第20話「ペットは思う」
吾輩は猫である。名前はタマと言う。
吾輩は家猫である。人間がお湯に浸かる施設を取り仕切る長と一緒に住んでいる。
つまりは偉い人の家族なのである。
同じような服を着たものどもが多く働き、たまにしか見ない人間どもをもてなしている。それがこの施設の目的なのであろう。全くご苦労なことである。
私は偉いので長の家族を守ると言う仕事を果たしている。
「タマ、おはよう」
吾輩は偉い。しかし恐縮してしまう存在もいる。
「にゃぁ」
なぜかいる、高位存在。
猫の吾輩だからわかる。この人間に擬態している方は恐ろしい存在である。
無礼があってはこの世界を消してしまいかねん。
しかし肝心の接待役の主人は現在いない。……私が接待するのか……。
「よっし、今日も朝風呂楽しむぞー!」
……うむ。勝手に楽しそうだし良いか。あと、人間に擬態しているせいか風呂に入る。人間は風呂に浸かることを楽しそうにしている変な生き物だ。……そうだな。人間に擬態されている高位存在のお方に対し、きっと吾輩には上手く接待できないだろう。……見なかったことにしよう。きっと誰かがなんとかする……はず。
「あ、タマ。おはようございます」
高位存在のお方が通り過ぎて少ししてから、準高位存在の下僕殿が来た。
「今日も可愛いでちゅね~」
下僕殿。高位存在のお方のお世話がかり。この方もなぜか人間に擬態している。高位存在の方々は人間に擬態する流行でもあるのだろうか? ……それは置いておいて、その赤ちゃん言葉はなんだろうか? 私はすでに成獣。つまりは良い大人なのである。まぁ、存在の比較でいけば赤ちゃんと言われれば否定できぬのだが……。
「おーよし、よーし」
下僕殿は満面の笑みで私を持ち上げ撫で回す。……なかなかのテクニシャンである。このテクニックがあれば高位存在のお方のお世話も捗るであろう。
「あー、今日も邪神様の尻拭いかー……あの人興味本位で首突っ込んで形が見えたら飽きる人だからな~」
下僕殿は毎朝私を撫でてくれるが、毎朝何かしらストレスを抱えている顔をする。さすが高位存在になると悩みも複雑になるものなのだろうか。せめて撫でる力を変えるのはやめて頂きたい。
「リラックス……この人間体から発せられる「オキシトシン」「セロトニン」が幸福感を感じさせてくれる……さて、私もお風呂に行かねば。タマ、またね」
下僕殿は吾輩を下ろすと風呂に向かう。……む! そうか、下僕殿も水が苦手な方であったか! 故に高位存在のお方が頻繁にお風呂に入るのがストレスになっているのか……。しかし下僕殿そのお仕事は稀有なものです。頑張ってくだされ。
吾輩は下僕殿を見送ると大きな欠伸をすると陽だまりで一眠りする。
かちゃかちゃかちゃ
食器が擦れ合う音で私は再び意識が覚醒する。
人間たちが忙しそうに動いている。
高位存在のお2方は外出着に着替えてそそくさと出発されるところだった。
続けてドタバタと施設の娘が駆けていく。活発なことは良いことである。
陽の光が気持ち良い。朝食を食みながらうとうとしてしまう。食べ終わるといつもの場所へ移動して伸びをし目を閉じる。いつものことだ。
殺気を感じて目をさます。
「……」
「……」
異国の人間らしきものと目が合う。
「猫ちゃん可愛い~」
ふむ。供物でも持ってきた信者だろうか。
「アリア! 早く来なさい。ラーカイル流の練習に遅れてしまいますよ!」
遠くから聞こえる声に、吾輩は振り返った。施設の入り口付近に居たのは異国の人間の集団。吾輩と目が合った少女は大胆にも私を抱え上げるとそのまま集団へと合流した。
「この子も一緒でいいですか?」
施設の人間……いや、施設の人間に擬態した高位存在? は苦笑いをしながら「宿の会議スペースでしますから……本人が嫌がらないのであれば大丈夫ですよ」と答える。そして少女から差し出される献上品。……うまし!
連れて行かれた広い部屋で行われたのは、施設の人間に擬態した高位存在? が主導した体操?である。
吾輩は少し高い場所に置かれ、皆を見ている。
変なポーズと掛け声で全員が同じ行動をとっている。……この人間どもは何をしているのだろうか?
施設の人間に擬態した高位存在? は細かく指導し、異国の人間の集団はその指導に目を輝かせながら従っている。
………。
……。
…。
はっ! 寝てしまっていた。
起きるといつもの場所にいた。吾輩はサボってしまった業務に戻ることにする。
吾輩の任務。この施設を守ることだ。
この施設の猫として怪しいものは入れない! その使命感で今日も私はここにいる。
……でも飽きる。
程よく色々なものどもにちょっかいをかけ気づけば陽が傾いていた。
「タマ、お風呂に入るぞ」
高位存在のお方が私を呼んでいる。
「にゃ」
しかし申し訳ございませんが、答えられることと答えられぬことがあります。
湯に浸かるなど、断る!!
「……ぐぬぬ」
高位存在のお方は懐から私への供物を取り出す。
……安く見られたものですな! そのようなもので靡く私ではありませぬ!!
「ち○ーるでは足りぬと……」
驚愕の表情の高位存在のお方。そうでしょう。吾輩も己の自制心に驚嘆しております。
「面倒です。強行手段を取りましょう」
痺れを切らした高位存在のお方のお世話がかりの方が実力行使を提案している。
……いつも通り帰ってくると疲れ切った表情の方だ。
しかし! 世の中、譲れぬものがあるのです!
「いかん、風呂に入れてその後乾かす。その間中暴れられてはタマらん。タマだけに」
「……にゃ」
高位存在のお方。空気が寒いです。これ奇跡でも起こされましたか?
えっと、許容供物量が倍になります。
「ちょっ、なんで条件上がってるの? きびしくない?」
厳しくはございません。
世の中とは成果主義なのです。
「……一度俺のテクニックを味わってみろ。お風呂をねだるようになるぞ!」
怪しい手つきの高位存在のお方。
きっと下手なのだと理解した。
ゆっくりと高位存在ののお世話がかりの方に助けを求める。
「タマ。諦めてください。ち○ーる3本で手を打ちなさい」
仕方あるまい。
吾輩は高位存在のお世話がかりの方の後について処刑場(お湯のある場所)へ向かう。
「よーし、俺のテクニック見せつけてやるぞー」
高位存在のお方、手出し無用でお願いします。
楽しそうな高位存在のお方を横目に「……ああ、これ無理だ」と思わずつぶやいてしまった。
ーー翌日。
「タマ、おはよう!」
あ゛? テメー、高位存在だからって気安く声かけてんじゃねーぞ!
「邪神様、1日くらいは距離を置いてください」
高位存在のお世話のお方。いつもお疲れ様でございます。例のブツ。よろしくおねがいします。
「タマ。ただいま」
施設の長が帰ってきた。高位存在の接待役という重要な役職を放棄してどこへ行っていたというのだ!
「にゃぁ」
「甘えてきて、可愛いやつだな」
聞いているのか? 吾輩の心労について労いを要求する。
さて、施設の長よ。何かしら問題が解決したような顔をしておるが、高位存在のお方への接待を忘れてはならんぞ?
吾輩はこの数日ですっかり疲れてしまった。もう頼まれてもしないぞ?




