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第25話「勇者の一族3」

「……はい……はい」

 封印温泉の裏山、人気のない場所で高橋 裕司こと裕兄は携帯電話を耳に当てながら、うんざりした表情で空を見つめていた。


「……承知しております。しかし現状、当主は何も……はぁ……。……まて、家族は関係ないはずだ! ……わかりました。タイミングは……正気ですか? ……承知しました。……で、家族は今……は? まて! 『以上』じゃない! 切るな! クソッタレ!!!!」

 裕兄の叫び声は人のいない山に響きわたる。

 家族を人質に取られた上、裕兄の状況を考慮しない一方的な命令に生来の感情的な性格の裕兄は怒りを抑えられない。


「……正、すまない。俺はお前の味方ではいられないようだ……」

 裕兄は苦悶の表情を浮かべながら、荒くなった呼吸を整える。

 簡単な電話一本、小さくも決定的に勇者正と高橋 裕司の20年の関係は打ち壊された瞬間だった。

 分家筋の裕兄には反論する術はなく。

 さらに家族まで実質人質に取られては従う他ない。


 一方、封印温泉内でも不穏な動きが発生していた。


「小野さん。話は聞きましたか?」

「……春野さん。その話、ここでしない方が良いです」

 支配人兼勇者正の秘書である小野と料理人の春野は、誰もいない一室で声を顰めながら話をしている。


小野は特に先代から勇者本家に仕え、勇者正の信頼が厚く、若くして当主となり右も左もわからなかった勇者正を支えた人物で、現在の勇者正とその重要な秘密を多く知る立場にある人物である。

 表向き、先代・先先代勇者に大恩あり、恩義に報いるため年若い勇者正を支える。表向きの話である。裏向きの話は雨野家を支えるスパイである。特に雨野の嫁に子供の頃助けられたことがあり、絶対の忠誠を誓っている。


 一方春野は表向き陽気な料理人である。裏の顔は異能犯罪者である。犯罪者と言っても異能を表沙汰にできていなかった20年ほど前の話。現在のように法整備されてはいないが、裏の法理で捌かれている。その際に雨野家が春野の弁護に回ってくれたおかげで死罪を回避し、現在の法と同程度の処罰を受けるに留まった。そしてその後の更生にも力を尽くしてくれた雨野家に春野は軽薄な空気とは異なり並々ならぬ忠義心を抱いている。


 残念ながら封印旅館業務の中心人物はこの2人と同じように分家筆頭の雨野家に忠誠を誓う人物がそろっている。


「正君には申し訳ないが、これも時代の流れ……」

「ははは、先代様の時から裏切っていた男がよくいう」

「言ったでしょ、時代と。戦後の混乱期より闇に潜んだ異能が再び日の目を浴びる時代が予測されていました。それに対処も対応もできそうになかったのです」

 春野に突っ込まれるも小野はすこし楽しそうに返す。

「時代はお館様のような方を求めているのです。伝統は変わらなければならない。我ら勇者一門という異能防衛の中核を担う一門であれば尚更。世界では名門より実力です。日本も実力主義にならねば未来はないのですよ」

「そらぁ、そうだ。でも正の坊と灯の嬢ちゃんは可哀想なことになるな」

「大丈夫です。正様は本家の当主様をお辞めになるだけですし、灯様は普通の女子大生になるだけです。むしろ現状よりマシな環境になりますよ」

「……ま、俺らが気にしてもしょうがないか……」

「ええ。そうです。あとこのような無駄口は人気のないところでしましょう」

「ああ、そうだな。正の坊と灯の嬢ちゃんがいないからと迂闊だったな」

「はい。でも気持ちはわかりますよ。陰に潜み耐えて支え続けてきた雨野様が表舞台に立つのです。末端にお仕えする我らもワクワクするというものです」

「ああ。楽しみだな……」


ーーその頃、勇者正と妹の灯

「儀式の準備としては、これで終わりだな」

 タクシーの後部座席で勇者正は大きく伸びをした。

「兄ちゃん、お疲れ」

 灯は兄の肩を軽く叩きながら、優しく微笑む。

 1週間後に予定されている封印儀式の打ち合わせを終えた帰りである。


「俺に何かあったら……灯、お前がやることになるんだ。よく学んでくれ」

「やだよ。縁起でもない。あと面倒だから兄ちゃんに何かあったら別な人に……」

 灯は普段自分に激甘な正が、今向けてきている空気に軽口を閉じる。


「……灯、冗談ではないんだ。……頼むよ」

「……わかったよ。でも、冗談で済ませてよ……」

「ああ……」

 正はそう呟くと車窓に視線を向ける。

 薄暗くなり街灯が明るい。

 少し寂しさを感じる光景。

 これから毎年行われる祭りとそのメイン行事である封印の儀式。

 封印の儀式は表に披露される伝統的な舞と、裏で行われる封印の儀式。

 両方を奉じる必要があった。

 邪神様では封印温泉で封じられている獣はこの地方では『お猫様』と言われ昔から祀られている。ご祭神として奉じているのは勇者本家に最も近い分家。神楽を舞うのは勇者本家と決まっていた。

 それが二千年以上、この地に災いを封じてきた儀式。


「……」

 毎年の事。勇者規が受け継いで10年慣れた儀式。……のはずだが、勇者正はスマホのメッセージを見て不安を覚える。


『分家が動く。分家を信用するな』

 1文だけ、東京の協力者畑野からメッセージが来ていた。

 畑野は信用に足る人物だが、数年の付き合い。

 この地の分家は勇者正が生まれてからの付き合い。

 付き合いの長さは感情をひきずらせる。

 理屈の正しさは行動を促す。

 畑野が言うのは当然のこと、先日の会議で決定的な失態を犯した雨野に、雨野とベッタリだった分家の者たちが同調するのも自然な流れだった。

 追い詰められたものは噛み付く。一番効果的なタイミングで。

 しかし情はその判断を鈍らせる。

 その鈍った判断は致命的な結果をもたらすかもしれない。

 それは正の両親のように、祖父母のように。

 ……だから正は灯に勇者としての義務を伝えることにした。

 灯は女だ。正に何かがあった時に、もし雨野が勇者本家となった場合でも、灯が雨野家に取り込まれればこの封印を守り続けることができるだろう。

 これは正の、勇者としての打算。

 しかし灯の幸せを願う正の感情はそれを否定する。

 こうして勇者正は儀式までの期間、もどかしい感情を抱えながら過ごすことになる。

 儀式が何事もなく終われば……それは希望的な観測でしかなかった。


ーーー人が多くなってきたので登場人物紹介ーーーー

▪️封印温泉

 ・菅原 正(勇者正):封印の勇者。温泉の主。勇者本家当主。男。25歳。両親の死を期に10代で温泉と勇者を引き継ぐ。

 ・菅原 灯(灯ちゃん):女子高生。女。16歳。小学校入学時に両親を失い一時引きこもるも今では元気な女の子。少しファザコンの気がある。

 ・大神 真由美:女子高生。元公爵令嬢、元王妃、元魔王の嫁。女。16歳。今世での生き方を考えるように邪心に諭されているが目的は転生時に設定されている。なお今世もお嬢様である。

 ・高橋 裕司:分家から派遣された勇者補助。男。30歳。細身。正とは20年の付き合い。

 ・小野:温泉の支配人。雨野のスパイ。10代で温泉と勇者を引き継いだ正から言葉巧みに雨野に権限が委譲されるようにうごいた。現在、勇者本家当主交代計画の末端を担っている。

 ・春野:温泉の料理人。元異能犯罪者。雨野に庇われ、更生の道を示してもらった恩を感じている。現在、勇者本家当主交代計画の末端を担っている。


▪️神々

 ・天野 隆(邪神様):新進気鋭の社長。勇気の神(1級神)。男。29歳(見た目&社会身分)。封印温泉を常宿にしている客。

 ・英比 轟介ゴウちゃん:邪神様の分身(子供)。男。9歳。

 ・ジャン・ポール(魔王):副社長。男。

 ・大企業の神:前の邪神様人間体を発見した神。商売が面白くて現在目的を忘れている。

 ・天使:邪神様を見つけるも功を焦って逆に邪神様に囚われた可哀想な神使。邪神様から神界への報告を禁止されている。だが仕事熱心なため何度も説得しようと現れるも、現世の事情に疎く説得できていない。現在はとある教団幹部にラーカイル流を教えるインストラクターをしている。

 ・正義の神:映画スター。正義の神(2級神)。男。38歳(見た目&社会身分)。認識されている降臨した神々の中で最高神。異能に関する取り扱いに国際強制力を持たせている権威の象徴。

 ・ジャスウィンダー・メイソン(ジャス):正義の神の分身(子供)

 ・獣神様:エロい系和服獣娘。女。神(3級神)24歳(見た目&社会身分)。地球上にというか東京に旦那様がいる。限定品に目がない。


▪️東京の人々(正の味方)

 ・大臣:偉い人。清濁合わせ飲むことのできる政治家。政治的な目標のためにも大義としての後ろ盾(勇者)が欲しく。雨野に代替わりされると不都合を感じている。また雨野の野心が勇者本家だけではないと警戒している。

 ・畑中 勝:異能協会会長。男。45歳。本人の異能は秘匿しているが奥さんが有名人。雨野家の動きにイライラする数年を送っている。そのためそろそろ潰してしまおうとか画策している。ちょっかいをかけなければ温厚な人。

 ・本間 海狸ぽんちゃん。異能協会一般社員。男。25歳。白人とのハーフだが純日本人にしか見えない。ぽっちゃり系、狸顔。巻き込まれ系主人公。うっかり異能に発言し、畑中と関わってしまったため人生が変わった人。農業がしたかったらしい。


▪️東京の人々(正の敵)

 ・中谷 優希:とある財務の次長。男。48歳。中年太り、メガネ、よくいる官僚。政治家は数年煽てておけばいなくなる無能としか見ておらず、異能に関わる利権構造を雨野とともに構築した男。現在、上の上から牽制されているため表立って動けないが、政治家と大手メディアへの影響力工作は継続している。

 ・雨野 大地:分家の長。男。70歳。入婿。勇者の家系ではない。吉田が妹可愛さに潰れるはずの雨野家を継承させ、無理やりに存続させた。勇者の家系ではないので、継続性を重視していない。野心は自分が日本異能のトップになること。そのため使える勢力はなんでも使う。

 ・吉田 新:雨野の義兄。男。80歳。シスコン。雨野の手腕を評価し、勇者一門に取り込んだ。先先代勇者の時代に一線を引いたためこれまで状況を注視していた。現在、雨野を破門する方向で動いているが分家の反応はいまいち。10年ほど動くのが遅れた人。

 ・国会議員:雨野の旧友。勇者一門の政治状況に関しては強きが正しいと雨野の行動を賞賛している。しかし勇者の業務に理解が薄く、上から睨まれている。反抗的な態度を取ると大臣・副大臣ポストも見込めなくなる脅しを受け、雨野との距離を取ろうとしている。

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