まろうとしていた。


「……儀式失敗を確認!」


 09月20日 22:11


「作戦開始! 皆の者! 日本の夜明けが始まる! 命をかけろ、明日の国民の為に!!」

 雨野の号令と共に全員が一斉に動き出す。

 長い夜が始まろうとしていた。

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